74話:姫路と森と煙
【ノームの大森林】
土の大精霊ノームが眠る洞窟がある大森林。
土の精霊の加護が強い為、生えている木々の多くは巨木へと成長している。あまりに大きくなりすぎて森を進むに連れて光が当たるところが少なくなっているが、植物はすくすくと育つ。
巨木は切ろうにも、あまりに丈夫なのでちょっとやそっとじゃ切れない。
「ブレーキが壊れるとかあ・り・え・な・いッ!!」
「まぁまぁ。とりあえず全員無事じゃったんじゃからそんなに怒らんでも」
目の前には見るも無惨な姿になった水陸船があった。
森が見え、調子に乗ったランショウが全速力で船を走らせた。
森が近くなり減速させようとブレーキをかけたら"バキッ"と盛大な音をたてて壊れた。吹いていた風が追い風だった事もあり、減速することなく船は巨木へと突っ込み全員船の外へと投げ出された訳だ。
「無事、無事だあ!? 投げ飛ばされたセリが気ぃ失ってぶっ倒れてんのに、よく全員無事だと言えたなこのサイコ野郎ッ!!」
ぐったりとしたセリサイトを小脇に抱えたコランダムがランショウを怒鳴りつけた。続けて痛そうに頭を押さえたダイアスがランショウに詰め寄る。
「ってか俺は昨日ブレーキがガタついてるって言ったよなッ! なんで直されてねぇーんだよっ!! 」
ダイアスが言うには、昨日川を渡った時に魔物に襲われたのだが、この時ブレーキが壊れかけてたらしい。ちなみに何故か船の操縦はランショウではなくダイアスがしている。
川を越えた先にあった町で昨日は宿を取った。船はでかいので町の外に止めた。その時にダイアスはブレーキの異常に気づいて、ランショウに『直して欲しい』と報告をしていたのだが……。
「町に着いた時には、もう辺りも暗くなっておったからのぉ。朝、日が登ってからやろうと思っておったんじゃが。久々にベットでぐっすり眠ったらそんな事すっかり忘れておったわい! ハハハッ! スマン!!」
ランショウは悪びれもなく言い切った。
水陸船は前面が大破しており、ぶつかった衝撃でもくもくと土煙が上がっていた。
「テメェ、絶対いつかブッ殺してやるからな……」
「そうかそうか! じゃったら今より強くならんとこの前と同じ事になるのぉ」
コランダムとランショウ、二人の間にバチバチと火花が散っているが、気にしない。
幸いにも、私は今回はどこも怪我をしなかったので怒りはすでに収まっていた。私よりも、海賊たちがブチ切れていたので冷静さを取り戻したのだ。
だが腹立たしい事にランショウも無傷だ。……クソ。
「どうせその船じゃこの道は通れそうにないし、とっとと先に進まない?」
森の入り口らしき所には、ギリギリ馬車が通れるかという広さの木道がずっと続いていた。木道の下を見ると、太い木の根や石がごちゃごちゃしており歩きにくそうになっている。
「そうじゃ。くだらない事でごちゃごちゃ言っておらんで先に進むぞ!」
自分の分が悪いのか、いち早く荷物を持ちランショウが海賊を手招きする。
「いや、待て」
「なんじゃまだ何かあるのか?」
ランショウは怪訝そうな顔をした。
「その女との約束では“土の大精霊が眠る地”まで連れていけって話だっただろ? 約束通りにここまで連れてきてやったんだ。さあ、今度は船長のところまで案内してもらおうか?」
偉そうにふんぞりかえるコランダム。小脇に抱えられていたセリサイトも目を覚ましたようで、ランショウと私。海賊三人が睨み合うような形になっていた。
──一触即発。
そう言えなくもない空気が漂っていた。
「いや、まだ案内できないけど?」
──何を言ってるんだ、コイツ。
「なんだ。約束を反故にするって事か? だったらこっちも力ずくで吐かせるしかねぇよなぁ」
コランダムはご自慢の力を見せ付けるように手をバキバキと鳴らした。
ランショウはつかさず、着物のような袖の中から六十センチ程の長さの鉄でできた筒を出した。筒には風の精霊石が嵌め込まれていた。彼がゲームでも愛用していた“エレメンタル砲”である。
──これがエレメンタル砲……思ったよりも小さい?
ゲームで見た時のものより少しだけ小さく感じたが、服の袖から出てきたにしては中々大きい。オパールのクローゼットと同じで、見た目と容量が合っていない。前に出したハリセンもきっとここから出したのかもしれない。
まさに戦いが起こりそうな空気だったが、関係ない。
私は約束を“勘違い”しているコランダムに説明する。
「約束の反故? 勘違いしてるみたいだから言うけど、私は“土の大精霊が眠る地”に連れてけって言ったの。ここは、まだ、森の入り口。大精霊が眠る“洞窟”には程遠いでしょ。ってな訳でさっさと進むけど良いよね? だって約束だしねっ!」
コランダムが言ってるのは、「遊園地に連れてく」と約束したのに最寄り駅に降りた瞬間「遊園地に連れてきたぞ!」と言ってるようなものだ。
言いたいことは全部言い切り、先に進もうとすると“バキッ!“と鈍い音と共に木々がガサガサと揺れ、まだ青々とした葉が上から降り注ぐ。
コランダムが巨木を殴ったのだ。殴られた木には抉られたようにへこみができていた。
「ぁあッ面倒だっ! くだらない口約束なんざ、守ってやる必要なんざぁねーんだよ!」
ひどく濁った目が私を見据える。
「……力ずくで吐かせようって?」
その目を見たら背筋に冷たい汗が流れた。
「そもそも嘘なんだろ? テメェみたいな非力な女にあの人が倒される訳ねぇ……あの人の、タンビュラ船長の強さは本物なんだよ! あの人を倒すのは俺なんだよッ!!」
叫ぶコランダムは拳を振り上げ向かってくる。
ランショウが間に入り、エレメンタル砲で拳を防ぐも殴られた勢いで近くの木に吹っ飛ばされた。
襲いかかる圧倒的な暴力に、もはや打つ手などない。
この体格さで殴られれば、下手すれば死ぬだろう。しかし、私は怯まずに戦えるように構えた。
そして思わず笑みが溢れる。
「何、笑ってやがるッ!!」
コランダムの拳が勢いよく振り下ろされる。
「勝利の女神の声が聞こえたから!」
それと同時に、私を風が纏わり付くように覆った。
「ヒーメールーッ!! よくわかんないけど、やっちゃえー♪」
「見ててね、アルカナ!」
振り下ろされた拳を風で受け流すと、体を下げて代わりに足を高く振り上げた。
勢いよく振りかざした拳が行き場をなくし、コランダムの体はバランスを崩した。代わりに、風の力で勢いを増した私の蹴りは見事にコランダムの脳天にヒットした。
「ナァッ…!?」
倒れたコランダムは起き上がってこない。辺りどころがよくなかったのか脳震盪を起こしているようだ。
「ヒメルー!! 大丈夫? 大丈夫!? 怪我してない!?」
森の中から飛んできたのは最上の癒しこと、アルカナだった。
「アルカナのおかげでどこも怪我してないよ〜」
私がそう答えると、アルカナは嬉しそうにニッコリと笑った。
──あー笑顔が、まっ眩しい!!
ここ何日もむさ苦しい中で生活をしてきたせいか、アルカナの笑顔が太陽のように輝いて見える。
アルカナが飛んできた茂みからガサガサと音が聞こえた。
「……なんで、お前がいるんだよ……」
そこには馬を連れた隊長がいた。
24.5.6修正




