3話:エレメンタルオブファンタジー③
長く曲がった階段をネフライトと共に駆け上がる。
そうして登り切った先に大きな扉があり、開いていた扉に俺たちはそのまま飛び込んだ。
扉の先には、ブラックウルフが二体。
そして、少女がひとりと神官の男。
俺たちが到着すると同時に神官の男が、ブラックウルフに襲われ倒れた。もう一体のブラックウルフは、今まさに少女へと襲い掛かろうとしていた。
「疾風神剣ッ!!」
考えるより先に体が動いた。
勢いよく振った剣から衝撃波が飛びし出し、ブラックウルフへと命中した。
「幻影斬牙ッ!!」
つかさずネフライトが飛び出し、もう一匹の鋭い突きを繰り出す。
ブラックウルフたちは呆気なく霧のように霧散した。
魔物への初勝利に、思わずネフライトとハイタッチをした。
「しっかりしてください。今、治します。──ヒール」
少女がブラックウルフに襲われた男にそう唱えた瞬間、優しい光が男を包み、傷がみるみる塞がっていった。
「初めて見るな。これが聖魔術による治癒術か……」
ネフライトが何やら納得した様子で見ている。
「なぁ……聖魔術ってなんだっけ? 精霊術とは、違うんだっけ?」
こっそり聞いた俺に、呆れを通り越して哀れみを帯びた視線を向けられる。
「い、いや! なんか聞いたことはある気はするんだけど、ちょっと忘れたというか、なんというか…………すんません! 教えてください!!」
「はぁ……。普段、ボクたちが使う精霊石を通しての魔法や精霊術師が使役した精霊を介して魔法を使う事を“精霊術”と呼ぶ。それに対して、精霊を介さないで人間が自らの体内で、魔法を構築して使う事を“聖魔術”と呼ぶんだ」
「へぇ〜……じゃあ、もしも俺が精霊石を使わないで風を起こしたり、火を出したりしたら聖魔術って事か?」
「エルフじゃあるまいし、人間が! 風や火を! 起こせる訳ないだろ! 人間で魔法を使えるのは、大精霊に使える教会関係の一部の人間だけだ。それに、使えるのは治癒魔術や身体強化といったものだけだ! ……そもそもこんな話は学校で散々習ったはずだけどな」
「そ、そうだっけ? ハハハ、今度はしっかり覚えておくから。そんなに怒るなって」
そんな普段通りの会話をしていると「あの……」という声が聞こえそちらを振り返った。
「危ないところを助けて頂き、ありがとうございました。私は、エメラルド・ユートピア。……騎士団の方々ですよね? あの、カルセドニー隊長は……?」
その言葉に俺は、顔を俯かせ小さく首を横に振った。
「でも、あなたのその治癒魔術があれば隊長だって治せるだろ?」
「オイ! やめろ!」
ネフライトが俺の言葉を聞き制止する。
俺の言葉に、彼女はひどく悲しそうな表情をした。
「…………申し訳ございません。命を落とされた方を救う術を私は、持っておりません……。あの方は、私たちをかばって……なのに……私に、もっと力があれば、本当に申し訳……ございません……」
うつむき、静かに涙を流した。
その姿を見て、自分がいかに酷いことを彼女に言ったのかに気づいた。
「ごめん……俺、そんなつもりじゃなかったんだ」
「そうです。この大バカ者の言う事は気にしないでいただいて結構です。騎士として恥ずべき知識しか持ち合わせていないので……」
いつもなら言い返すが今回ばかりはネフライトの嫌味にぐうの音も出ない。
騎士は、剣の腕さえあれば構わないと座学を蔑ろにしていたツケがこんなところでくるとは……。
「神子様。我々はカルセドニー隊長の最後の命で、あなた様を王宮まで護衛いたします」
ネフライトは片膝を地面につき、頭を下げた。それを見て俺も慌てて同じようにする。
あまりの非常事態でぽんっと頭から抜け落ちていたが、目の前にいる少女がどんな人物だったかを思い出す。
彼女はこの国の国教。ルーメン教の神子であり、この光の国・エリュシオンの姫である。そして、精霊の愛し子として精霊を見ることができる特別な人物。
自分が先程、いかに無礼極まりない事を口にしたのかと気がつき冷や汗がダラダラと出てくる。
──どうか、騎士を首になったり、しょ……処刑されたり、そんなことにはならないように!。
「そうですか……。では、どうかよろしくお願いいたします」
「「はっ!」」
◆◇◆◇◆◇
教会の外に出ると、そこは朝までのお祭り騒ぎの雰囲気とはまるで違っていた。
魔物の姿は見えないが、怪我を負った人々で教会の前は溢れかえっている。
街の人々に、騎士の姿も……。
騎士の一人が、俺たちに気がつくとこちらに駆け寄ってきた。
彼は俺たちの騎士学校時代からの先輩だ。エメラルドの存在に気がつくと、膝を付き頭を下げる。
「神子様。ご無事で何よりでございます。……それに半人前コンビもな。お前たちのことだから魔物にやられちまったと思ったぜ」
視線をこちらに向けると、頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。
「ふん。俺にかかればあんな魔物朝飯前だよ」
「朝飯はしっかり食べていたがな。それを言うなら昼飯前だ」
冗談が通じない男のツッコミに、彼は思わず苦笑した。
「まあ、とにかく無事でよかった。こちらは、突然現れた魔物に負傷者が出て入るが、この辺りの魔物は殆ど片付けた。今は騎士団の救護班と教会の方とで負傷者の治療を行っている。…………ところで、カルセドニー隊長は? 確か、神子様の護衛についていたはずだが……」
その言葉に一瞬息を呑んだ。
「実は…………」
ここまでの出来事を語った。
「そうだったのか。……で、お前らはどうする?」
「どうするとは?」
ネフライトが答える。
「カルセドニー隊長の最後の命令さ。お前ら半人前にはあまりに荷が重いだろう。俺が変わってやってもいい」
「やります! やらせてください!!」
先輩のその言葉にすぐに返事を返す。
「……わかってるのか。もしも神子様に何かあればお前たちの首なんて簡単に飛んじまうんだぞ」
「わかってます。でも、カルセドニー隊長が俺たちなら出来ると言ってくれたんです。だったら俺はその信頼に応えたい……です」
先輩の無言の圧が襲いかかる。
それでも俺は引かなかった。
しばらくの沈黙の後に
「ネフライト。お前もそれでいいのか? ヒスイが失敗したとして、お前も一緒に責任を取ることになるぞ?」
その言葉にネフライトは「問題ありません。ヒスイは大バカ者ですが、こと戦うことにおいては信頼しています」と恥ずかしげもなく答えた。
俺たちの決意を聞くと、先輩は小さくため息をついた。そして、神子様に向き直り深々と頭を下げた。
「無礼を承知で申し上げます。本来なら、神子様も警護は実力のあるものに任せるべきところですが、どうかこの半人前二人に王宮までの護衛を任せていただけないでしょうか?」
神子様は、目を見開いて驚いた様子だったが、すぐににっこりと微笑み「ええ、もちろんです」と答えた。
「ありがとうございます」
先輩は頭を上げるとすぐに俺たちに向き直る。
「ヒスイ。お前は剣の腕は申し分ないのに、どこか諦める癖がある。最後まで諦めずに最後まで神子様を守りぬけ!」
「はいっ!」
「ネフライト。敵は魔物だけとは限らない。この混乱に乗じてよからぬ人間が神子様を襲うかもしれない。それでも戦えるな?」
「……わかりました。努力します……」
渋々と答えるネフライト。
こいつは、知識も剣の腕もある……。まあ、剣の腕は俺の方が上だが。それでもこいつが俺と同じ半人前と呼ばれるのは、騎士として致命的とも言えるが……人を斬ることができないのだ。
それでも騎士を目指すのには理由があるらしいが、頑なに教えてくれない。
「お前らしっかり神子様を王宮にお連れしろッ!」
「「はいッ!」」
先輩の激励をうけ、俺たちは王宮へと向かった。
いつも読んで頂きありがとうございます。
皆様にご報告があります。
この小説がノベプラで行っていた
『HJ小説大賞2020後期』の一次を通りました!
……以上です。
今回出てきた名もなき先輩。
2人をかっこよく送り出しましたが、たぶん後ろをこっそり着いていくと思います。
信頼はしてるけど、心配なんです。
もし、もう一度出番があれば名前を検討します。




