ふかふかホットケーキ
「うっうっ……おいじい……ゔっ、うえーん」
屋敷に戻ってきた私たちは、サロンへと移動した。
リーベスが手早く作ってくれた三段重ねのホットケーキの上には、既に熱でとろけだしているバターと、たっぷりの蜂蜜がかかっている。
私が工房に籠っている時、リーベスがよく作ってくれるおやつだ。
そのホットケーキを口に運びながらも、モモコの涙は止まらない。泣きながら食べているから、どこか苦しそうだ。
食べるか泣くか、どっちかに集中したほうがいいのでは……と思うけれど、どちらも本能らしく抗えないらしい。
「うん、今日もとっても美味しいわ!」
私も目の前のほかほかホットケーキにさくりとナイフを入れた。
ぷつぷつと気泡が空いているクリーム色の断面に、琥珀色の蜂蜜とバターがじゅうと染みてゆく。
ひと口大にしたそれを口に運ぶと、思ったとおりの温かな甘みに包まれる。
「良かったです。お嬢様にそう言っていただけるのが何より嬉しいです」
リーベスに笑顔を向けると、とても美麗な微笑みが帰ってきた。前髪カーテンがなければ、目がやられていたかもしれないほどの眩しさだ。
「やっぱり、リーベスにはずっと側にいて欲しいわ」
「……俺でよければ、いくらでも」
ぱくぱくと食べ進めながらそう言うと、リーベスは胸に手をあてて腰を折る。
「うっうっ、主従尊い……美味しい……うっうっ」
嗚咽を堪えながらホットケーキを食べつつ、モモコはまた呪文を言っていた。
◇
「涙は止まった?」
ホットケーキを食べている内に落ち着いたのか、食べ終わる頃にはモモコの涙はすっかり止まっていた。
「はい。ご心配おかけしました。なんかこう、ペスカの気持ちがぐわーーーっと流れ込んできてしまって。将来を約束してたエリートリーマンから、相談もなしに急に『俺脱サラして田舎でスローライフするから、ついてきてくれるよね?』って言われたようなものだと思ったら、わたしも『はあああ⁉︎』って感情移入してしまって……」
「そ、そう……?」
照れ照れとしながらそう告げるモモコの話は、相変わらずよく分からない。
だが、ペスカの気持ちと何かしらリンクするところがあったということらしい。
「――お嬢様、おかわりをお持ちしました」
「ありがとう。まだ食べたいと思っていたの」
私の目の前には、また三段重ねのホットケーキが差し出される。これが本当に大好きで、何枚でも食べられるのだ。
「お義姉様……その細い身体によくそんなに入りますね……⁉︎ なんなんですか、人類の夢ですか?」
「そう? いつもはもっと食べられるけど、朝ごはんを食べたばかりだからこの位にしておくの。お昼ご飯も楽しみだし」
家にこもりきりの私の楽しみは、工房での魔道具づくりと三食のご飯。それに、リーベスのおやつだ。
少し呆れたような顔をしたモモコだったけれど、涙で潤んだ瞳のまま、柔らかく微笑んだ。
「とても素敵ですね! わたしも家は大好きだったので、分かります。あ、でも……わたし、もうすぐここから出ていかないといけないですよね。お母さまと」
ハッとしたように告げるモモコに、私の方が驚いたような気持ちになる。
そうか。確かに、私は彼女たちにここから出て行くように言ったのだった。
「あれからずっと話してないですけど、あの人がお母さまなんですよね……大丈夫かなぁ」
「そうね。伯母様はモモコの事はよく知らないものね」
ペスカがモモコになって、まだ少しの期間しか経っていない。
だけど私は、この素直で表情豊かな義妹との生活が、楽しくなっている事に気が付いた。
それに、彼女が教えてくれる見知らぬ世界の話は魅力があって、魔道具を作る上でとても刺激的だ。
「お嬢様、あの時とは事情が変わったように思います。ペスカ様とウーヴァ様との婚姻も先が分かりませんし……再考されてもいいかと思います。当主として」
どうしようかと逡巡していると、リーベスから声がかかる。
見上げたその瞳は、紅く美しく輝いていた。
お読みいただきありがとうございます。
中編って何文字までのことを言うのだろう?と悩み出しました。
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