67話:姫路と三人の山賊
森を抜け、山道を駆け上がる船はお世辞にも乗り心地がいいとは言えなかった。道、といってもコンクリートで舗装されている訳ではない。長い年月をかけて踏み固められたものが道の様になっているだけだ。つまりは石や木の根などの障害がある。そのせいで船はガタガタと絶え間なく揺れる。
そんな乗り心地なのに事もあろうにこの男は「なかなかの乗り心地じゃろ?」と船の前方にあるハンドルを切りながら言いやがる。
「そんな訳っ! ぅう……き……きもちわるい……」
怒鳴ろうとしたが、胃から込み上げてくるものが出そうで口を抑えた。ぐったりうつ伏せで倒れている私を見てランショウはケラケラと笑っている。
「このくらいで酔うなんてだらしないの~」
「あと、どれくらいで着くのよ~……」
「この分じゃと日が落ちる頃か、遅くても明日には山を降りられると思うがの」
なんとも大雑把な返事が返ってきた。
「そんな大きな山には見えないのに、このスピードで今日中に山を降りられないの〜」
「んー、順調に進めればこの坂を越えれば後は下り坂じゃから、あっという間に麓に着くんじゃが。昨日はこの坂の上で出たんじゃよ……」
おどろおどろしい声を出しながら、まるで幽霊でも出るかの様に話すがそんなのを相手にしてる余裕はない。
「あぁ、山賊ですか」と答えると、口先を尖らせてつまらないと文句を言っている。
知った事ではないし、仮に幽霊が出たとしても今更驚く事でもない。幽霊も骸骨も、もはや日常的に見慣れてしまった。
ガタガタと揺られながら坂を登り切った。少しだけ開けた場所になっていた。体を起こしそこからの景色を見る。大して高くない山でも遠くまで見渡せた。緑色の大地とその先には、大きな川が横に延びている。
その景色に呆気に取られている時だった。
「よし! 引けぇええ!!!!」
知らない低い声が聞こえたと思ったら、“ガコンッ”という音とともに乗っていた船が前のめりに大きく傾き、次の瞬間自分の体が宙に投げ出されたと分かった。
――あ、落ちるな。
船から投げ出され体に重力から解放されたような浮遊感が襲い、自分の目には青空が見えた。
「こんな乗り物に乗るんじゃなかった」と思っていると、ぐわんとあらぬ方向に体が引っ張られる。宙に掘り出された私の足をランショウが力強く掴んでいた。
しかし、残念なことにそのランショウも船から放り出されていた。結果として、二人とも地面に叩きつけられたことになる。
「痛ッッたぁあああああッッッ!!!!」
船酔いの気持ち悪さはどこかに飛んだ。
代わりに、雷が体を走ったような痛みが爪先から頭のてっぺんへと流れた。打ち付けた体よりも、足が痛い。それもランショウが掴んでいた足がだ。助けようと掴んだ足はそのまま地面に叩きつけられたのだ。
「す……すまん」
ランショウが恐る恐る、掴んでいた手を離すと、足が曲がってはいけない方へと曲がっていた。
「こっ……これ、足……ッ!?」
「ハハッ……こりゃ外れてしまった、かの」
「ふざけんな!」と叫びたかったが痛すぎてそれどころではない。涙を流しながらその曲がった足を抑えた。すると、私たちを囲むような影がいくつか視界に入ってきた。
「テメェ……昨日はよくもやってくれたな」
威圧的な低い声が背後から聞こえてきた。
「なんじゃお前ら、昨日の山賊か。今はお前らに構ってる暇はないんじゃ」
「ふざけんな! 昨日テメェがその変な乗り物で撥ねられて大怪我したんだ!! 治療費として身ぐるみ全部置いてきやがれッ!!」
別の男が怒鳴り上げているがランショウは全く気にする様子はない。
「そもそもおまえ達が刃物やら持って道に出てきたから仕方なく、そのまま進んだだけじゃ。最初から身ぐるみ剥ぐ気じゃったくせに何言っとるんじゃ」
会話から自分の背後には少なくても二人は山賊がいるようだ。だが、この足じゃ逃げ出せないし、あの船は見事に横転している。近くには、綱引きで使うような太い縄が落ちていた。これに引っ掛かり横転させられたのだろう。
自分の首元に突然刃物が押し当てられた。
「この女を殺させたくなければ、言う通りにするんだな」
低い声が背中から聞こえる。逃げようにもこの足じゃ逃げられない。
足元の方で、片足をつき座っているランショウを見た。眉を寄せて何かを考えているようだ。
も……もし、このままこの男が置いて逃げたら一体私はどうなっちゃうの……。
恐怖と痛みで自分の頭から血の気が引いていく。気を抜いたらそのまま倒れてしましそうだった。
「ん? この女……」
山賊が私の顔を横からジロジロと見てくる。刃物はピクリとも動いていないから違う山賊だろう。
ひょろっとした男は、頭にはバンダナを巻き左頬に大きな火傷の跡があった。
ジロジロ見るな、気持ち悪い。
そうは思うが怖くて言葉が出ない。
このどうにもならない状態で、ランショウは閃いたようにポンと手を叩いた。
「この足を逆に曲げたら、元通りになるんじゃないか!!」
「…………ない。それだけは絶対にないッ!!」
何を考えていると思ったら、とんでもないことを考えていた。
ランショウはこの首に当てられた刃物も、そもそも山賊達なんてまるで眼中にないようだ。
「じゃが、やってみなきゃわからないじゃろ~? 大丈夫じゃ! 儂は壊すのも得意じゃが“なおす”のも得意じゃからの!!」
ケタケタと笑いながら折れた足を手に持つ。
「絶対ッ! 絶対にないからっ触んなぁあ!!!!」
首の刃物なんて気にしていられない。折れていない方の足で全力で抵抗するも片手であしらわれる。
それを見兼ねたのか、バンダナの山賊が「いや、それはやめたほうが……」とランショウに声をかける。
山賊もっと言って止めてくれ!
ランショウなんかより、目の前の山賊の方が余程まともに思えた。
しかし、ランショウは狐のような目をさらに釣り上げた。
「誰のせいで怪我したと思っとるんじゃ! だったらお前が治せるのか!!」
「そ、そりゃあ……」事実なので何も言い返せなかった。すると今度は横転した船の近くから、別の声が聞こえてくる。
「あ、あの僕、応急処置くらいならできますよ……」
船の奥の草むらから出てきたのは、頭に包帯を巻いた腰の低そうな男だった。その男が出てくると刃物を当てている男が怒鳴り声をあげた。
「セリッ! オメェはそこで隠れてろって言っただろ!!」
腰の低い男はセリと言うらしい。すると、ここにいる山賊は少なくとも三人だ。誰でもいい、この馬鹿な男が馬鹿な処置をする前に助けて欲しい!
山賊に救いを求めるなんておかしな話だが、今私の足を持ってる男は山賊よりも危険だ!!
「ああー!! うるさいのぉ!!!!」
痺れを切らしたのか、ランショウが天を見上げてそう叫んだ。
「見ておれ! これで元通りじゃ!!!」
その言葉とともに私の足が曲がった方と逆の方に“グキ……”と鈍い音を立てて曲げられた。
その痛みに耐えられなかった私は悲鳴も上げず、そのまま意識を失った。
足が折れたからといって、逆に曲げては絶対にいけません!!
真似しないようにお願いします!!
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