ウーヴァとペスカ
「わざわざ足を運んでくれてありがとう。メーラ、君との婚約は正式に破棄されているから安心してくれ」
紅茶を飲んでひと息ついたところで、ウーヴァはそう言って儚げな笑みを見せた。
いつもの無駄にキラッキラなものではなく、ふんわりと。
そしてそのウーヴァの笑みは、目の前の私ではなく、右隣に立つリーベスに向けられている。
ウーヴァの視線を追ってリーベスを見上げると、ぱちりと目が合って、ふいと逸らされてしまった。
首を傾げながら視線をウーヴァに戻すと、彼は苦笑している。
「……ああ、でも」
バツの悪そうな顔で、ウーヴァは私の隣を見る。
そこには、未だに俯き加減のモモコがいる。
「ペスカ。申し訳ないが、君との婚約はまだ解消出来ないんだ。……法定期間が過ぎたら必ず解消する。そうしたら、君は自由だよ」
ウーヴァは、顔を上げないペスカに寂しそうな表情を向ける。
あの日、二人の間に何があったかは分からないが、きっとペスカは婚約の解消について口にしたのだろう。
この国では、一度婚約すると一年は解消や新たな婚約は出来ない。
ひと昔前に高位貴族の間で流行った婚約破棄ブームのせいで国が傾きかけたため、以前は緩かったその辺の法制度が厳しくなったようだった。
私とウーヴァは幼い頃から婚約していたから解消はすぐに認められたが、ペスカとの婚約は結ばれたばかりだ。
「ウーヴァ、実は大切な話があるの」
私がそう切り出すと、ウーヴァは当然だと言わんばかりの笑顔を見せた。
「もちろん、慰謝料や諸々、メーラへの償いはするつもりだよ。君には突然の事で迷惑をかけたね。だが僕はもう伯爵家には戻らない。以前から手がけていた事業があるから、このままずっとここで暮らすつもりだ」
「償い? そういうのはいいの。あのね、実はここにいるペスカのことで話があって」
凛とした表情のウーヴァは、決意を固めているようだった。
以前はぽわぽわした気楽な青年だと思っていたが、今はまるで違う。
――まるで今まで、そういう人を演じていたみたいだ。
「実はペスカは……記憶喪失になってしまったの。あの日から」
「え……?」
今のモモコの状態を何と説明したら分からなかった私は、リーベスに事前に相談した上でそう告げることにした。
段々とペスカの記憶は抜け落ちているらしいから、間違いではないだろう。
表情が抜け落ちて呆然としているウーヴァを尻目に、私は隣に座るモモコの背中をそっと押す。
どうしてだか、席についてからひと言も発さなくなった彼女にも、何かひと言声を発して欲しいと思ったからだ。
「ほら、モモコ」
私は"ペスカ"ではない彼女の名前を呼ぶ。
ぐっと唇を噛み締めて、ようやく顔を上げた彼女は――何故だかものすごく真っ赤な顔をして、ぷるぷると震えていた。
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