48話:姫琉とドレスと猛獣
着せ替え人形の様にされ、フリッフリの薄い黄色いドレスに着替えさせられた。髪までアレンジされて赤くキラキラとした髪飾りをつけられた。
鏡に映った私の顔色は疲れと空腹で真っ青だ。
「ご飯食べるだけで、こんなに着飾らなくてもよくない?」
「そんなことありませんわっ! どんな時でも美しくしておかないと、運命の王子様はいつ現れるかわかりませんわ!」
私を見るオパールの目がキラキラと輝いていて、その言葉が冗談なんかじゃないと物語っている。
ゲーム世界に転生してひゃっほーい! となってた私が言えた義理ではないが、あいにくと王子様が白馬に乗ってくるとか、メルヘンな事を夢見たことは一切ない。
万が一、そんな奴が来たら普通に不審者として警察に突き出すだろう。
「まぁ……いいか」
今は王子様よりご飯の方が大事だ。
この船に来た時、たらふく食べた魚料理は既に消化されて胃は空っぽだった。それを主張するかのように、またお腹が悲鳴をあげた。
一度行ったので食堂の場所は案内されなくてもわかる。自分でドアを開けて通路へと出た。
「ヒメルッ! 大丈夫だったんすね!」
私が出てくるまで通路で待っていたギン兄が部屋から出てくるなり、思いっきり抱きしめてきた。
「ちょっ、ちょっとギン兄」
ちょうど自分の顔がギン兄の固い胸板に押し付けられる。トクン、トクン……と心臓の鼓動が聴こえてくる。
…………流石に男の人にそんな風にされると恥ずかしくって。
“ドフッ”
鈍い音を立ててボディブローを決めてしまった。まぁ、つまりは腹パンである。
「ぐはッ、お、思ったより元気そうで……よかった、すね」
お腹を押さえながら、痛みに耐えつつ笑顔を向ける。
「ご、ごめん。思ったより綺麗にきまっちゃった……」
「これくらい大丈夫っすね! こう見えてちゃんと鍛えてるんっすからね! それより、ヒメルのその格好……」
ドレス姿に気づいたギン兄がまじまじと見てきた。
「え、あっ、いやこれは!! オパールにっ」
そういえばギン兄は洋服が好きみたいだったから、妙に細やかなデザインのこのドレスに興味があるんだろう。
似合ってない……なんて自分が一番わかっていた。でも、それをあえて他の人から言われたら、また私の右手が唸るかもしれない……ってかこの世界に来てから、私ちょっと暴力的では?
ドレスをじっくりと見たギン兄は、はにかむ様な笑顔を向けた。
「うん、ヒメルにスッゲー似合ってるっすね! かわいいっす!!」
「うぇ!?」
“ポンッ”っと音を立てて頭から湯気が出るかと思うくらい、顔が熱くなる。
「な、なななな……!!」
恥ずかしさが限界を超えて言葉にならない。
何が問題かって、キン兄はとにかく顔がいいイケメンだ。イケメンのはにかむ笑顔なんて年頃の女子にはもはや兵器だ! それにかわいい……なんてそんなこと今まで言われたことがなかったから尚更だ。
ド、ドレスが可愛いって事だよねっ!? いや、でも、似合ってるって……、あぁあぁあああ! そんな事産まれてから一度も言われたことないからどう返していいかわかんないッ!!
その言葉に反応したのは、私だけではなくオパールも目を輝かせて
「さすが、ヒメルのお兄様! わかっていらっしゃる! ヒメルは可愛いんです!! なのにオシャレにイマイチ興味がないみたいで、お兄様からも言ってあげてくださいな」
「そうっすよ、もっと色々オシャレしてみたらいいっすね! ヒメルならなんでも似合うっすよ!」
「あぁああああ!!! やめやめやめやめてぇえっ!!!!」
これ以上、これ以上自分を良く言われたら恥ずかしくて恥ずかし死ぬ!!
「そんなことより、お腹減ったから! ご飯にしよっ! ご飯!!」
二人の会話を無理矢理止め、ギン兄の背を押して無理矢理食堂に連れて行った。
◇◆◇◆◇◆
「うはぁー、こんなにうまい魚料理は初めて食ったっすね」
「本当に美味しいよねぇ」
「喜んでもらえたようでよかったですわ」
食堂にはたくさんの料理が骸骨たちによって準備されていた。気がつけばその料理の数々を二人でペロリと平らげていた。
──ちょっと、昨日の今日で食べすぎたかも。
満腹のお腹をさすりながら、今度の運動計画を頭で計画する。
このまま、順当にいけばエルフの国でセレナイト様にお会いできる訳で。その時にまでに体重が増えてしまうのはちょっと……いやだ。
「おいおい、自分等だけで先に飯にありついてるとはヒデェなぁ」
しゃがれた声の憎まれ口が聞こえ、食堂の扉に目を向けた。そこにはタンビュラのおっさんと隊長がいた。
「お兄ちゃ、ゴッホン……いえお兄様の分もすぐに用意させますわ」
手元にあったベルをチリンと一度鳴らすと、コック姿の骸骨が親指を立てて部屋を出て行った。
ああいう事をされると、少しだけ骸骨へのトラウマ心が和らぐ。……まだちょっと怖いけど。
「オパール……」
タンビュラがそっと声をかけると、本当に触れているのかわからないくらいの優しい力でオパールの頭を撫でる仕草をした。
「すぐには難しいかもしんねぇが、昔みてぇに……兄ちゃんって呼んでくれ」
「…………うん」
オパールが撫でられた頭を少しだけ縦に振った。
この二人に過去どんなことがあったかわからない。けど、今オパールがとっても嬉しそうにしている姿を見ると本当に頑張ってよかったなと心から思う。
“ガタンッ!!”
この、どことなくいい感じの雰囲気を壊すかのようにギン兄が座っていた椅子から勢いよく立ち上がった。その表情はさっきまでとは一転して重く険しい顔をしていた。
「……ッた、隊長」
「…………なんだ」
腕を組み、扉に寄りかかるように立つ隊長は眉一つ動かさず素っ気なく返事を返す。
「オレッ……隊長の命令も聞かずに、おっさんの事、ぶん殴って……本当に申し訳なかったっす!!」
ギン兄は勢いよく頭を深く下げ、そのまま頭をあげなかった。
「おいおい、船を出したらいくらでも謝るって言っておいて、俺様じゃなく先にそっちに謝るのかよ」
「オレ、やっぱりおっさんを殴った事自体は悪かったなんて思ってないっすね。アンタだって、大事な妹が同じ目にあったら同じ事したと思うっすしね」
「そりゃ……あぁ、そうだな」
「でも、オレは隊長に従わなきゃいけないのに……それを無視して。それは本当に悪かったって思うから……謝っても許されないかもしれないけど、でも……」
これって、アレですよね! 私が幽霊船に捕まる前にギン兄が大暴走してタンビュラのおっさんをぶん殴って、隊長に止められたアレの件って事ですよね!?
──なんかもう、かなり前の事のような気がするけど、昨日の話なんだよね……。
もう、みんなで強敵と協力して戦ったんだから有耶無耶にしてしまえばいいのに、とか思ってしまう。でも、そこがギン兄のいいところなんだと思う。
この件は自分にも責任があると、いいだそうとしたら先に隊長の口が開く。
「統率の取れない組織は、簡単に壊れてしまう。だから、お前らにも命令には従うように言ってきた……」
隊長の鋭い視線が何故か私に向けられた。
「だが、今回の件は全部こいつが悪いと思ってる」
「は……はぁあああああ!? 確かに私がエルフの国に行きたいって言いましたよ! でも、掴みかかってきたのはタンビュラだし! それをギン兄に話したのはウッドマンさんじゃん!!」
自分が悪いとは思ったが、そんな風に全面的に悪いと言われると全力で抵抗したくなる。
「そもそもお前が、こんなルートで行くって言わなければ、海賊船を奪うために港を破壊することも、海賊と争うことも、幽霊船で幽霊と戦うこともなかったんだッ!」
「でもでもですよ!? おかげで港は壊れたけど海賊は散り散りにできたし、船は手に入ったし、オパールはお兄さんに会えたじゃんかっ!! なんでも悪く考えるなんて、年寄りくさい考え方!!」
そう言った途端、顔面を鷲掴みにされた。
「びょーりょふはんばい! (暴力反対!)」
ジタバタ抵抗するもちっとも手が取れない。
「だからギン、次から気をつければ今回は許してやるよ」
「隊長……」
ギンが下げていた頭を上げると隊長が真剣な眼差しを向けた。
「ただひとつ、お前に言っておくことがある」
その真剣さにギンは思わず息をのむ。
「お前はこのちんちくりんを止める立場だ! コレを守ってるなんて思うなよ? これはそんなか弱いものじゃねぇ!! こいつは、人の面を被った猛獣だっ!!」
「も、猛獣っすか……」
「そうだ、俺は今回の件でよくわかった。コイツは本能のままに行動して、後先考えねぇ! お前が兄貴分として、やらなきゃいけないのはコイツが暴れ出さないように、しっかりと手綱を握ることだ!」
「ひ、酷い言われようだ!」
言いたい放題言われて頭にきたので、鷲掴みにしていた腕を握り、バランスを取り隊長の脇腹に渾身の蹴りを入れ、さらに顔から離した手を猛獣らしく思いっきり噛んでやった。
悲鳴を上げた隊長を見て、ギン兄とタンビュラが大きな声で笑い出した。
「くっそ……いってぇなぁ! な、猛獣だろ?」
「ハハッ、隊長がそんなこと言うからっすね!」
「いやいや、確かに嬢ちゃんは本能赴くままに行動してるからなぁ」
幽霊船とは思えないほどの陽気で大きな笑い声が船に響き渡った。
「私は、猛獣じゃ、なぁ〜〜〜いっ!!」
私の悲痛な叫びは笑い声に書き消されていった。
本当は、ギンの方が本能のままに行動して問題起こします。でも、キンやカルサイトに手綱を取られてるので対した事にはなりません。
ヒメルは一応考えますが、自分に取って大事なモノの前では全てどうでも良くなります。
自分の中の正義の元に動いてるので質が悪いですww
いつも読んで頂いてありがとうございます。
幽霊船も終わって、ぐだくだ回も終わったので
いよいよ、エルフの国です!
セレナイト様を早く出したいです。
24.4.25加筆修正




