ホウレンソウは大事
魔力を持って産まれるべき貴族の生まれであるのに、魔力がない。これまで一体、どんな苦悩があったのだろう。
子どもが産まれたら、まずは魔力を測定する。
有り余る魔力持ちだと、周囲に被害を与えてしまう可能性があるため、それを未然に防ぐためというのが大義名分だ。
平民の中にも稀に魔力持ちが産まれるが、その場合はすぐに教会に登録されることになる。
これまで、ウーヴァが普通に魔道具を扱っていたから気が付かなかったけれど、彼自身が魔法を使うところは、確かに見たことがなかったような気がする。
「……親友だったお祖父様たちが相談して、僕を君の婚約者にしたのもそのせいだ。魔道具の発明を主として、あまり社交の場に出ないベラルディ家でなら、僕が貴族としてやっていけると」
苦悶の表情でそう告げるウーヴァに、私は何と声をかけたらいいのか分からなかった。
確かに、うちならウーヴァに魔力がなくても気にしないだろうし、王都に居を構えながらも、お父様もお祖父様も夜会にはほとんど出席していなかった。
「でも僕は……そうしてまで、貴族であり続けたくはなかったんだ。優秀な君にもこんな出来損ないの伴侶では申し訳なくて。そんな時に出会ったのが、ペスカだった」
その言葉に、モモコは弾かれたように顔をあげる。
ウーヴァの笑みは、モモコに向けられている。
「……すまない。ペスカ。僕の我儘に君も巻き込んでしまった。僕を愛していると言ってくれた君ならば、どこへでもついて来てくれると思っていた。急に平民になることを告げた僕に、君が怒るのも当然だ」
私が黙って聞いている横で、モモコの体がふるふると震えている事に気付く。
「モモコ、どうかした?」
もしかして、どこか体調が悪いのだろうかと声をかけると、モモコはテーブルにばあんと手をついて、勢いよく立ち上がった。
「推し様! ひとつだけ言わせてください!」
「な、何かな?」
「『何も言わなくても分かってくれると思ってた』とか、『君なら分かってくれると思っていた』的な思想は、金輪際やめてくださいっ! そんなん、エスパーじゃないから、言われないと分かんないんですから! 魔力がないとか、家を出るとか、平民になるとか、この世界ではめっちゃ大事な事なんでしょ⁉︎ 恋人に相談もせずに勝手に決めて、喧嘩したら即家出って、そんなすれ違い超展開はハーレクインだけでお腹いっぱいなんですよぉ!!!!」
ひとつと言いながら、彼女はたくさんの事をひと息にそう言い切った。途中途中に、意味の分からない単語もいくつかある。
はあはあと息を整えながら、またすとんと席につく。
「……ペスカだって、ちゃんと貴方の事好きだったのに……愛してるなら、信じてるなら、最初から相談してあげてくださいよぉ……っ」
モモコの桃色の瞳からは、ぽろぽろと真珠のような大粒の涙が溢れる。
急に怒って、急に泣いて。彼女のその様子に、ウーヴァは固まってしまっている。
先ほどまでウーヴァと目を合わせることも恥じらっていたようにも見えたが、今はしっかりと彼を見据えている。
(――ああ。モモコは……ペスカのために泣いているんだ)
何か思い出したのか、モモコの涙は止まらないままだ。
ペスカがウーヴァに近付いたのは、最初はもしかしたらメローネ伯母様の差し金だったのかもしれない。
でもちゃんと、心も通わせていたらしい。
それを知っても、元婚約者だった身なのに全く波立たない自分の心は、やはりどうかしているのかもしれない。
「……今日のところはもう帰りましょう。ウーヴァの言いたい事も分かったし、安否も分かったもの。ほらモモコ、行きましょう」
「うっうっ、お義姉さま……っ」
彼女の頬をハンカチで拭って、手を引いて立たせる。
リーベスも私に倣って歩みを進め、呆然とするウーヴァを置いて、私たちはこの家を出た。
あのティーカップも、所々に配置されていた可愛らしい雑貨も。以前のペスカが好んでいそうな桃色だった。
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