53話:姫琉とセレナイト
冷たい空気がピンと張り詰めているのは、水の冷たさのせいだけではないだろう。彼女からヒシヒシと感じる殺気が、その場の冷気を更に強調させていた。
『何をしに来た』なんて問いを投げかけるも、この場に張り詰める空気が、答える事を良しとしていなかった。
全員が声を出すのを躊躇ってしまう。ただ黙って目の前にいる少女を見つめた。
細く絹のような水色の長い髪が、青白い光に透かされて幻想的に輝いている。長い髪の隙間からはエルフ独特の長い耳が少しだけ出て見えていた。神子の為の衣装は、長めのマーメイドドレスに袖だけが着物の様な形をした真っ白の衣装だ。
──ゲームで観たまんまだ!
私の視線に気づいたのか、月を思わせる淡い黄色の瞳と目があった。
その瞳に光はなく、醜いものでも見たかのような蔑む目……。体がゾクッと身震いした。
──…………いい。めっっっっちゃイイ!! もっと! もっと蔑むような瞳で見られたいっ!
自分の中で、新しい感覚の扉が開いた気がした。
言葉にできない感情に、絶叫したい気持ちをこらえて床に悶え転がる。
「ヒメル!? どうしたの! 苦しいの!?」
この張り詰めた緊張感の中で、そんな奇怪な動きをし始めたアルカナが心配の声をあげた。
ちょっと自分の中の何かが落ち着かず返事をできないでいたら、アルカナの声が聖域に響いた。
「ひどい、ひどいよ!! ヒメルはアナタを助けたいってここまで来たのに……」
涙声のアルカナの声が聞こえて、悶えた体をガバッと起こす。視界の先には、小さな手でセレナイト様の頭をポカポカと叩いている。
そんなアルカナに対して、セレナイト様が少し眉を下げて困った様子だ。
「なんだ、この生き物は……」
セレナイト様が、自分の頭上で飛んでいるアルカナを手で払おうとしている。
「ア、アアルカナァアアアアアア!!?」
ありえないくらいのスピードで通路を駆け抜け、その先にある中央の島にたどり着く。セレナイト様をポカポカと叩くアルカナを一瞬で両手で掴むような形で捕まえた。
思わす胸の所に抱き寄せる。
「ゼェ、ゼェ……アルカナ、よかったァ」
一気に走った疲れと、安堵のため息を大きく吐き出した。
「ヒメル! よかった元気だった!!」
無邪気な笑顔を向けられる。
──いやいやいやいや、アルカナさん!? 今ポカポカ叩いてた人? この世界のラスボスですからねっ!? 何恐い事してるの!!
セレナイト様は、精霊の神子なのでアルカナに危害を加えるような事はしないって信じてる。
けど、アルカナは造られた精霊。
万が一……いいや、億が一にも精霊認定されなかったらどうなっちゃうか。
──セレナイト様ガチで強いから。
ゲームでの彼女は全ての精霊術を使うことができた。それに、上級の術も融合精霊術もほぼノーモーションで仕掛けることができる。HPもMPもラスボスに相応しいくらい持っている。
それに、彼女の最大の特徴が精霊術のキャンセルスキル“神子権限”と言う能力で一定確率で精霊術を無効化できる。
──闘うつもりは毛頭ないが、セレナイト様との戦闘が始まったとしたら、つまり精霊術はあまり効果がない訳だ。
「──おい、人間」
その声に振り向くと、手が届きそうな位置にセレナイト様がいた。冷たい言葉にさえ、顔が熱くなり、心臓は今にも破裂するんじゃないかと思うくらいバクバクと音を立てる。
だって、モニター越しでしか存在しなかった“推し”がすぐそこにいるのだから。
しかし、彼女の視線は私ではなく、私の手の中にいるアルカナに向けられていた。
「その生き物は精霊なのか、なぜ見ることができる。知っている事を包み隠さず全て答えよ」
淡々と投げかけられる質問。
アルカナの事をどう答えるべきか、なんてことよりも今私が思うのは──。
──新規ボイス戴きました!セレナイト様が私に向かってしゃべる度、新規ボイスが無限に増えていくとかとんでもないご褒美なんですが。
今、口を開いたら奇声しか出ない自信がある。
奇声だけならまだいいかもしれない。とんでもないことを口走る自信があった。にやけてる口元を抑えるため、下唇を血が出るほど強く噛んだ。
その表情が、疚しい事を黙っているかのように彼女には映ったらしい。
「そうか……答えない気か。なら、貴様がこの精霊を造った張本人と言う事だな!」
今まで経験したことのないような寒気が全身をかけた。
大きな瞳を見開いた彼女が手を振るうと、湧き出していた水が次々と槍のように姿を変えた。
一瞬にして、頭上に水の槍が複数向けられた。
「ヒメル、逃げるっすねッ!!」
「“アクアランス”」
彼女が呪文を唱えると水の槍が一気に降り注いだ。
21.7.24 加筆修正
24.4.29加筆修正




