80話:姫琉と準備
そんな訳で、再び隊長の家に訪れた。
「悪い、母さん。コイツだけこっちに泊めることになったから」
雑な説明だけされた。
そんな雑な説明にも関わらず、アンナさんは快く承諾してくれた。
──お風呂に釣られたばかりに申し訳ない……。
隊長に連れられ、二階の客間に通される。
客間は六畳半ほどの広さに木でできたベットと小さなテーブルと椅子が一脚置かれていた。
「俺は今から下で大事な話をする。俺が呼びに来るまで……絶対に! 絶対に! 部屋から出ずに大人しくしてろよ! わかったか!」
「はーい。りょうかいでーす。大人しく部屋から出ずにいますよー、あっ! アルカナは部屋の中なら鞄から出てもいいよね?」
さっきから肩掛け鞄からチラチラとアルカナが外の様子を伺っていた。
「部屋の中ならな。勝手に外には出るなよ……? 村のじじばば共がうっかり見たら衝撃のあまり心臓が止まるかもしれねぇからな……」
「大丈夫大丈夫♪ ヒメルと一緒にお部屋で待ってるよー」
鞄から飛び出したアルカナは、親指をぐっと立てた。
──小さいお手てがめちゃめちゃ可愛い。
ここ最近、むさ苦しい中で生活してきたのでアルカナの可愛さに思わず目頭が熱くなる。
隊長はすごく不安そうな顔をしたが、そのまま下へと階段を降っていった。
「さて、隊長が呼びに来るまで荷物の整理でもしようかな?」
明日はいよいよ、ノームの洞窟に潜る。
まだ精霊暴走が起こっていないとはいえ、やはりダンジョン。準備は念入りにしないと。
いつもの肩掛け鞄に明日いるものをまとめていった。
明日の準備が整う頃には、外はすっかり暗くなっていた。
話が済んだのか、済んでいないのか。お風呂の支度ができたと伝えに来た隊長は若干疲れていた。
お風呂を頂き、客室に戻ると夕食が置かれていた。その夕食の横には「話の邪魔だから、下には降りてくるなよ」と書かれたメモが添えてあった。
「また人のことを邪魔って言うんだから……まぁ、いっか」
船に置いていかれた時には、悔しくてムカついた言葉だが、今は特に何も思わない。
むしろお金は取られたが泊めてもらえて、お風呂も、ご飯も用意されてるので満足してる。
夕食をすっかり食べ終えた頃に再び隊長が部屋を訪れた。
「オイ、皿……」
明らかに不機嫌だし、どこか疲れている様だった。
眉間の皺はいつもの倍は深いし、目の下がピクリピクリと動いている。
思わず姿勢を正し、恐る恐る食べ終えた食器を隊長に渡した。
「……あの、私、何かしでかしました、か?」
聞いてから後悔した。
「何かしでかしました?」ってしでかしてしかない。
付いてくるなって言われて村まで付いてきて。勝手に家に押しかけて、空き家を一軒借りたし。あまつ、自分は隊長の家に風呂・食事付きでご厄介になっている。
怒られない、心当たりが一つもない……。
ビクビクと怯えていると、隊長が重々しく口を開く。
「お前に……ひとつ、言っておくことがある」
「は、はい……」
どんな酷い事を言われても、この間みたいにみっともなく泣いたりしないぞ。……多分。
何を言われても大丈夫な様に身構えた。
頭の中に、セレナイト様を思い浮かべて耐えたいと思う。
「お前は、魔物と戦う気なのかもしれねぇが、俺は違う。この村は戦えないような、じじばばばかりだ。俺は戦わずに、村の人間を避難させるつもりだ」
「はあ……そうですか」
絶対に怒られる。そう思っていたのに、思いもよらない事を語られ思わず間抜けな返事を返した。
「……いいんじゃないですか? 私も出来たらジャイアントロックタートルとなんて戦いたくないですし」
「…………は?」
隊長が目を大きく見開いて信じられないものでも見るかのような表情で私を見る。
「え……なんですか。その表情は? 隊長は私が好き好んで戦いたがってるって思ってたんですか!?」
「違うのか……?」
「違いますよ!! っていうか今までだってヘルハウンドと戦った時も、タンビュラ船長と戦った時も、幽霊メイドは……違うけど。自分から進んで戦おうなんて思ったことないですよ!?」
ヘルハウンド戦はアルカナに。タンビュラ船長戦は、船強奪のために隊長に唆され……。
どちらも自分から積極的にやった訳じゃない。
「いや……それは、すまなかった。てっきりあのエルフの嬢ちゃんの為に、魔物を倒したいんだと思ってたんだ……」
「そんな訳ないじゃないですか!」
全力で意義を唱えた。
「私が魔物を倒してセレナイト様が喜ぶと……? そんな訳ないでしょ!! セレナイト様が望んでいるのは、精霊の平穏なんですよ? 魔物が元は精霊なら、それを倒したところでセレナイト様が喜ぶハズないじゃないですか!! やるんだったら、精霊が魔物になる前に止める。もしくは、魔物になった精霊を元に戻す! でも、どっちもやり方がわからないから、人に被害が出ない様に戦う準備をしてきただけですよ!? ちなみに、セレナイト様への贈り物はもう決めてあります。来る途中に咲いていた、セレナイト様の髪色にそっくりな水色の小さな花。……あ、セレナイト様はお花がお好きなんですが、摘んでしまったものではなく、生きているお花が好きなんですよ? ゲーム中でも『短い命をわざわざ摘んでしまうこともない』って……あれは、人間に向かって言ったのかな? とりあえず、あのお花をお土産にしたいので、後で植木鉢をひとつください」
「あー……わかった。もう、いい……」
全力で語り切ると隊長は、げんなりとして扉にもたれかかっていた。
──さっきから疲れていた顔をしてたし。きっと、隊長も長旅で疲れているんだろう。
「隊長もお疲れみたいだし、この話はここまでというで! 私、明日は朝早く出かけるんで」
「誰のせいで一気に疲れたと……まあいい。出かけるのはいいが、村の人間の迷惑になることはするなよ。花を貰いたいなら、持ち主にちゃんと許可をとれよ」
「別に明日は花を取りに行く訳じゃないですよ。明日はノームの洞窟に潜るつもりなんです! ほら、準備もバッチリ」
先程、準備したばかりの荷物を見せた。
「…………はあ? はぁあああああーー!?」
言葉になっていないが、隊長の顔には『信じられない』と書いてあるようだ。
「大丈夫ですよ! アルカナも一緒に行くし、一応ランショウにも付いてきてもらうし」
「大丈夫じゃねーよっ!! あの洞窟は中が地下に続く迷路みたいになってんだぞ!? 村の人間も俺だって一番下までの行き方がわからねぇーんだ。迷ったって助けられねーんだぞ!!」
「大丈夫! 大丈夫! ちゃんと考えてるから大丈夫ですよ!!」
自信満々に答えるも隊長の顔は引き攣ったままだった。
24.5.9修正




