61話:姫琉と着せ替え
あれから二週間がたった。
幽霊船ルナ・マリア号は、船長のオパールの頑張りのおかげで順調に航海を進めていた。
この船は、オパールの魔力を原動力で動いている。風も関係ないが、波もお構いなしに進んでいくのだ。壊れても魔力で直るし、日の光を浴びれない、という欠点を除けば最高の船だ。
──そろそろお日様が恋しいけど……。
そして、ここはオパールの部屋こと船長室。
「次はこれを着てくださいな♪」
オパールは満面の笑みで、淡い水色のレースをふんだんに使ったドレスを手に持ち広げて見せた。
「まだ着るの!?」
その言葉とヒラヒラしたドレスを見て顔をしかめた。思わず顔に出てしまったがしかたない。既に私の横のベットには、これまで着させられた服の山が出来ていたのだ。確実に部屋にあるクローゼットの体積よりも多い服が積まれている。たぶん、あのクローゼットは四次元か何かに繋がっているに違いない。そう思い始めている。
何故こんな事をしているかって? それは遡ること二週間前。
セレナイト様たちと別れた後のことだった……。
◆◇◆◇◆◇
「幽霊の嬢ちゃん、無理な頼みだとはわかってる。でも、一刻も早く土の国に着きてぇんだ」
隊長は、オパールに深く頭を下げてそう頼んだ。
確かに時間はあまりない。
ウッドマンさんに鎮守祭が二ヶ月後と言われたのが三週間ほど前。
って事は正確な日付はわからないが、ゲームのスタートである精霊暴走まで大体一ヶ月とちょっとしかない。エルフの国に来るまで順調に航海して三週間かかった。帰りも同じだけかかったとして、土の大精霊が眠る洞窟は、土の国の比較的中央にある。
詳しくはわからないけど、馬車で移動したとしても一週間以上は軽くかかるのではないだろうか。
だからこそ、隊長は『一刻も早く』なんて口にしたのだろう。
隊長の言葉にオパールは少し眉尻を下げ困った様子だ。
隊長には、セレナイト様との交渉で助けてもらった借りもある。なるべく船が早く着くように私もなるべくできる事は手伝おう。そう思い、あんな事を口にしてしまったのだ。
「オパール、私も船がなるべく早く着くように“なんでも”手伝うから! なんでも言って!」
もちろんこの“なんでも”は船を早く進めるために『私にできる雑用はなんでも言って!』位のニュアンスだったんだが、どうやらオパールはそうは受け取らなかったようで……。
「なんでも……ですの?」
「うん! 舵取り、甲板掃除、見張りなんでもやるよ!」
「では! 私の部屋で着せ替えをしましょう!!」
「はっ、はいいいいッ!!!?」
想定外の頼み事に思わず目を見開いて驚いた。
船を早く進めるようにと頼んだのに、何故にそのような事を頼むの!?
「いや、オパール? それは今度別の機会にしようよ。今は、船を早く進めるようにできる事を手伝うよって事で……」
「そうですわ。船を早く進める為にも必要なんですわ!!」
そのままオパールは私の手を強く握り、真剣な眼差しで私を見つめた。
「え〜……どう言うこと〜?」
その疑問にオパールは説明を始めた。
「この船は、わたくしの魔力で動いていますわ。だから、風に左右されずに進むことができるんですの」
「な、なるほど?」
「ですが、たとえ死んだこの身でも、魔力を使い続けるのはなかなか精神力を使いますの」
「なるほど……」
「ですから、ヒメルにあんな服やこんな服を着ていただいて、精神力の回復をしたいですわ」と頬を赤らめながら答えた。
「それで、船は早く進むんだな」
そう答えたのは、私ではなく隊長だった。
嫌な予感がする。
「だったら、このちんちくりんを好きにしていいから船を最高速度で土の国に進めてくれ!」
「言うと思ったよッ!!」
案の定、裏切られた! あっさり人のことを生贄のように差し出しましたよコイツ!!!!
「まあ! 好きにしていいだなんて」
喜びの声をあげるオパールには聞こえないように、隊長に詰め寄った。
「酷いじゃないですか! 人のことを生贄にして!!」
「お前が自分でなんでもするって、言ったんじゃねぇか」
「言いましたけど! こんな事言われるなんて思わないじゃないですかッ!!」
「あーあーうっせぇな。船が早く着くためだ、それくらいやってやればいいだろ?」
「自分はやらないからそんな事言えるんだ! 隊長だって、一緒に着せ替えられればそんな事言えない位大変なんだからっ!」
「なんで俺がそんな事…………わかった」
眉間にいつものように深い皺を寄せてながら隊長が返事をする。
その返事に自分で言っときながら「え、本当にドレス着るんですか!?」なんて答えると、隊長は呆れたように溜息をついた。
「一日辺り小銀貨五枚……」
「えっなにが」
突然提示された金額がなんの事を言っているかわからず、首を傾げた。
「この船が行きにかかった日数より早くついた日数分、一日に付き小銀貨五枚、お前の借金から引いてやる」
「なッ!!」
その言葉に雷で撃たれたかのような衝撃を受けた!
あのぼったくりキャラのスモモちゃんこと、カルサイトがお金を払うだって!
小銀貨五枚って事は………………1,000テル……かな?
以外に安かった。
いや、金額はともあれ、あの隊長がそこまでして早く着きたいって事だよね。
よっぽど、村のことが心配なんだね……。
「じゃあ大銀貨一枚で!」
「オイコラ、調子に乗るなよ」
ガシッっと一瞬にして、いつも通り顔面を鷲掴みにされたのは言うまでもない。
借金……踏み倒すき満々だけど、出来たら返したいとは思っている。ここで多少でも稼げたらと考えたが、そう簡単にはいかないな。
無駄な抵抗はせずに、大人しく顔面クローを喰らっていると意外にも早く拘束が解かれた。
「一日で小銀貨七枚。それ以上は出さないからな」
「キリが悪いからもう一声!」
その言葉に隊長が無表情で、効き手である右手の指に力を入れバキバキと嫌な音をたてた。
「なんでもないですッ! 小銀貨七枚嬉しいな!」
ピシャリと背筋を正して態度を改めた。これ以上やられたら顔面が変形しかねない。
「じゃあ、一日でも早く船が着くように着せ替えでもなんでもやってやれよ」
そう言い残すと隊長は下へと降りていった。
私は覚悟を決めてオパールの方に向き直り「お手柔らかに……お願いします」と一言。
◇◆◇◆◇◆
そして、今に至る。
流石に、二週間ズーーーーーッっと着せ替え人形になっていた! ……訳では流石にないけど、ドレスからメイド服、甲冑なんてのも着させられた。さらに、今日はドレスを綺麗に着る為だと言ってつけられたコルセットがとにかく苦しい! 昔の映画か何かで見たことあったけど、コレ、マジ、拷問!! 肋をこれでもかっ! って位締め付けているので正直、息がしづらい。息苦しい。
「ヒメルが作ってくれたこのお洋服とってもかわいいよ♪」
アルカナは、いつもの妖精の様な服ではなく、不思議の国のアリスが着ている様なエプロンスカートを身に纏っていた。これは、この着せ替え地獄にアルカナが『あたしもかわいいお洋服着てみたいな〜』の一言から、着せ替え地獄を抜け出る口実として私が仕立てたものだ。アルカナの淡いピンクの髪が映える様に、薄い緑で作ってみた。
──作ってる間が一番平和だったな……。
「アルカナさん、とっても似合ってますわ。ヒメルはとても器用ですわね」
「前に似た様なのを作ったことがあったから」
一時、オタク界隈で小さなクマのぬいぐるみにキャラクターの衣装を着せるグッズが流行ったのだ。
その時、エレメンタルオブシリーズの作品もいくつかは出たのだが、流石に全部は出ず。仕方がないから出なかったキャラは自作したことがあった。
「今度はわたくしの服を作って頂きたいですわ」
「人間サイズは、作れるか……な?」
生憎、コスプレには手を出さなかったので大きなサイズが作れるかわからないから曖昧に答えた。
「そういえば、この船。あとどれくらいで土の国に着きそう?」
するとオパールは顔を僅かに曇らせた。
「その事なんですが、実に残念なことに……」
「え、もしかして……」
その深刻な面持ちに息を飲む。
もしかして、何か船に問題があったとか……?
それとも海の方に問題でも……。
不安な表情でオパールを見つめた。
「本当に残念なことに、このままでは今夜には目的地についてしまいますわ」
「へ……」思わず間の抜けた声が出てしまう。
「ヒメルがいてくださると調子がいいみたいで、予想よりも早くついてしまいましたわ」
目を少し細めて悪戯っぽい笑顔を向けた。
「本当に……? 一週間も早く着くなんて! ありがとう、ありがとうオパール!!」
嬉しさに思わずオパールに抱きついた。
七日早く着いたって事は小銀貨七枚×七日=四十九枚、9,800テルの減額だ!!
って事は残りは…………残額については考えないことにしよう、悲しくなる。
「ではヒメル。土の国に着くまでわたくしをたっぷり楽しませてくださいね、じゃないと……」
「じゃ、じゃないと……?」
「ここで、船が止まってしまうかもしれませんから」
笑顔の彼女は、手にいっぱいの服を持っていた。
1週間以上空いてしまいましたが今日からまた再開します。
いつも読んでくださる皆様本当にありがとうございます。
修正作業、まだ終わってないのでそちらは追々やりたいと思います。
24.5.1修正




