84話:姫路と精霊様降臨!?
先程までのざわざわとした雑音は、ピタッと止んだ。
かわりに村人たちの視線は、突然現れたアルカナへと注がれる。
「ヒメルにいじわるすると、あたしが許さないんだから!」
私の為に、プンスカと怒るアルカナの姿を見ていると先程までの嫌な気分は何処かに消えていた。
村人たちは、しばらく目を白黒させていたが
「こりゃあ、もしかして……精霊、なのか……」
ジルコン爺さんの一言を皮切りに、てんやわんやの大騒ぎ。
「わたしゃ、精霊なんて生まれ初めてみたよっ!!」
「精霊!? 精霊なのかい。てっきり、冥界からのお迎えかと思ったよ」
「ばっかだねー。冥界からのお迎えならこんなに可愛い訳ないじゃないかい。あれは、精霊様に決まってるだろう。ほら、硬貨の裏に彫られてる絵にそっくりじゃないか!」
「そう言われてみれば、神々しい様な気がするのー。ありがたや〜ありがたや〜」
雑音を通り越してもはや騒音だ。そして、しまいにはそこにいた村人全員が両膝を地面についてアルカナを拝み出し始めた。
──いや、何の信仰が始まったのよ!?
セレナイト様をポカポカと殴ってしまうアルカナも、流石にこの異様な状況に気圧されて「ヒメルー!」と私の名前を呼びながら私の背に隠れてしまった。
アルカナのトラウマにならなければいいなと心配してしまう。
「おおー、精霊様があの占い師の後ろに隠れなさった」
「精霊様が信頼してるってことは、あのお嬢ちゃんは信用してもいいんじゃねーか?」
「そしたら、本当にこの村を魔物が襲いにくるのか……?」
考え込む村人たち。そこに、見覚えのある女性が坂から降りてきた。
「皆さん。こんなところでどうなさいました?」
「おーアンナちゃん」
ジルコン爺さんがそう呼ぶと、アンナさんはゆっくりとお辞儀をした。
「お前さん家の坊が『村から避難しろ!』って言うんだよ。で、理由がそこの占い師のお嬢ちゃんに言われたからだって。……アンナちゃんは、何か聞いてるか?」
「あぁ……そのことですか。えぇ、昨日、息子から同じことを言われましたよ。何でも、この村に魔物が来るって話だったかと」
昨日隊長が、部屋から出るなと言ったのは、先にアンナさんとその話をしてたからなんだろう。
「その話、あんたは信じるのかい?」
誰が言ったかわからない。村人の誰かがアンナさんにそう聞いた。
その質問に、アンナさんは静かに微笑んだ。
「息子の言葉を信じない母親がどこにいますか?」
その言葉を聞いて、昨日隊長とアンナさんが話す姿を見て思った気持ちは『羨ましさ』だったんだと確信した。きっと二人の姿が、自分の中の“理想の親子”だったからだと。
「ところで避難するつもりなら、井戸をわざわざ修理する必要はないんじゃないかの?」
アンナさんは縄が切れてしまった井戸の桶と真新しい縄を手にしていた。確かに、避難する前にする事ではないと思うが、今聞く必要もないと思う。
ランショウのどうでもいい質問に、アンナさんは少し首を傾げ、そして「あぁ。私は村から離れないので大丈夫ですよ」と答えた。
「「「!!????」」」
村人も私もランショウもみーーんな一瞬、彼女の言ったことが理解できずに固まった。
ただ一人、隊長だけが深い深いため息をついた。
「あれ? アンナさんは、魔物がこの村を襲うかもしれないって話を信じてくれたんですよ……ね?」
理解が追いつかず、思わず確認のためアンナさんに尋ねてしまう。
「ええ。もちろん信じてますよ」
「で、でも避難しないんですか!? もしかしたら、すっごい魔物が来るかもしれないんですよ!!」
「ええ。それでも私は、この村で夫が帰ってくるのを待ってると約束をしたので。この村を離れる訳にはいかないんです」
ニッコリと笑う彼女に、もはやランショウでさえ何も言わなかった。
「これでいいの?」と言う意味を込めて、隊長の方を向くと無言で首を横に力なく振った。
昨日、皿を回収に来た隊長が疲れた様に見えたのは、きっと同じ事を話したからだろう。
信じてもらえたが、村から避難する気はない母親を説得しようとして疲れ切ったに違いない。
「でも、避難しない代わりに息子が全力で守ってくれるらしいんで」
「おーーさすがペル坊じゃの。なんて母親想いなんじゃろう」
誇らしげに微笑むアンナさんを見て、ランショウが隊長をからかった。
次の瞬間には、隊長お得意の顔面鷲掴みがランショウに炸裂する。
──言わなきゃいいのに……。
呆れながら二人を見ていた。
「よーし! じゃあ村に魔物が来てもペル坊が全力で守ってくれるらしいから、みんな解散だ! かいさーん!」
「ちょっと待てっ!! なんでそうなるんだよ!!」
バラバラと散り始めた村人たちを隊長が呼び止める。
「なんだ。ペル坊は、自分とこの母ちゃんは、全力で守るのに家族同然の俺たちは守れねぇのか? そいつは何とも悲しい話じゃねーか。俺たちはペル坊にとって、どうでもいい人間だったってことかい?」
「そ、そんなことは言ってねーだろ!」
残念そうに話すジルコン爺さんを見て、隊長が慌てて訂正した。その言葉を聞いたジルコン爺さんの口元がにんまりと笑った。
「だったら、村ごと守ってくれるよな! 精霊様もいるし、そのためにあんなゴッツイにいちゃんを連れてきたんじゃねーのかい?」
ジルコン爺さんの視線の先には、退屈そうに欠伸をして立っているコランダムがいた。
「いや、あいつは……」
「とにかく頑張ってくれやー」
ひらりひらりと手を振りながら、ジルコン爺さんも畑へと帰って行った。
気がつけば、村人は誰も残っていなかった……。
「あの……隊長? 私もアルカナも手伝うから……」
「当然だろ!」
心配して話しかけたのに、鋭い眼光でひと睨みにされた。
「もちろん。お前らにも宿代がわりにしっかり働いてもらうからなッ!!」
眉間に皺を寄せながら、隊長はランショウとコランダムを指さした。
「こら、ペルシクム。言葉遣いが悪いですよ。人にお願いをするのに、そんな物言いは良くないですよ。ほら、ちゃんと『よろしくお願いします』と言わないといけません」
すっごい嫌なそうな顔をしたが、流石の隊長も母親には強く出れないようで。
「……よろしく、お願いします…………」
「ハッハハ! もちろんじゃ。元々、ヒメルちゃんともそういう約束じゃったからのー」
「テメェの指図なんて受けねーよ。俺はただ強え魔物と戦いてぇだけだ」
そんなこんなで、隊長の計画は台無しになり、村を総出で守ることになった。
いよいよ、エレメンタルオブファンタジーのゲームが始まる。
◆◇◆◇◆◇
辺りを真っ白に染めるほどの世界に光の精霊がいた。
辺りを真っ黒に飲み込むほどの世界に闇の精霊がいた。
これがこの世界の全てだった。
◆◇◆◇◆◇
「エレメンタルコアの設置は全て済んだ……あとは、時が来るのを待てばいい」
ひとり誰もいない空間で語る。
「もうすぐ……もうすぐ、あなたの願いを遂げられる」
男は空間の中央にある、巨大な宝石に話しかける。
それは、まるで愛の囁きのように甘い声で……。
いつも読んでくださりありがとうございます。
これにて第一部を完とさせていただきます!
次回からは、ゲームがスタートした世界でお送りします。
初めて書いた小説で、何とか実質85話まで書くことができました。
本当に読んでくださる皆様のおかげです。
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
24.5.8 加筆修正




