13話:火の国で⑤ セレナイトと交渉
「再び大地に還れる様に……光と闇の精霊の御導きがあらんことを」
目の前に横たわる、かつて精霊だった魔物たちの亡骸に祈りを捧げた。その直後、魔物たちは形を維持出来なくなったのか灰になって空へと舞った。
私が祈ったからという訳ではなく、大概の魔物は死ぬと形を維持できなくなり灰になる。時折、なんらかの形を残す事がある。人間はそれをドロップアイテムとして重宝するらしいが私には興味はない。
できることなら、それを土に還してやりたいとさえ思う。
舞い行く灰を眺めていると急に足から力が抜けていき、その場に崩れそうになった。
「っと、危ないですぜ」
差し出された腕に拾われ倒れる事はなかったが、正直もう限界だった。魔力の使いすぎもあるが、いかんせんこの息苦しさ……。このまま目を閉じればそのまま眠れるとさえ思える倦怠感が全身を襲う。
うつらうつらと目を閉じた時だった。
「タンビュラッ! 貴様は、貴様だけは今ここで殺したるッ!!」
王女のヒステリーに近い金切り声が響いた。それと同時に彼女の足が炎を纏う。
──自らに精霊術を纏うとは、なかなかの使い手の様だな。
精霊術の中でも自分の身体に術を付与するものは、術者自身を傷つける可能性がある。術者と精霊、その信頼関係がしっかりしていないと危険な術だ。
──しかし、あの炎……少しばかり不安定だな。
王女と王女と契約している精霊に目を向けると、双方昨日あった時よりも消耗しているような雰囲気があった。もしかしたらこの異様な魔力は、精霊だけでなく、精霊と契約している術師にも影響を与えているのか?
「王女様自ら大海賊を処刑しようって? 心構えは立派だが、俺様も「はいそうですか」って殺される訳ねぇだろ?」
海賊は、お前じゃ相手にならないと言った具合に大きな欠伸をしながら、わき腹をボリボリと掻いていた。人はまさに一触即発と言った様子だ。
人間どもの争いに関り合いになろうとは思わないが、あの海賊。ファイアバードを一撃で倒した戦力がみすみす殺されてしまうのは実に惜しくはないだろうか……。
思わなければ良かったのに、そう思ってしまったのだ。
「ハァ……面倒な」
吐き捨てる様に言うと近くにいた兄の方が「なんですぜ?」と顔を覗き込んでくる。
「なんでもない。…………おい、兄の方肩を貸せ」
自力で立とうとするも力が入らず、なんとも情けないことだが兄の方の肩を借りてなんとか立ち上がる。
「王女、その海賊を殺すのは待ってもらおうか」
「これはうちの国の問題、いくらエルフの神子様だとしても口を挟まんでもらおうか!」
纏った炎をさらに燃やし、私にさえ襲いかかって来そうなすごい剣幕だった。
「……貴様、何か勘違いしてないか」
「なんやと」
話を聞く気になったのか王女は自分に纏った炎を収めた。
「私は殺すなと言ったのではない。待て、と言っているのだ」
「何が違うって」
「まあ、聞け」
食って掛かる王女の言葉を遮る様に話を続けた。
「貴様はこのドラゴンを倒した事で驚異は去った……と思っているのであろう。しかし、それは間違いだ。精霊術師であるのならこの異様な気配、感じ取れるだろう?」
「オレ、全然わかんないっすね!」
「ギン、話がややこしくなるから黙ってろ……ですぜ」
「もごっ!!」
兄の方が弟の口を塞いだ。弟の方がもごもご何かを言っているが無視して話を続けた。
「このままでは再び同じ事がすぐにでも起きると、精霊の神子として断言しよう。もちろん、精霊に害をなす、このような状態を放置などするつもりはない。しかし私も見ての通り満身創痍、先程と同じ様にいくとは限らん」
「せやったらどうしろっていうん……?」
その女王の言葉を聞き思わず笑みが溢れた。
「なに、簡単なことだ。そこの海賊を連れて貴様らが元凶と思われるあの火山に行けばいい」
「な、何言ってるんや!」
「そうだぜ? それにそんな事して俺様になんのメリットがあるって言うんだ」
「こんな奴の力を借りずとも、うち一人の力で十分やッ!!」
王女は自分の力の誇示のためか再び炎を纏い、今にも殺し合いでも起こしそうな緊張感が走る。
「待てと言っている。私はお前たち二人に平等にチャンスを与えてやる」
「「何?」」
二人が声を揃えて私に鋭い視線を向ける。
「もし、海賊が王女より先にこの原因を突き止めたなら私がお前を逃してやろう」
海賊は片眉を上に上げつつ「ほぉ……」と髭を撫でた。
「もし、王女が海賊より先にこの原因を突き止めたなら私が海賊の処刑に協力してやろう」
そう言った矢先に私の首に風が横切る。海賊が振り上げた剣が私の首をかすめた。
「だがよぉ、そんな面倒な事はせずにこの場で嬢ちゃんも王女様も殺して逃げちまえば関係ねぇんじゃねーか?」
海賊の言い分に思わず鼻で笑ってしまった。
向けられた剣先を指で軽く摘んでやれば、大剣はボロボロと崩れおち土塊へと姿を戻した。
「さて、これでも私を殺せるか? 人間」
真っ直ぐに海賊に視線を向けると、双方の睨み合いがしばらく続いた。
「ハァ……しゃーねぇ。とりあえずまあ、俺様が逃げられるようにちゃんと手配してくれよな」
海賊はそう言いながらめんどくさそうに手を振り、火山へと歩いて言った。
「最初から素直に行けばいいものを……。で、王女。貴様はどうする? そこでただ突っ立ている気か?」
「そんな訳ないやろッ! あの海賊が逃げるかもしれんのに、みすみす逃す訳ないやん!!」
「どうでもいいが殺しはするなよ。オイ兄の方、王女と一緒に行ってやれ。二人きりになって殺し合いでも始めたら止めてやれ」
「構わないですぜ。あっ、でももしオレがあの二人より早く原因を見つけたらオレは何を頂けるんで?」
無邪気そうに聞いてきた。
なんとも面倒なやつだ。
しかしそうだな、一瞬考えて思い出した事があった。
「そうだな。では、あの学者の居場所を教えてやろう」
昨日言われていたがすっかり探すことを忘れていた事を思い出した。
──私が本気を出せばすぐにでも居場所はわかるだろう。生きているかは知らんがな。
「あ〜……なるほど。お気に入りの玩具の為なら仕方ないですぜ」
やれやれと言った具合に肩をすくめた。
私も相当疲れているのだろう。兄の方の発言が一部ダブって聞こえた気がした。
「じゃあ、オレも行ってきますぜ! じゃあギン、あとは任せるですぜ!」
「わかったっすね、兄貴!!」
双子は互いに手を大きく振り、弟の方と私は火山に向かう三人を見送った。
「さて、疲れてはいるが先にあの学者を探すか」
「ってか神子様ウッドマンさんがどこにいるか知らなかったんっすね? さっきの口ぶりでてっきり知ってるものだと思ってたっすね」
「昨日頼まれていたんだがすっかり忘れていた。何、すぐに見つかるさ。それより弟の方には準備してもらいたい物がある」
首を傾げている弟の方を連れて、城へと一度戻った。
城に着くとドラゴン騒動のせいか警備は幾分手薄になっていた。一応、客として通されている私たち……正確に言えば片方は入れ替わっているのだが誰も気にも止めなかった。
それより、騒ぎに生じていなくなった海賊と行方不明になった王女の捜索で城はてんやわんやと言った具合だった。
とりあえず私たちは大浴場に向かい、弟の方に頼み浴槽に大量の水を張るように命じた。
全ては、あの占い師が言った通りになった。
だとしたら、この原因についても一番わかるのはあの占い師かもしれない。そう考えて連絡を取ろうと人間の世界で言う水伝鏡を準備させている。
「さて、私もやるか」
立ってるのが辛くなり、その場にしゃがむと意識を集中して風を起こした。
その風に意識を乗せて飛ばせば、風が通ったところの情報を全て見ることができる。
風が届く範囲全てだ。
この街も、他の街も、海も、その向こうも……。
これを使えばはぐれた人間を探すなど雑作もない。
私はあらゆる場所に風を飛ばし……。
そして私は、今この世界で起きている全ての国の状況を把握した。
いつも読んでいただきありがとうございます。
ここで火の国でのお話は一旦おしまいです。
インカローズの設定を関西弁風にしたの本当に後悔してます。
でも、関西弁キャラ個人的に好きなんです……。
評価、ブックマーク、感想お待ちしています!
もらえたらすっごく嬉しいです
21.7.7 加筆修正
24.5.11修正




