45話:姫琉とレヴィヤタン
アルカナが倒れてしまったこの状況で頼みになるのは、ギン兄水まんじゅうペアだけだった。
ギン兄の掛け声と共に煙の様な白い霧がもくもくと発生するも、朝日を遮る程には遠く、辺りの視界をぼんやりとさせるくらい。そうこうしているうちに日はどんどんと高くなる。光を浴びた所から幽霊船が消えていく。
──どうしようどうしようどうしよう……!
このままじゃ、この船のようにオパールも消えてしまう。焦る気持ちにあわせて、鼓動がドクドクと速くなる。
──だけど……。
──だけど、私には…………何もできない。
「すまないっす……もうこれ以上は」
苦しそうに謝ると、霧に勢いがなくなりみるみる消えていく。
ギン兄の魔力、MP切れだった。
──もう打つ手がない……。
「ありがとう……ヒメル。でも、もういいの。あのね、あなたが友達になってくれるって言ってくれた時、本当に嬉しかったのよ」
少し困ったような顔で微笑むオパールの顔を見て、私の心は押し潰された様に苦しい。
「そ……んなこと言わないで。ここまで、頑張ったのに……友達になるって、言ったのに、私が……何もできないから、助け……たい、のに。なんで……どうしたら」
言いたいこと、思っていることがごちゃごちゃになって、口から途切れ途切れで溢れていく。
助ける方法を考えたいのに、日の出はそれを待ってはくれない。
『諦めちゃえば?』
頭の中で、"私"が"私"に言ってくる。
オパールはさっき出会ったばかりの友達と呼ぶにはまだお互いを知らない。それに、彼女は理由はどうあれ、私を殺そうとしてきた事は間違いない事実──。
『そんな子と本当に友達になれる?』
『ここまで頑張ったんだからもういいんじゃない?』
悪魔のような、甘い囁きが頭の中にガンガン反響する。その悪魔の囁きに屈しそうになったその時だった
『あんたが、どんなに頑張ったって無駄なのよ』
母の声が聞こえた気がした。
大っ嫌いな言葉。そこで我に返る。
「私は、諦めない……オパールと、友達に……なったんだ」
これ以上自分に出来ることなんてない、……わかってる。
どんなに考えても打開策なんて浮かばない。でもここで何もかも投げ出したら、きっと私は私がもっと嫌いになる。
自分の不甲斐なさに、手が、足が震える。
身体中がとても熱い。
心臓がドクドクと痛いほど鼓動を打つ。
「……れ、……けて」
うまく言葉が出ない。
気がつけば、ボロボロと涙が溢れていていた。
おもっきり鼻を啜り、赤く染まりはじめた空に向かって喉が裂ける程の声で叫んだ!
「誰でもいいから、助けてよォーーーー!!!!」
“ズズズズズ…ゴゴゴゴォォオオオオオオオオオッ!!!!”
地の底から響く様な地響きがなり、幽霊船のすぐそばで天にも届く程の水柱が上がる。船は、その水柱によって生まれた波によって大きく流され、船体は大きく揺れ何かにしがみつかなければ、海に振り落とされてしましそうだった。
各々が船体に必死にしがみつく。
水柱が巨大な影を作り、幽霊船を日の光から遮った。
私の望みは叶えられたのだ。
“誰でも”いいから助けてと……。
たとえ、水柱の中から現れたのが、幽霊船よりも遥かに巨大なドラゴンだったとしても……。
「なんだよ、あれ……」
始めに声を上げたのは隊長だった。
夜を思わせるような漆黒の鱗に、宝石のように真っ赤な瞳。大きな口からはそれに見合った大きな牙が生えている。全体の半分は海の中だと思われるのに、出ている体半分だけでもこの船より遥かに大きい。それがこの船を見下ろしている。
「レ、レヴィヤタン……」
思わずその名を呼んでしまった。
──この魔物は、マジでやばい!
確かに誰でもいいから助けてとは言ったけど、まさかのチートキャラが出てくるなんて思ってもいないでしょ!?
レヴィヤタンは、闇と水属性を持った"エレメンタルオブファンタジー"最強の魔物だ。
海で出てくる唯一の魔物。
ストーリーでこの魔物と闘うのは、ゲームも終わりの方。
しかも、主人公たちでさえ足止めだけで最後は最終魔導兵器によって倒す、実質"倒せない敵"なのだ!!
「あ……ムリ、これ、マジで死んだわ」
さっき諦めないと言っといたけど、前言撤回させて頂きたい……。
戦う前からすでに心のライフがもうゼロだ。
脳裏には、つい数週間前のゲームをプレイしていた時のレヴィヤタン戦が走馬燈の様に蘇る。
ほとんど効かない物理攻撃。光の精霊術で攻めるも、何故か真っ先に倒されるヒロイン。水の精霊術でうっかり攻撃すれば回復されて、あり得ないほど強い全体攻撃を撃ってくる。さらに、通常攻撃でさえ状態異常で毒をくらう。
戦わなくてもわかる。今の私たちじゃ絶対に勝てない!!
『我を呼んだのは、誰だ……』
脳に直接重い声が響く。地の底から響くような恐ろしい声が……。
あまりの衝撃に思わず耳を塞ぐが、周りを見れば耳を塞いでいるのは私とオパールだけだった。
『そこのゴースト……ではないな……貴様が我を呼んだのか?』
大きな真っ赤な瞳に私が映っているのが見える。
蛇に睨まれた蛙よろしく、全く動けない。代わりにだらだらと嫌な汗が出てくる。
『答えよ! 我を呼んだのは貴様であろう!! 何用で我を呼び出したのだッ!!』
大きな口が牙を剥き出しにして船に向けられる。
「きょ……この船を、日の、光から守ってほしかっただけ……なんで、す」
思わず声が裏返るが、本当のことを言った。
レヴィヤタンがぐるりと顔を背後にある日の光に向け、またこちらを見返した。
その大きな赤い瞳を細めて、ただ一言
『あぁ……。あい、わかった……』
そう告げると幽霊船を、深い深い霧が覆い隠す。
一瞬にして日の光が当たらない、闇が出来上がった。
「すごいっすね……これをあの魔物が?」
「オパール! 無事か!?」
「ええ……」
日が遮られた事で、消えかかっていた幽霊船もオパールも無事の様だった。
あまりの事にみんながざわざわと騒いでいるが、私は今だに動けないでいた。
『これで良いか、闇の神子よ……まさかこのような事でこのレヴィヤタンが呼ばれるとはな』
やれやれと言いたげな目をしているが、私だって誰でもいいとは言ってもお前がくるなんて思ってもみなかったってわ!!
と叫びたかったけど、珍しくぐっと堪えた。
それより今、なんかおかしな単語が聞こえた気がした。恐る恐る、聞き返してみる。
「あ……あの、闇の神子って? 光の神子とか、精霊の神子じゃなくって? 何か間違えてない……ですか?」
あくまで腰を低く謙虚に聞いてみる。だって怖いから。
『この我と会話をしている時点で、闇の素質を持っているだろう。実に面白いやつじゃな、闇の素質を持っていて、この船を救いたいなどとは実に酔狂じゃな……』
レヴィヤタンが言っていることが全くもって理解できていなかった。
闇の神子? 素質って? この船を救いたいのってそんなにおかしい!?
「それって、どういう……」
聞き出そうと私が口を開いたのと同じくらいにレヴィヤタンの声がした。
『まぁ、今回は見逃してやるが今度、この様なつまらぬことで我を呼び出したなら、この船ごと貴様を喰ろうてやるわ……』
その言葉に、聞こうと思ったこともすっかりどこかに飛んでいき黙った。
それだけ言い残すとレヴィヤタンは海へと帰っていった。
私はといえば、疲れなのか、緊張からなのか、恐怖からなのかわからないがそのまま意識が途切れた。
これにて一応幽霊船編終了ですよ




