78話:姫琉とアンナ
今回短めです。
玄関から見える扉から出て来た女性は隊長をそう呼んだ。
「なんでもないよ、母さん」
「母さん!? 隊長のお母さんって事は」
隊長の鋭い視線が「余計な事言うな」と私に向かって語っている。言いかけた言葉をゴクリと飲み込んだ。
──で、でも隊長のお母さんって事はこの国の王妃様? でも……。
もう一度隊長が『母さん』と呼ぶその人をじっくり見た。
髪の色は隊長に似てはいるが、紫と言うよりは少しだけ緑がかっていて藍色に近い。
瞳の色は、隊長に似て薄い緑色をしている。
親子……といえば見えなくもないが、彼女が王妃なのかと言われるとどちらかと言えばメイドと言われた方がしっくりくる、そうな感じだった。
「お客様なら、そんなところで話していないで中へご案内なさい」
「いや、本当に客じゃねぇから。今、帰ってもらうところだから、母さんは部屋に……ってオイ!」
振り返って話していた隊長の隙をついて、ランショウは勝手に家へと上がり込んだ。止めようと隊長が手を伸ばすも今一歩届かなかった。
「お初にお目にかかりますー。儂はペル坊の“友人”でランショウと言います」
「あら、どうもご丁寧に。私はあの子の母親でアンナと言います」
おっとりとした喋り方で、彼女はそう名乗った。
「実はのぉ、ペル坊を訪ねてこの村まで着いたのは良かったんじゃが、ココ泊まる場所がないじゃろ? それでホトホト困っておるんじゃよ」
いつものニコニコ笑顔で眉を下げて、いかにも困っています! って感じを全面に出して隊長の母親、アンナさんに訴えかけていた。よくもまぁ、あれだけ嘘をペラペラと喋れるものだと、一層感心しつつも呆れてランショウを見ていた。
「誰が! いつ! テメエとッ!! 友達になったんだよ!! ァア!?」
後ろから思いっきりランショウの脳天を鷲掴みにしたランショウは明らかに怒っていた。掴んだ手には血管が浮き出ていて、絞める指もなかなか力が入っているように見える。
──隊長の絞め技、アレ痛いんだよな〜。
普段、事あるごとに顔面を同じようにされている私にはわかる。アレは、絶対、痛い!
ランショウもあまりの痛さに両手をあげて早々に降参していた。
「あいたたたっ!! ぼ、暴力反対! 反対じゃ!!」
「ペルシクム、口が悪いですよ。それに暴力はいけません。人に……ましてや友人にそのような事をするべきではありませんよ」
その一言で、隊長は締め上げていた手を渋々と離した。
「だから友達じゃねぇって……」
「まったく、そんなことばかり言って。ランショウさん、息子が申し訳ございませんでした。お怪我はありませんでしたか?」
「いや〜儂、意外と丈夫なんで全然大丈夫じゃ」
「それは良かったです。ところで泊まる場所をお探しとのことでしたがよろしければ我が家に……」
「向かいに」
そう言って二人の会話に隊長が割って入った。その表情はめちゃめちゃ嫌な顔をしている。
「向かいの黄色い屋根の家。今は空き家になっているが、家具なんかは前の住人の物が残ってる。お前らだけで泊まるなら、そこでいいだろ……」
家の向かいに目を向ける。向かい、と言っても距離がそこそこある。畑を挟んだ遠くに黄色い屋根の家が小さく見えた。
「おおー、あの家かのぉ? どれ、早速行ってみるかの!」
さっきまで中にいたはずのランショウが気がつけば、すぐ横に戻ってきていた。
黄色い屋根の家を見つけると、一番先に目の前の畑に突っ込んでいった。
──自由すぎません?
「オイッ! 畑に勝手に入るんじゃねーよ。ハァ……ちょっとアイツら案内しに行ってくるから、すぐに戻るから、さっきの話しは戻ったらまた」
「別にゆっくりしてきて構わないですよ。貴方が友人を連れてくるなって初めての事ですから」
「いや、本当に友人なんかじゃねーからっ!」
母親と話す隊長の表情は、いつもの険しい顔でも、胡散臭い笑顔でもなく、私がゲームでも見たことのない優しい表情をしていた。
何故だか2人のその他愛なく話す光景が、私には少しだけ羨ましく映った。
「オイ、何ボーっとしてる。さっさと行くぞ」
面倒そうな顔をした隊長が、私の額を小突くと横を通り過ぎ先に行ってしまう。
「えッ? あ! お、置いていかないでくださいよ!!」
隊長を急いで追いかけようと思ったが、一度家の中にいたアンナさんに振り返った。
「すみません、お騒がせしました!」
それだけ言い、深く頭を下げた。そして、踵を返し置いて行ってしまった皆を追いかけた。
アンナさんは『27話:幕間 カルサイト』で名前だけ登場したキャラです。
幕間を読んでいない方は、この機会に読んでもらえたら嬉しいです。
多分、どの幕間も本編よりは……読みやすいハズ。
24.5.8 修正




