*月に想う(リーベス視点)
リーベス視点です
*もどかしい
「リーベス、調子はどうかね」
控えめなノックの後、開いた扉から現れたのはグレイヘアをきっちりとセットしたベラルディ伯爵家の家令であるアルデュイノさんだった。
お嬢様から爺やと呼ばれ親しまれる彼は、俺にとっても恩人だ。
「ぐるる………」
大丈夫です、と返事をしようと思ったのに、俺の口からはそんな獣じみた声しか出なかった。
実際、獣なのだから仕方がないのだが。
「……相変わらず、その姿になると迫力があるなあ。しかしリーベス、これはいつまでも隠し通せるものではないぞ? 私も老い先短い身だ。ずっと守ってはあげられない。……そろそろお嬢様に打ち明けてみてはどうかね」
町外れにある山小屋のような簡素な小屋。
満月の前後三日間、俺は決まってこの場所で過ごす。
普段はヒトと変わらない見目をしているが、獣人の血が流れる俺は、どうしてもこの期間だけは邸にはいられない。
この時期が来ると決まって、黒く大きい狼の姿になってしまうのだ。
近づいてきたアルデュイノさんは、ゆっくりと俺を撫でる。
幼い頃から世話をしてくれているこの人には、頭が上がらない。
どういう経緯があったのかは分からないが、俺は元々孤児院にいた。
そして初めて獣化してしまった夜、その孤児院を逃げ出して、いつの間にかベラルディ伯爵家に迷い込んでいたのだ。
いつの間にかアルデュイノさんは、ブラシを手に本格的にブラッシングを始めた。その規則正しさに心地よくなり、瞳を閉じる。
(お嬢様に、このことを告げる……)
貴女が信頼している従者は、実は獣人なのだと、あの優しい人に告げるのか。
獣人はこの国では迫害された歴史もある人種だ。
他所には獣人の国家もあるが、まだこの国での地位は低いだろう。
彼女の反応が怖い。ずっと騙していたのかと、責められてしまったらどうしたらいい。
気持ち悪いと、思われるくらいなら。ずっとこのままでいたい。
ーー先日、メーラ様の元婚約者が魔力なしだという話を聞いた時。同じだと、思った。
「……そうだ、リーベス。今日は少し大変な事があったんだよ」
声のトーンを落としたアルデュイノさんの様子を訝しく思い、目を開けて首を傾げる。
俺が聞いていることが分かったのか、彼は今日の出来事を話し始めた。
「ウーヴァ様が突然いらっしゃってね……それで、メローネ様と遭遇されてしまったんだ。報告によると彼女が一方的に責め立てていたようだが、そこにお嬢様とペスカ様が駆けつけられた」
「ぐる?」
何故ちょうど俺がいない時に、そんなことが起こるのだろう。
やけに甘ったるい香りをさせながら、苛烈な物言いでお嬢様を責めるあのニンゲンが、俺は一番嫌いだった。
……いや、一番は他にいるか。
「私もちょうど留守にしていてね……。夕食の時にはいつもと変わらないように見えたが、今晩からお嬢様は体調を崩されるかもしれない。プルーニャには言付けてある」
「!」
思わず立ち上がってしまった俺だったが、目に映るのは黒いふさふさの足。この姿で駆けつける事は出来ない。
俺のいないところで、彼女が苦しむなんて、あってはいけないのに、この身体がもどかしい。
アルデュイノさんが去った小屋で、俺は身体を丸めて考えていた。
碧の瞳をきらきらさせながら、熱心にものづくりに励む姿。林檎のような頬をむぐむぐと動かしながら、幸せそうにお菓子を食べる姿。
お嬢様に……メーラ様に、会いたい。
夜が深まり、満ちた月の光に照らされると、その気持ちは余計に大きくなるように感じた。
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もふもふー




