68話:姫琉と巡礼者
目を覚ますと見知らない天井があった。
自分がベットに寝かされていることに気づく。
どうやら気を失っていたようだ。目を再び閉じて、最後の記憶を思い出す。最後の記憶は、おかしな方向に曲がった足首をあのランショウが反対に曲げたところで途切れていた。
「あんの、サイコパスフォックス!! 絶対ぶっ飛ばす!!」
ベットから体をガバッと起こす。
怒りのあまり口汚い言葉が出てしまうが仕方ない。
ちなみにひとつ言っておくが、ゲーム内でこんな呼ばれ方はされていない。あくまで今、私が思った事をそのまま口にしただけだ。
その罵声の後すぐに部屋の扉が開く。
「おっ、ヒメルちゃん。元気になった様じゃのぉ〜よかった、よかった」
なんとも間抜けな声が聞こえた。
山賊三人とサイコパスフォックスことランショウが屈託のない笑顔で部屋に入ってきたのだ。
――――とりあえずぶっ飛ばすッ!
「ここはどこ」とか「山賊はどうしたの」とか聞かなきゃいけない事はいっぱいあると思う、思うがッ! とにかく最低でも一発はこの男を殴らないとムカっ腹が収まらない。
脇を締め、手に力を込めて渾身の拳を作りだす。それをランショウの目掛けて振り上げベットから飛び出した。
「おっ、足、ちゃんと治ったみたいだのぉ」
「え……?」
その言葉に拳は勢いをなくし、ランショウには届かなかった。
「あれ……折れて、ない?」
自分の足元を見た。おかしな方向に曲がった足は正しい形をしていた。包帯は巻かれているが、ギプスや当て木で固定されてるわけでもない。試しに、折れていたはずの足でガンガンと思いっきり床を踏んでみたが。
「……痛くない、なんで?」
「そりゃそうじゃ、ルーメン教の神父さんが治癒術で治してくれたんじゃから」
「ルーメン教の神父?」
「そうじゃ。この村にたまたま巡礼の帰りに立ち寄った、とかでルーメン教の一行がおったんで、ヒメルちゃんの怪我見せたらすぐさま治してくれたんじゃ」
「はぁー……そうなんだ。ってかココどこ!?」
「ここは宿屋じゃ。そうさのぉ、順番に説明してやるわい」
私が気絶した後の事を話してくれた。
あの後、私が気絶した事に慌てて襲ってきた山賊三人組に手伝わせて、あの船で一番近くにあったこの村に運び込んだらしい。で、村人に怪我の治療を頼んだら偶然居合わせたルーメン教の人が折れた骨を治癒術を使って治してくれたらしい。
ちなみに、「山賊に手伝わせて」と言ったがその山賊は今まさに目の前にいる。椅子に座るランショウの横で、腰が曲がった気弱そうな確か仲間に『セリ』と呼ばれていた男、その横にはバンダナをした左頬に火傷のある男、そしてランショウから一番遠い位置にスキンヘッドの筋肉質な浅黒い男が全員正座をさせられていた。この浅黒い男が、刃物を突きつけてきたやつだろう。立派な筋肉で体格もいいだろうに、今は正座をさせられ小さくなっていた。三人とも殴られてできたような痣やこぶなどが見えたが、ランショウ曰く「話したら快く手伝ってくれた」らしい。
…………深く言及しないでおこう。どうでもいいし。
「一応骨はくっついているらしいが、しばらくは無理しない様にと言っておったぞ! 無茶もほどほどにとも言っとたぞ」
「誰のせいだよ……」
恨みたっぷりの低い声で言い、じとっとした目でランショウを睨むも効果はなかった。ケラケラと笑っていたので、ベットにあった枕を思いっきり投げつけてやったが、片手で簡単に受け止められた。
後で絶対ぶっ飛ばす。
そう心に誓った時だった。窓の外から賑やかな声が聞こえてきた。
「おっ、話をしていたら。ヒメルちゃん見てみ、あのフード被った奴らが足治してくれた奴らじゃ」
窓から広場を指差すランショウ。この部屋は二階で上から賑やかな方を見下ろした。
村人っぽい人たちに囲まれた白いフードを被った人たちが見える。ただ一言お礼が言いたくて、私は窓を思いっきり開けその集団に向かって叫んだ。
「神父さん!!」
少し距離があったのにその声に気づいたのか、一人のフードの人がこちらに向かって顔を上げた。顔に当たる日の光を眩しそうに手で遮っているので顔は見えなかった。
「足。治してくれてありがとうございました!」
その言葉が届いたのか、その人は軽く会釈をした。
「そうそう、今頭を下げた男が治してくれたんじゃ」
気がついたら後ろに立っていたランショウが言った。
ルーメン教一行は村人に見送られながら村を後にした。
「ちなみに村まで運んだ儂にはありがとうはないのかの? ヒメルちゃん?」
その言葉に思わず後ろに向かって肘鉄を喰らわせてやった。あたり所がよかったのか、ランショウは思いっきりむせ込んでいる。
「ざまぁww」
一行も見えなくなり窓を閉めると、浅黒い山賊が私を指さしてきた。
「…………何」
「おい女、お前あの時の商人だろ!! 忘れたとは言わせねぇぞ!!」
「なんのこと?」
怒鳴られたが、なんのことだかわからず首を傾げる。生憎と山賊に知り合いはいないはずだ。海賊になら不本意ながらいるけど。すると次はバンダナの男が声を上げた。
「俺たちの家を盗んでおきながら、知らないなんて言わせねぇぞ」
「知らない」
生憎と人様の家を盗んだ記憶なんてない。海賊船は一隻奪ったけど、船長との戦いの末に手に入れた戦利品だ。そうしたら、今度は腰の低い男がオドオドと話す。
「僕は、僕は ……仕返し したいとか、盗られたものを 取り返したい……とか じゃなくて、ただ……ただ」
男の目から涙がボロボロと溢れている。何も悪いことはしていないが、罪悪感で胸が締め付けられる。
「だ、大丈夫だよ。私、ちゃんと聞くから!! ゆっくりで大丈夫だから話して、ね?」
まるで小さな子供に話しかけるように言ったが、目の前の男はどう見ても私より全然年上だ。細くて、やつれているが見た目は二十歳はとうに超えていそうだ。
「や、優しいんですね……でも、でもじゃあ、なんで……なんで、タンビュラ船長を殺したんですかぁッ!!」
その言葉とともに大きな声をあげて男は泣きだした。
「僕は、僕は、ただ、タンビュラ船長に会いたいだけなんです〜! 船長を返してくださいよ〜!!」
その大の男の泣き声に呼応するかのように、残り二人があーだこーだ言っているが、私の耳にはもう山賊たちの言葉は入ってきていない。予想外のことに目眩がしてきて、思わず頭を押さえた。
その様子を見てランショウは椅子に座りながら一人ニコニコと笑っていた。




