66話:姫路とランショウ
「食った食った! いや〜お嬢ちゃんには世話になりっぱなしじゃのぉ」
「そりゃよかったですねー」
笑いながらそう言った彼の手には、空になった私のお弁当があった。
分けるだけのつもりが空腹の人間の食欲は恐ろしい。あっという間に全部食べられてしまい、自分は代わりに保存食の硬いパンを頬張りお茶で流し込んだ。
「そういえば自己紹介がまだじゃったのぉ。儂はランショウ。風の国でガラクタを作っている変わり者じゃ! お嬢ちゃんはなんと呼べばいいかの?」
「……姫琉」
これ以上関わり合いになる気はないので、名前だけをぶっきらぼうに答えた。
「ほぉーヒメルちゃんか、可愛らしい名前じゃのぉ。ところでヒメルちゃんはこんな森の中で何をしとったんじゃ? この森なんにもないじゃろう」
狐目でニコニコ笑いながら聞いているが、怪しいとでも思っているんだろうか。
ここで正直に船でやってきたと答えてもいいが、そこまで正直にこの男に話してやる必要はない。
「そういうランショウさんは一体こんな森の中に?」
話を逸らすために興味もないのにあえて聞いてみた。そうしたら、「待ってました!」と言わんばかりに細い目を輝かせて意気揚々と語り出した。
「儂はこの水陸船の試運転をしとったんじゃよ!」
ランショウは、逆さまになった哀れな乗り物をバンバンと叩いた。
「海上は問題なかったんじゃが、陸に上がると上手く操縦できなくての。村でやっていたら色々と壊してしまってのぉ……。ほとぼりが冷めるまで村を離れたんじゃが、どうせなら土の国なら平原も多いし試運転にうってつけじゃと思っての、海を通ってこっちにきたんじゃ」
「は、はぁ……」
「じゃが草原は広いが人の通りも多いようでの、うっかり馬車を跳ねてしまうところじゃったんで、人気のないここまできたんじゃよ。それに坂道や上り坂も試して見たかったしの」
なんとも迷惑なやつだ。
この世界国境という概念があまりないが唯一、風の国と土の国には国境があるはずだ。それを無視し不正入国してまで試運転に来ているなんて。
「じゃあここにいたら、引かれかねないんで私は失礼しますね」
残った荷物を持ち先に進もうとすると、「ちょっと待て」と止めてきた。
「この先の山をヒメルちゃん一人越える気かの? メシを馳走になった礼じゃ! どれ、ちょっと待て。今この船を直すから山を越えたところまで送ってやろう」
「いえ、結構です」
間髪入れずにお断りした。
彼の発明は色々あるがどれもこれもどこかに欠陥がある。
ゲーム中に出てきたものでは、全自動掃除機(ただしゴミを溜め込みすぎて爆発する)。料理温めなおし箱(調整が難しく10回に1回は消し炭)。全自動洗濯機(調整が難しく5回に1回は細切れ)etc……。
この水陸船なんて危ない予感しかしない。
だったら、自分の足で歩いた方がマシだッ!
しかし、ランショウは微妙な面持ちで腕を組んだ。
「じゃがの、この先に山賊が出るんじゃが。ヒメルちゃん一人で大丈夫かの?」
「今……なんと?」
山賊、そんな言葉が聞こえた気がするが何かの間違いだ。間違えであって欲しいと聞き直すも帰ってきた言葉は
「山賊じゃよ。この先の山に出るんじゃ、現に儂も昨日あったしの」
ケロッとした顔で答えられて思わず頭を抱えしゃがみこむ。
アルカナがいないこの状況では、私にできることなんてただ殴ったり、蹴ったりくらいだ。
それくらいで倒せる相手ならいいが、勝てないと考えた方がいいだろう。
チラリ、と横目でランショウを見た。
ランショウ……好き、じゃ、ないけど、ここで時間をかけてはいられない!
ゲームの開始までに村に、隊長たちに追い付かなくてはいけない。
「で、どうするかの? それでも一人で行くかの?」
「…………その船、すぐに直ります?」
連れって欲しい、というのは癪でそう聞くとランショウはニコニコと笑いながら答える。
「何、任せておけ! 儂は作るのも壊すのも得意じゃが直すのも得意じゃからの!!」
不安。
その一言に尽きる言葉が返ってきた。しかし、ランショウは逆さになった船を近くにあった太めの木の枝と石を使い起こすと、なれた手つきで直していった。一時間とかからない間に直してしまった。船は小型の手漕ぎボートに馬車の車輪がついたようなものだ。よく見ればマストの部分に魔法陣が描かれており、その中央には風の精霊石が埋め込まれていていた。どうやら、これで風を起こすようだ。
「これ……本当に走るんですか」
このシンプルな構造を見るとやっぱり不安だ。
「大丈夫じゃ! ヒメルちゃんじゃって走ってるところ見てたじゃろ? 大丈夫大丈夫」
走っている所は確かに見た。ただし、そのまま木に激突していったが。
しかし迷ってはいられない。渋々船に乗った。
「よし! じゃあ出発じゃー」
ランショウが風の精霊石に触れるとマストから風が吹き出した。それに押されるように船が少しずつ前へと進み出した。




