70話:姫琉とコランダム
「なんだと……もう一度言ってみろ……」
掴んだ腕も払うでもなく、私の頭上からドスを効かせた低い声が聞こえる。
でも怯まずにもう一度言ってやる。口元に満面の笑みを浮かべて。
「何度だって言ってやる! 絶っっっ対にイ・ヤ・だ! お前になんて何一つ教えてやるもんか! ばーか!!」
「ちょ〜っとヒメルちゃん落ち着こうかの! もう面白い通り越して、ハラハラしてきたからのっ」
慌てたランショウに後ろからひょいと持ち上げられて、コランダムと距離を取らされた。
最初から面白いところなんて一つもなかったと思うが、多分コランダムが私の首を絞めるまでは山賊と私の話とか面白そうだな位で思っていたのかも知れない。そう思うとちょっとだけ腹が立った、なので。
「首を絞められようと、殴られようとお前みたいな最低野郎に教えてやることはないね!!」
ランショウの背に隠れながら言った。いや、本当に殴られたら絶対痛いし、イヤだし……ね?
盾にされたランショウは少し困った様に笑っているが、そこから移動しようとはしなかった。どうやら、盾になることを許容しているようだ。
コランダムは何かを言おうと口を開いたが、ランショウがいるせいかそのまま口を閉じ代わりに太い腕を組んだ。黙ったコランダムの代わりに、口を開いたのは涙と鼻水で顔面ビシャビシャのセリサイトだった。
「どっ、どうしたらタンビュラ船長の、居場所を教えてくれるんですか。ぼ、僕はタンビュラ船長に会える為にならなんだってしますし何でもあげますぅ、この命だって差し上げますからぁああ、うあーん……」
言いながらまた泣き出した。それを見たコランダムが「テメェは黙ってろ!」と怒鳴りつけると、セリサイトは唇を噛み締めながら声を殺した。涙は止まってないが。
「いや、命なんてそんなのいらないし……」
「いやー、これは妥協点を見つけて教えてやらんとコイツらどこまでもヒメルちゃんに付き纏うと思うぞ? ヒメルちゃんが教えるとマズイ事があるっていうならここで三人とも捕まえて、役人にでも突き出さないと危ないかもしれんのお」
「別に隠してるわけじゃないから、教えてもいいんですけど……」
タンビュラのおっさんの居場所なんてどうでもいい。どこに連れて行かれても困りはしない。
船だって、あの時は急いでいたから“海賊船を奪う”なんて事をしたが本当は普通の船がいい。
「教えても問題ないなら、お菓子とか服とか適当に欲しいもの頼んで教えてしまった方がいいと儂は思うぞ?」
「欲しいもの?」
──セレナイト様の好感度……。
一瞬そんな事を考えたが首を大きく横に振った。言ったところでどうにもならないし。
食べ物も服も別にいらないし、一瞬「お金?」とも考えたが海賊行為や山賊行為で手に入れたお金なんて欲しくない。かと言って簡単なものを頼んで教えてやるのは、私の腹の虫が治らない。
──難しくって、私が欲しいもので、尚且つセレナイト様の好感度が上がりそうなものって……?
珍しく真剣に考えた。
「あっそうだ!」
いいことを思いつき、自分の鞄の中から地図を取り出しみんなに見えるように広げて見せた。
その地図に描かれていた土の国の内陸の森を指差す。
「タンビュラ船長と船の場所まで案内してあげる。だけど代わりに貴方達三人で、私をこの“土の大精霊が眠る地”まで無事に連れて行きなさい!! 二週間以内に!」
そう、難しくって、私が欲しくて、セレナイト様の好感度も上がるもの。それは精霊の暴走を止めることだ!
一人で行くつもりだったが使えるものは使っとく精神だ。コイツらがいれば魔物が出て来てら多少は戦えるだろうし、私が死んだらタンビュラの居場所はわからないんだから教えるまでは私は安全だろう……多分! それ以外に何も浮かばないし、もうこれでいく。断られたら、別に教えないで、そのままランショウに頼んで捕まえて貰えばいいだけだからどっちに転んでもいい。
「はいっ! 喜んで!!」
片手をピンと伸ばして即答したのはセリサイトだった。泣いていた顔が満面の笑顔へと変わり、私の方へスタスタと向かってきた。ランショウが警戒したのに気付くとそこで止まり、ランショウ越しに私に話しかけてきた。
「必ず、そこに連れて行きますから。だから、絶対に、絶対にタンビュラ船長のところに案内してくださいね。絶対ですよ!」
「……三回も言ったよ、絶対って」
このセリサイト、よっぽどタンビュラのおっさんが好きなんだろう。好きすぎて周りが見えていないのか、残り二人の顔が引き攣っている。
「で、そっちの二人はどうするんじゃ?」
私の代わりにランショウが二人に問いかける。
「はぁー……仕方ねぇか。このまま人気のない山で山賊なんてしてても仕方ないしな」
そう言いながらこちらに歩いてきたのはダイアスと名乗ったバンダナの男だった。
「その要求に乗ってやるから、約束を違えた時には覚悟してろよ」
「私は約束はちゃんと守るから大丈夫。そっちこそ、途中で私が死んじゃったら船には辿り着けないからそこんとこよろしく」
ダイアスは軽く舌打ちをしたが、この提案に乗るらしい。残るは私の首を絞めてきたコランダムだけだ。まるで苦虫を潰したような顔でこちらを睨む。
「あとはアンタだけだけど」
「…………」
返事はない。
「別に私はどっちでもいいんだよね、来ないなら私は教えないだけだもん。一人であの山で山賊でもなんでもしてればいいわ」
「…………その約束を破ったら、その時はテメェを死ぬより酷い目に合わせてやるから覚悟しろ……」
捨て台詞のような言葉が返ってくる。
信用はできないが、これで戦力は手に入れた。
土の大精霊の眠る地に連れて行った後に、タンビュラの場所に案内するということはつまりそういうことだ。
この海賊達には、精霊暴走の日を一緒に迎えてもらうということだ。
「決まりということで、時間も惜しいことだし、このまま目的地に出発するよー! 馬車もないし、キビキビ移動しないと時間までにつかないからね。じゃあランショウここまで乗せてくれてありがとう、じゃあねー」
「ちょっと待ってくれんかの」
船を降りようとした私の腕をランショウが掴んだ。そのランショウはニコニコと狐のような目を細めて笑っていた。
「急ぐならこのままこの船で行けばいいぞ」
「………………はい?」
「察しが悪いのぉ、儂も一緒について行くってことじゃよ」
「い、いやいやいや! お弁当ひとつでそこまでしてもらわなくていいですよ!? それにランショウも国に待ってる人がいるだろうし、色々とお忙しいでしょう?」
「大丈夫大丈夫! どうせ自由気ままなひとりもんじゃから待ってる人間もおらんからのぉ。それにルーメン教の奴らに治してもらったとはいえ、病み上がりじゃろう? 儂が怪我をさせてしまったようなもんじゃし、心配じゃしのぉ〜」
──骨折したのコランダム達のせいにしてませんでしたっけ? さっき。
白々しいセリフを並べるランショウ。多分そんなことは微塵も思っていないんだろう。思わず聞いてしまった。
「本当は……?」
「面白そうじゃから連れってってくれ」
「……はぁ」
ゲームでランショウが主人公についていくのと同じ理由で、ランショウが仲間に加わった。




