62話:姫琉、置いてきぼり
オパールの言った通り、日がしっかりと沈んだ頃に船は土の国に付いた。
太陽の代わりに、大きな満月が霧の間から大地を照らす。てっきりヨーデルカリブ港に向かっているのかと思いきや、それよりも南下した低い崖に船を着岸させた。
崖の先には暗い森が広がっている。
これから向かう土の大精霊が眠る地下洞窟は、土の国のほぼ中央にある為、時間短縮も兼ねてこの場所らしい。それにあんな事になってしまったが、ヨーデルカリブ港にはまだ海賊の残党がいる恐れもあるからとの事だ。
──それ以外にも、幽霊船が人目に付かないようにこんな森のある崖を選んだんだろうな。
行きよりも距離が延びたのに、行きより一週間も早く着くなんてすごくない?
生贄になった甲斐があったというものだ。
「隊長〜! 一週間も早く着いたんですよ! 借金からしっかり小銀貨四十九枚分。引いといてくださいよね!!」
「わかったわかった、わかったからどっか行ってろ。邪魔だ」
まるで猫でも追い払うかのように端に退かされ、陸には先に馬が二頭、隊長に連れられて降りていく。馬にはいつも着いている馬車の部分が着いておらず、代わりに馬の背に荷物が括り付けられていた。
「馬車の部分は下ろさなくて良いんですか?」
急ぐあまり忘れているのではないかと声をかけると「急ぐから必要ない」とぶっきらぼうな返事が返ってくる。
急ぐ気持ちもわかるが、ここ数日隊長はずっと不機嫌だ。最初はまた、船酔いで参っているのかなと思ったが違った。常にイライラしてるし、眉間にはいつも以上に皺が寄っているし、近づくなと言わんばかりのオーラを出してるし、食事だってほとんど取ってないし、あまり寝てもいないようだ。
焦る気持ちもわかるけど、こんなんじゃ戦う前から参っちゃうよ?
土の大精霊のところに出てくる敵が村を襲うなら、相手はジャイアントロックタートルだ。
名前の通り、でっかい岩の亀だ。
コイツの厄介な所は、その異様なまでの防御力の高さ。
土属性で風が弱点なのに、通常状態ではあんまりダメージが通らない。
物理攻撃を連続でし続けると、ひっくり返るのでその隙に大技を決める。それをひたすらに繰り返すしかない。……って攻略本には載ってた。つまりはどう考えても持久戦なのだ。
だから、今の様な体力を無駄に浪費するような状態は良くない!
……と言っても私がどうこう言っても怒られるだけなので静かに見守る。
念の為、オパールに頼みポーションキャンディーとエーテルキャンディーを用意してもらい鞄には詰め込んでいる。何があっても大丈夫な様に準備はバッチリだ。
服装も動きやすいハーフパンツにTシャツ。それに例のギン兄の黒歴史コートを羽織ってる。
あとこのコート、洋服好きのオパールに見せたらとても良いものだと説明された。
なんでもクラウドスパイダーの糸で織った布で作られてるらしく、とても軽いのに鉄並みの強度があるそうだ。ついでに、オシャレで入れられていると思っていた刺繍も魔法陣じゃないか、との事だったがこっちは詳しくはわからないそうだ。
──今度ウッドマンさんに会ったら聞こう。
これだけ準備は済ませた。隊長が戦線離脱という最悪の場合、私とアルカナで頑張るしかない! と意気込んでアルカナを肩に乗せ一緒に船を降りると同時に、隊長が馬に飛び乗りこちらを冷たく見下ろす。
「お前はここで留守番だ」
「…………はい?」
何を言ってるか理解できずに見下ろしてくる隊長を呆然と見つめた。
「お前、馬に乗れないだろ? 時間がねぇ……オレ一人で飛ばして行けば十日もあれば村に着く」
「いやいやいや!! 着いても、隊長一人でどうやって魔物と戦うんですか!? もし、村を襲うのがジャイアントロックタートルだったら、風の精霊術も風属性の武器もない隊長じゃ勝てっこないですよ!!」
「……だったら、アルカナだけ連れていく……お前は、邪魔だ」
ピシャリと言い捨てた隊長は、満月を背にして表情はよく見えなかったけど、満月と同じく光る瞳は氷の様に冷たかった。思わずびくりと体が震える。
「なんで、ヒメルは一緒に行かないの……?」
不安げな声でアルカナが言った。
「そんな事ない!」そう言うより先に隊長がアルカナに子供を諭すように話す。
「お前だって、コイツが傷つくところは見たくないだろ? だったら、コイツにはここで待っててもらうのが一番安心だろ、なぁ?」
その言葉にアルカナは唸りながら考えている。
「大丈夫だよ。アルカナが一緒に戦ってくれたら、私……」
「うん! わかった! あたし、ヒメルの分も一生懸命戦うよ! だからヒメルは船で待っててね♪」
アルカナが私の肩から隊長の肩へぴょんと移動した。
「……なんで……」
力なくそんな言葉が口からこぼれた。
「いくらこれから起こる事がわかっても、コイツがいなければお前にできる事なんて何もないだろ……だから、お前は置いていく」
何か言い返してやりたい。「魔物の倒し方も知らないくせに!!」とか「自分だって戦えるハズだって」……でも、言い返せなかった。
言葉が出ない代わりに、悔しくて悔しくて涙がボロボロと零れていった。
「……お前が前にあの精霊の神子様を助けたいって、話をした時に、『もし精霊の神子を助けたら世界が滅ぶんじゃないか』って話したの、覚えてるか?」
涙で声が出ない代わりに、こくりと頷いた。
覚えてる。隊長たちに全部をバラした出会った日の事だ。
「お前、あの時、それでもかまわないような事言ってただろ……」
確かに言った。
あの時、セレナイト様が幸せになる為なら主人公を倒すか、人間を皆殺しにするしかないかな位考えていた。
「別にそれを今更どうこう言うつもりはねぇーよ。ただ、俺にもお前と同じように何を犠牲にしても守りたいものがある。それには……お前は邪魔だ」
それだけ言い捨てると、隊長はランプを片手に馬を夜の森へと走らせた。
私を……置いてきぼりにして。
24.5.2修正




