51話:姫琉とエルフの国
日が傾き始めて、世界が赤と黒に染る黄昏時。
僅かに残った日の光を深い霧が飲み込んでいく。
霧の隙間から船首に両腕のない骸骨を掲げた幽霊船が姿を表した。
甲板には多くの骸骨達がカタカタと骨を鳴らしながら笑っている。
エルフの国の東にある小さな港街ムンド。
その船を見た灯台のエルフ達が慌てて警鐘をガンガン打ち鳴らす。
灯台に灯されていたばかりの火は消され、街に見えていた人々も次々に家の中に消えていく。
「オパールが言った通りだね」
甲板の上からその街の様子を伺っていた私は、隣にいるオパールに目を向ける。
オパールは頬をぷくっと膨らませてご立腹だ。
「エルフの方々は本当に酷いですわ。そんなに慌てて逃げなくても何もしませんのに」
──目の前に突然幽霊船が現れたら何をされた訳じゃなくても逃げ出すと思うよ?
そうは思っても流石に口には出せないので、あははっと笑って誤魔化した。これ以上この話をするとうっかり余計なことを言いそうなので話しを変える。
「えっと、どこから上陸するんだっけ?」
さっきまでの怒った表情から一変、ニッコリと笑い港の左側に手を向ける。
「この先に小さな入り江がありますの。小さなボートを下ろしますので、そこから上陸する予定ですわ」
エルフの国は東西に延びた小さな大陸と、大陸の北西に小さな島が二つ、南東にこの島より少しだけ大きな島で出来ている。
北西の島は、一つは今は無人島だが、もう一つはエルフの罪人を捉える監獄島。そして、南東の島は他国との交易で使う、日本で言えば種子島みたいなところだ。
今回私たちが乗り込むのは大陸の方だ。
ここの港から少し西に行くとエルフが住む首都ウットガルズある。そのさらに西、大陸のほぼ中央に精霊のための領域。
ゲームの最終決戦が行われた、ウルズと呼ばれる泉がある。
──そこにセレナイト様はいるはずだ!
「本当は、わたくしもご一緒したいのですが……流石に陸に上がることはできないので……」
下を向いて申し訳なさそうな顔をした。
幽霊船の船員は、オパールも含めて海から出れないらしい。なので、オパールはここで待っててもらう事にした。船の操縦もとかあるし。
ついでだが、オパールが上陸しないので当然タンビュラも居残り組だ。こっちも海賊船の操縦もあるしね。
そんな訳で上陸するのは私、アルカナ、そして精霊に詳しいウッドマンさん……───を連れていく予定。
──ウッドマンさんにまだ会えてないから本人にまだ言ってないんだけどね。
「嫌であるー! 吾輩は絶対に行かないである!!」
カタカタと笑う骸骨達の笑い声に紛れて、ウッドマンさんの悲痛な叫びが聞こえてきた。
声がした方を振り返ると、下からキン兄とギン兄が上ってきた。
二人の間には、右腕をキン兄に……左腕をギン兄にがっしり掴まれて、ウッドマンさんが引きずられている。ウッドマンさんは顔を真っ青にしてブンブンと首を横に振っている。
双子はまるで気にせず、ウッドマンさんを挟んでたわいのない会話をしていた。
「エルフの国って何があるのか楽しみっすね! 水まんじゅうの仲間もいるっすかね?」
「そりゃ、ここは精霊達が生まれるって言われてる場所ですぜ? 水の精霊どころか全属性の精霊がいるに決まってますぜ?」
「だったら精霊石も全種類手に入るかもしれないっすね!?」
そんな彼らの様子を見て確信した。
「ギン兄はついてくるような事言ってたけど、キン兄も一緒に来る気だ……」
キン兄は強いらしいのでいれば心強いし、何より──。
「これで、ウッドマンさんは確実に上陸するし。まあいいか!!」
ウッドマンさんは完全にキン兄の玩具なのは、私どころか幽霊船の骸骨まで知っている。
どんなに嫌がってもウッドマンさんに拒否権はなかった。
──ホントにウッドマンさん、ご愁傷様です。
こちらに気づいたギン兄が、ウッドマンさんを捕まえていない左手をブンブンと振ってきた。
「ヒメルー、もし精霊石を見つけたら拾っとくっすよ? 多分隊長が買取ってくれるっすからね?」
私の借金を心配してくれているギン兄がアドバイスを大声でくれるが、もう少し静かにして欲しい。
「せっかく、幽霊船の不気味さを演出するために骸骨達にこうして甲板に出てもらっているのに」
思わず先ほどのオパールと同じように頬をぷくっと膨らませてしまう。
「日も沈みましたし、そろそろ移動しますわ」
オパールがそう言うと、幽霊船はゆっくりと入り江を目指して港街を横目に進んでいく。
それに合わせて、海賊船も陸から見えないよう動き出す。
最悪、海賊船が見えても骸骨たちが船を動かしているのでパッと見は幽霊船だ。
タンビュラ曰く「お前らよりよっぽど使える」とのことだ。
◆◇◆◇◆◇
入り江に着くと月明かりすら全くないので、私の目には黒い島影しか見えなかった。
既に上陸用のボートに乗り込んで、あとは海に下ろすのを待つばかりだが不安になる。
「ほ、本当にここに入り江があるの?」
オパールを疑うわけではないが、確認せずにはいられなかった。肉眼では、浜辺の様なものは見えない。
「ここで間違いありませんわ! わたくし達生きた人間より夜目が効きますのよ?」
自信満々に答えられてしまうとそれ以上何も言うことはできなかった。
とりあえず、「そう……」とだけ答えた。
「大丈夫、大丈夫! もし入り江がなくてもあたしがヒメルを必ず届けるよ♪」
暗闇の中で淡く光るアルカナが任せて! と小さな手で親指を立てていいね!のポーズをとる。
「そうっすね! それにオレ達もいるっすから何があっても守るっすね!」
「そうですぜ? 行き着いた先が仮に崖だったとしてもどうにでもなりますぜ」
「吾輩はどうにもならないので、いきたく」
ウッドマンさんが言いかけたところで隣に座っていたキン兄が口をキュッと塞ぐ。
結局上陸するのは私、アルカナ、キン兄、ギン兄、そしてウッドマンさんだ。
ついでに先導役として下っ端骸骨がひとり、入り江の近くまで船を漕いでくれる。
「それでは、ボートを降ろさせますわね」
オパールが甲板にいる骸骨達に指示を出そうとした時だった。
「待て、俺も行く」
仏頂面を浮かべた隊長が立っていた。
「え、あれだけ嫌がっていたのに隊長も行くんですか?」
隊長は眉間にいつもよりいっそう深い皺を寄せながら心底嫌そうな表情を浮かべた。
「お前らだけで行かせたら、何をしでかすかわからないからな……」
怒りに震えた声で答えるとボートの空いていた隣に無理矢理座った。
その手はがっしりとボートのヘリを掴んで、あまりに力を入れすぎて血が止まり白くなっている。
「それでは皆様行ってらっしゃいませ。お早いおかえりをお待ちしておりますわ」
ドレスの裾を持ち、オパールがちょこんとお辞儀をするとゆっくりとボートが下された。
“ギィ……スゥー……、ギィ……スゥー……”
骸骨が手際良くオールを漕いでいき、あっと言う間に入り江に着いた。
骸骨は陸には上がれないので、ここで待っててもらう事に。
水で靴が濡れないように裸足になり、浜辺に足を踏み入れた。
上陸した入り江には、小さな砂浜とその向かいは、登るには少し険しそうな崖になっている。
その崖を見上げると木の枝のような影が見えた。
浜辺には大きなゴツゴツとした岩があり、浜辺を半分ほど隠している。
「こっちに獣道がありますぜ? ここから入れるみたいですぜ」
崖の隙間にキン兄が道を見つけたらしく、他に道らしいものも見つからずその道を通っていく。先頭にはアルカナとキン兄。続いて、ウッドマンさん、ギン兄、私、隊長の順だ。
「大丈夫っすか? 木で怪我とかしないように気をつけるんすよ」
後ろを振り向き、小声で話しかけてくる。
「私は体がみんなより大きくないから大丈夫だけど……」
ギン兄の手に握られたナイフに気づいた。おそらく、邪魔な木の枝を払うのに使っているのだろうが私はそれを制止する。
「このあたりの植物は精霊が宿ってたりするから、あまりナイフで傷つけない方がいいよ」
精霊の異変はすぐにエルフに気づかれる恐れがあることを説明すると、ナイフを納めてくれた。
少し歩くと海の磯臭さは感じなくなり、代わりに生い茂る木々と草花の濃い緑の香りがしてくる。
エルフは自然と精霊と共に生きる種族なので、ここにある自然も人の手が入ってないものだ。
生えている木々は大樹のように大きなものばかりで生い茂る葉が重なりあって空を隠す。
ゲームでも見た景色だが、実際に見るとそれが暗闇ばかりの夜でも圧巻である。
目的地のウルズの泉に向かってさらに、歩みを進める。
どれくらい歩いたかわからない。
ウッドマンさんがバテかけた頃、森の奥が僅かに青く光っているように見えた。
それは精霊の聖域と呼ばれる聖域の明かりに違いない。そう確信した私の体が歓喜のあまり僅かに震える。
「もうすぐ……もうすぐ、会えるんだ」
その神秘的な光を求めるかのように、私たちは進んだ。
ついにエルフの国に上陸しました!
ここまで書けたのも読んでくださる皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。
24.4.28修正




