72話:姫琉と隠し事
そんなこんなで、十日が経過した。
当初、徒歩とかで二週間もあればいけるだろとか思ってた自分は甘かったと言うしかない。
水陸船は、馬車の二倍ほどの大きさがあるので遠回りした場所もあったが、歩いて行くより余程早く進んでいる。
──乗り心地は相変わらず良くはないけど。
嵐の前の静けさなのか魔物に襲われることなく、目的地の土の大精霊がいる森まで残りわずかのところまでたどり着いた。
ただ、進んでいるルートが違うのか、それとも追い付けていないのか……隊長達には会えずにいた。
──まあ、目的地は一緒だから焦ることもないけどね。
このペースでいけばおそらく鎮守祭の日、精霊暴走が起こる前には村につけるハズ。
今日はもう日は沈んでいて、船は帆を畳んで止めている。
日が落ちれば、街灯のない暗い道をこの船で移動するのは危険だ。いつも日が沈みきる前に、休める場所を探して野宿をするのがルーティンだ。
野宿自体は、隊長達と旅した時にもやっていた。
でも、今は世話焼きなギン兄もあれこれ教えてくれるキン兄はいない。もちろん、コランダム達が手伝ってくれるハズもない。自分たちの事は自分たちでやっているみたいだが……というか、見た感じセリサイトが主に全部やっているような。コランダムはドンっと座っているだけで何もしていない。
そんな訳で、食事も焚き火も寝る場所の準備も全部自分でやる。
最初は火を付けるのもうまく出来なかったが、何回か悪戦苦闘しているうちにできるようになった。
早速、準備した焚き火の灯りを頼りに広げた地図を見る。
「この先にある川を越えたらヒメルちゃんの目的地はすぐじゃよ」
声がした方に振り返ると後ろに、両手にカップを手にしたランショウが立っていた。
片方のカップを私に手渡し、焚き火の近くに座った。
カップの中には、まだ暖かな紅茶が入ってそれを口にする。日が沈むと辺りの空気がひんやりとしてくるので、焚き火の熱と暖かな飲み物はとても心地よかった。
そのせいか、それとも目的地が近くて気分が良くなっていたせいか、ランショウの言葉に機嫌よく返事を返した。
「うんうん。ここまでつけばもう目的地に着いたも同然だよね」
「そうじゃのー、これなら目的に間に合いそうじゃのー」
「全然余裕でしょ! 聞いてた鎮守祭の日にちが多少曖昧だったけど余裕があるハズ!」
「鎮守祭って、ルーメン教の鎮守祭のことかの? あれならちょうど十日後にあるぞ」
「十日もあれば戦闘準備も……って、あれ?」
「でも鎮守祭は光の国の王都で行われるはずじゃが、それとヒメルちゃんの目的地と鎮守祭。何か関係があるのかの?」
「………………な、なんの話でしょうか……」
ぎこちなく首をランショウに向けると、ニコニコと笑った顔がこちらに向けられていた。
「流石に今のはシラは切れんじゃろう? で、ヒメルちゃんは何を隠しとるんじゃ? ほれ、今ならあの海賊達もおらんし、こっそり教えてくれんかのー。戦闘準備とはなんのことじゃ?」
狐のような目を細めてこちらをじーっと見てくる。
──ぐぬぬ……。目的地がもうすぐだと思ったら気が緩んで……いや! それとも今飲んだ紅茶に何かが仕掛けられて……!?
「今のはふつーの紅茶じゃぞ? ヒメルちゃんが単に勝手に話しただけじゃ」
「なんで考えてたことがバレてる!?」
「いやいや、全部顔にでとったぞ。ヒメルちゃんには隠し事はむかんのー」
いつものようにケタケタと笑い出した。
確かに、海賊達は離れたところにいる。ランショウにだけなら話をしてもいいかもしれない。
──いや、どこまで話すよ?
『ゲームの世界に転生して〜……』って最初から説明する必要は流石にないと……思う。
信じてもらえるかはわからないが、このくらいなら……。
「実は〜……」
とりあえず、鎮守祭の日に精霊暴走が起こる事、その時に起こるであろう魔物による村の崩壊をどうにか止めたい事、先にカルサイトが一人で向かった事、『邪魔だ』と言われて置いていかれたのに今こうして追いかけてる事だけをざっくりと説明した。
ランショウは私の説明を終始ニコニコと聞いていた。
必死に考えながら話していたので、残っていた紅茶はすっかり冷めてしまった。
「なるほどの〜」
「そんな訳で、魔物を倒すのに彼らを含めてランショウも使おうとしてました。ごめんなさい」
全てを話し終えて軽く頭をだけ下げた。
──正確に言えば、ランショウは勝手に付いて来たので私の所為ではない気がするけど。
「おっ、あんまり悪いとは思ってない顔じゃな」
──さっきから考えてることがバレるのはなんでだろう? オパールにも『顔に出てる』って言われたけど、私一体どんな顔してるんだ!?
「ん~でも、ヒメルちゃんの隠し事はそれだけじゃないじゃろ? ここまで聞いて話さないと言うことは、どうしても話してくれんじゃろうけど」
「黙秘!!」
表情で読み取られないように、顔の前に手で大きなバッテンを作る。
適当に嘘を並べてもバレるので何も言わない事にした。オパールにはバレるかもしれないけど、会ったばかりのランショウには黙ってればバレることはない……ハズ。
「……別に、隠し事されてるのが嫌なら一緒に来てくれなくてもいいですよ。元々一人で行くつもりだったし、戦うつもりだったし……後、十日もあるならここからなら歩いても間に合いそうだし!」
ランショウはここまで『面白そう』と言う理由で付いてきた。
この船での移動は、足を折られた慰謝料分だとしても、コイツが魔物と戦って私が払える報酬はない。
ランショウが魔物が出ると知らないまま、目的地で鎮守祭の日を迎えていたらこんな事は考えなかったと思う。
「なんじゃ? ヒメルちゃんは海賊達は連れていくのに、儂には付いて来て欲しくないのかの?」
「そうじゃない。そーじゃないけどさっ! コランダム達には"タンビュラのおっさんの居場所を教える"っていう報酬を渡せるけど、ランショウに私が渡せるものなんて、何もないから……」
ついでに脅せそうなネタもない。
ゲームでも昼行灯の様に明るい性格とおかしな物を造る面白い事が好きな変人発明家。でも、戦闘の際や決めるところはしっかり決める。
光の国の王様の護衛騎士と知り合いだったけど、大したネタじゃない。あとは……。
「なんじゃ、報酬なら儂と一晩をベットでともに」
「焚き火にその頭突っ込みますよ?」
ランショウのセクハラ紛いの発言をぶったぎり睨み付けた。
この異性に対して、軽いところで弱味がないかと思い出してみるが、何もなかった。
──昼ドラ並みの私情のもつれとか、あればよかったのに……チッ!
睨まれたランショウは両手を軽くあげて「降参」と言わんばかりのポーズをとっていた。表情は眉を少しだけ下げているが、いつも通りのニコニコ顔だった。
「おっ、じゃあ報酬としてヒメルちゃんが秘密にしてる事を儂に教えるっていうのはどうじゃ? 儂もヒメルちゃんの隠し事が気になるし、どうじゃろう?」
「あ~、ん~どうしよう……」
思わず腕を組み考える。
「べつに……大した事じゃないですよ?」
──転生して~……って、説明するのが面倒なだけだし。
「大した事じゃないなら、それで決まりじゃ! 儂が魔物と戦って勝った暁にはヒメルちゃんの秘密を教えてもらうと言うことでいいかの?」
「……ランショウがそれでいいなら……まあ」
──隊長達には普通に話した事だけど、それが報酬でいいのかな?
とか思いつつも、ランショウが一緒に戦ってくれることになり何処か安心してる自分がいた。
昨日の活動報告にランショウのイラストをあげさせて戴きました。ご興味のある方はそちらもご覧になっていただければ幸いです。
24.5.6修正




