ペスカの記憶
「え、ウーヴァが見つかった?」
パフェの翌日、リーベスから報告を受けた私は手に持っていた紅茶をソーサーに戻した。
昨日の今日でもう見つかったとは、早すぎる。
その気持ちが顔に出ていたのか、リーベスもわざとらしくこほりと咳払いをする。
「……ウーヴァ様が失踪したにしては、伯爵家はあまりにも落ち着いていました。まるで行き先を知っているかのように。なので、あの家から出る使いの者の動向を探っていたのです」
リーベスの話によると、昨晩、不審な馬車がケルビーニ伯爵家を出発したらしい。やけに荷物を積んで。
その馬車の後を追うと、町外れの森の中にある一軒家に到着したのだという。
そして、その使いの者がその家に荷物を運び入れる際、ウーヴァの姿があったという。
「ウーヴァは、その家で暮らしているということなのかしら」
「恐らくは。荷物の様子を見ていましたが、当面の生活物資だと思います。きっと、これまでも何度かあの家で過ごしていたのかと。暮らし慣れていましたし、庭にある畑には、野菜がしっかり実っていました」
「そうなの……」
ウーヴァがそういう事をしていたなんて、私は全く気が付かなかった。
仮にも長い間婚約者だったというのに、自分の無関心さに呆れてしまう。
義妹に婚約者を取られた、というより。そうなってしまったのも私のせいのような気がしてくる。
「ウーヴァはどうして家を出たのかしら」
そう呟いたが、その答えはウーヴァにしか分からない。
失踪する前、ペスカと口論になったと言っていた。モモコは何も覚えていないようだったけれど、それがきっかけになったのだろうか。
「メーラ様」
考え込む私に、リーベスは優しく声をかけてくれる。
「ご希望であれば、ウーヴァ様のところにご案内します。でも、その時は私も必ず同行させてください」
「リーベスも来てくれるの?」
「ええ、勿論。いくら"元"婚約者と言えど、ウーヴァ様はもうメーラ様とは他人です。二人きりにはさせません」
「そうよね。ウーヴァの今の婚約者はモモコだもの。二人きりになるのは失礼だわ。あ、モモコも連れていくのはどうかしら。このままだと埒があかないものね!」
「……そう、ですね」
リーベスから心強い言葉をもらった私は、そう思い立った。
こうなってしまった以上、当事者同士で話してもらわないと。
それにウーヴァは、まだ"モモコ"の存在を知らない。
今後の方針が決まってほくほくした気分でお菓子に手を伸ばす私とは裏腹に、リーベスは何故か遠い目をしていた。
◇
「ええ~っ、お義姉さま、確かに様子が気になるとは言いましたけど、それは流石にヤバいですって! いや何がヤバいのかわたしにも分かんないですけどっ、でもでも、完全に部外者じゃないですか!」
「貴女は間違いなく当事者です」
「いーーやーーー! リーベスさんの正論が耳に痛いーーー!」
モモコをウーヴァの元に連れて行くべく、彼女が寝泊まりしている客室をリーベスと共に訪ねると、そんな絶叫が返ってきた。
顔面蒼白のモモコは、身振り手ぶりで行きたくない事を示している。
そしてそんなモモコを、冷めた目で一刀両断しているのはリーベスだ。
「ウーヴァに関する記憶はどのくらいあるの?」
「ううーん、うっすら、って感じですかね……。ペスカと仲良くしていたんですよね。でも、思い出そうとすると、昨日より輪郭がぼんやりしていて……。なんというか、寝起きする度に、どんどん桃子としての記憶が勝ってるんですよね」
どうやら彼女の中では、どんどんペスカ成分が薄まっているらしい。
昨日は確かにウーヴァのことを『いけめん』と言っていたはずなのに、今日はその話はない。
モモコが明確に覚えているのは、ペスカに関する負の記憶が主だという。
「……でも、一度会ってみた方がいいわ。ウーヴァはペスカがこういう状態だって事を知らないのだもの。その事も説明したいし……。私たちも二人の最後の言い合いの内容は知らないから、勝手な言い分にはなるのだけど」
モモコの気持ちも分かる気もするが、この膠着状態ではどうしようもない。
あの婚約に関する書類たちがどうなったのか、その行く末も気になるところだ。
――私は本当に自由になっているのかしら。
ウーヴァが伯爵家を出たと聞いて、私が真っ先に心配してしまったのは、そこだった。
呆れた顔でモモコを見ているリーベスを、私は横目でチラリと見る。
ずっとこのままで、いられたらいいのに。
一度は自由になったと思ってしまった手前、私は我儘になってしまった。
「そう……ですよね。お義姉さまに迷惑をおかけしてますよね……。これ以上ご迷惑をおかけする訳にはいきません。あとはジャンピング土下座ぐらいしか出来ないし……うん、決めました!」
何やらぶつぶつと呟くモモコは、意を決したように顔を上げる。
「わたし、ウーヴァさんに会ってみます」
彼女のそんな屈託のない笑顔を見たのは、お互いの両親が健在の、幼い頃以来だなあと、ぼんやりと思った。
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