47話:姫琉とそれから
目を覚ますと、見覚えのあるテディベアが私の頭上からこちらを見下ろしていた。
ふかふかのお布団の上に寝かされていたようで、あまりに居心地が良くてもう一度眠ってしまいそうだったが体を起こす。
「良かった。……気がついたのね、ヒメル?」
ベットの傍に腰をかけていたのは、心配そうな顔をしたオパールだった。
その姿を見て、私はほっと胸を撫で下ろす。
「オパール、良かったぁ……。無事だったんだね」
「そッ、それはこっちのセリフですわっ! だいたい、ヒメルもお兄様もわたくしを置いて逃げれば、よかったのに……」
真っ白な肌を薄ら赤く染めてぷいっとそっぽを向いた。その可愛らしい仕草に思わず笑みが溢れる。
「友達だもん、見捨ててなんていけないよ」
「ヒメル……」
本当の事を言えば、引くに引けなくなってた感とダイアにムカっ腹を立て頭に血が上って暴走した感があったけど。それにアルカナが来てくれたから心強くなってやってしまったのだ。
「アルカナはっ!」
ダイアとの戦いで傷付いたアルカナの姿がどこにもなかった。それに、ギン兄や隊長はどうなったんだろう。
「あの精霊さんは、お兄様の船で休ませているそうよ。なんでも精霊の専門家さんが船にいるからって」
精霊の専門家って、ウッドマンさんの事だろうか。確かに、今いるメンバーで精霊に一番詳しいだろう。
──たぶん、たぶん任せて大丈夫だよ……ね?
ウッドマンさんの性格ならマッドサイエンティスト的な事はしないだろうと信じてはいるが。一抹の不安を残しつつも、アルカナは大丈夫と自分に言い聞かせた。
「三人も海賊船に戻ったの? アレ、リヴィヤタンはあのまま本当に帰ったの!? あっ、この船も消えかかってたけど、大丈夫だったの? そういえばリヴィヤタンがなんかワケわかんない事言ってたけど……あれって」
徐々に寝ぼけていた頭が回ってきたのか、次々に疑問が波の様に押し寄せてくる。押し寄せてきた疑問の波が渦を巻いて頭の中でぐるぐると回っていて、パニックになって頭を抱えている私を見てオパールがクスクスと笑った。
「フフ……ごめんなさい、あまりに表情がコロコロ変わるのが面白くってつい……」
「……そんなに顔に出てた…………?」
「ヒメルはきっと自分に正直なのね、思ってることが全部お顔に出ているわ」
隠し事が苦手な自覚はあるが、改めてそう言われるととても恥ずかしくて布団で顔を覆い隠した。
まぁ、今更手遅れではあるが。
「では、ヒメルが甲板で気を失った後から順を追って説明するわね」
そう言ってオパールは丁寧に説明をしてくれた。
まず、リヴィヤタンが海に戻ってから霧に包まれた船はそれ以上消える事なくオパールが魔力を流すと元の姿に戻ったらしい。私たちが盛大に壊したマストなんかも元通りになったそうだ。
──さすがは幽霊船! なんでもありだね!
レヴィヤタンのせいで流されてしまった、海賊船に合流をするとタンビュラ、隊長は一度海賊船に戻った。
「ヒメルのお兄様はヒメルの事が心配だって、こちらの船に残っているわ。多分、部屋の外の通路をうろうろしているんじゃないかしら?」
……しれっとオパールがものすごい勘違いをしている。
──私に! 兄は! いないッ!!
兄どころか、姉も弟も妹だっていない。
こっちとら自由気ままな一人っ子だっ!
兄って……十中八九ギン兄の事だと思う。
ギン兄にそろそろ文句を言ってもいいと思うんだよね。兄貴分と言っても、実際に兄妹になった訳じゃないし。なのに過保護すぎるし、たとえ実の兄だったとしても───正直うざいと思う。
心配してくれたり、親切にしてくれるのはありがたいんだけど、もう少しほっといてくれて大丈夫と考えてしまうのはいけない事だろうか。
とりあえず、誤解をしているオパールには軽く説明をして訂正をしておいたが。
「血のつながりなんて関係ないですわ。私とお兄様だって半分しか血は繋がってないですもの」とあっさり返されてしまった。
「そういえば、オパールの言ってた“お兄様”ってタンビュラ船長のことだったんだね」
「えぇ! まさか、ヒメルが乗っていた船にお兄様まで乗っていたなんてこれは運命ですわ!!」
テンション高く返事を返してきたオパールがベットを叩くとその部分がゆっくりを沈む。
「って事は、オパールはタンビュラの船って知らないで襲ってきたの!?」
「知りませんでしたわ? それに、お兄様があんなにお歳を召してたなんて想像もしてませんでしたから。仮にお兄様だとわかっていたらお兄様もお連れしましたわ」
ど正論! そりゃそうだ。ずっと待っていたお兄ちゃんを見つけてたなら、私になんて目もくれていなかっただろう。じゃあなんで私が狙われたのか、尋ねてみると。
「同胞の気配を感じたんですのよ?」
「同胞?」
「そうですわ。海で人が亡くなったりすると直ぐに迎えに行けるようにわかるんですの」
「へ、へぇー……」突然の幽霊船っぽい設定に若干声が裏返った。
「あの時も、似たような気配を感じて迎えに行ったらヒメルを見つけて! 絶対にお友達になりたいと思って、大慌てでお迎えする準備をしたんですのよ!」
嬉しそうに微笑んでいるが、そのあと殺されかけたので、私。
もう流石に殺されはしないとわかってはいたけど、話を逸らす事にした。
「そっそういえば、リヴィヤタンが言ってた言葉。オパールには聞こえていたみたいだったけど」
あの巨大なドラゴンが現れた際に、聞こえた声に反応していたのは私とオパールだけのように見えた。オパールをみると小さく首を縦に振った。
「ええ……確かにあの生き物の声がはっきり聞こえましたわ。ヒメルがあのドラゴンを呼んだとか、闇の神子だとかって……」
「なんで私たちにしか聞こえなかったんだろう?」
「さぁ……わかりませんわ」
オパールは首を横に振った。
そもそも、リヴィヤタンはゲームにも登場してきたがしゃべった記憶なんてない。ただただ、迫り来る圧倒的脅威!! そんなポジションの魔物だった。
「それにリヴィヤタンが言っていた闇の神子って……?」
エレメンタルオブファンタジーで出てくる神子とは、“精霊に愛された子”の事。普通は見ることのできない精霊を見る事ができる人の事。
ゲームではヒロインのエメラルドとラスボスのセレナイト以外に存在しない。
リヴィヤタンは私に闇の神子と言ったが、私自身は精霊を見ることもできない。魔力だって上手に使えない、何にもできないただの人間である。
「んーー!! リヴィヤタンが言ったことを考えるのやめっ! いくら考えても答えなんて出ないし」
いま考えても正しい答えなんてわからないし、現状わからなくても問題なさそうなので一旦保留にしようと決めた。
“ぐぅうう……キュルル……”
安心したせいか、緊張感のないお腹の音が部屋に響いた。
「へへ……なんか気が抜けたら、お腹減っちゃったみたい」
「仕方ないわ、ヒメルほとんどまる一日眠っていたから。いま食事の準備をさせるわね、でも……」
布団から抜け出した私の格好を上から下までオパールがじっくりと見る。
ボロボロのドレスを見て
「お食事の前に、着替えましょうね」
この後一時間。
鳴るお腹を我慢しながら、オパールの着せ替え人形にされたのは言うまでもない。
24.4.24修正




