43話:姫琉と復讐者
先程の攻撃のせいだろうか、彼女の体は所々が存在していない。顔の左側、右腕、左脇腹それ以外にも所々が壊れたデータのようになっている。その無くなった部分を黒いモヤが補っている。
血走った右目をギョロリと動かし、オパールとタンビュラを見下ろす。
「そいつが……私たちの目を盗んで、海に出て死んでしまったから、私たちは主人にその罪の償いとして殺されたのだ……。両手、両足を縛られ……あの冷たくて、暗い暗い海の底に…………」
ダイアはそう言いながら、自らの顔に爪を立てる。自ら傷つけた右の頬からは血ではなく、黒いモヤが漏れる。
「だから……この幽霊船で、その小娘と再会した時、私たち三人は誓ったんだ……何年、何十年掛かろうとも……あの小娘に、最高の絶望を味合わせてやろうとッ!!!!」
彼女が目を見開き左腕を大きく振るうと、浮いていた瓦礫のひとつがタンビュラの肩に深く突き刺さった。
「ぐっ…!!」
「お兄様ッ!!」
タンビュラが自分に刺さった瓦礫を抜くと、血が“グチュ”と溢れ、左肩が真っ赤に染まっていく。
「なんで……あなたが、憎いのはわたくしなのでしょ……」
震える声を絞り出してダイアを見るオパールの顔は真っ青でその目はとても怯えていた。
「あぁ……お嬢様の、その悲痛な顔は、最高ですね……。本当は、お嬢様自身の手で“大切な人”を殺す……と言う筋書きだったんですが、もう……そんな事どうでもいいですよねぇ? あなたの所為で、今から一番大事なお兄様は、私に殺されてしまうんですからぁ……これ以上の苦しみはないですよねぇ」
歓喜に満ちた声が響く、悦に浸ったその表情はまさに『狂っている』その言葉がふさわしいと思った。
「待ってよ! そんな事したらあんたは冥界に落とされちゃうわよ!! それでもいいの!?」
別にこいつの心配をするわけではないが、ここで暴れられても既に彼女から先程の影が出ていないので、ただの物理攻撃は効かないだろう。作戦を考える時間が欲しい、苦し紛れの時間稼ぎだ。
私の声に反応したダイアは体は動かさず、顔だけをこちらに向けて、にんまりと笑った。
「そうですねぇ……でも、これを逃したら、あの小娘に復讐できなくなるじゃないですかぁ?」
体中からブワッと嫌な汗が出る。自分の中の動物的本能が全身に危険信号を出している。『ヤバい、逃げろ』って……。
うわごとのように話し続ける彼女の目の焦点は合っていなかった。
「……だから、冥界をワタシの手で開いて、大切な人を失って嘆き悲しむあの小娘を、一緒に冥界に落としてやるんだ……───邪魔は、させないッ!!!!」
瓦礫が次々に自分と、タンビュラ達めがけて襲いかかる。一打目をなんとか避けるも、瓦礫は次々に襲いかかってくる。
「ヒメルッ、あたしどうしたらいい!? 何ができる!?」
「と、とりあえず石の壁でアレ防げる!?」
石の壁を作るも、瓦礫は自在に操れるらしく壁がないところから瓦礫が飛んでくるので、ひたすらに移動しながら壁を作っていくしかない状況だ。
タンビュラ、隊長はそれぞれの武器で瓦礫を壊している。
「おっさん! 無理すんなよ!! そんなに動いたら血が……」
タンビュラが大剣を振るたびに、肩の傷から血が流れる。
「なんて事ねぇよ、可愛い妹を泣かすあのクソメイドにキツいの喰らわせてやらねぇと、なッ!!」
思い切り振りかざした大剣からは、斬撃が飛ぶが瓦は斬れても、斬撃はダイアの体をすり抜ける。
「影が出てない状態でゴーストに物理攻撃なんて普通効かないんだよーっ! 聖魔術か精霊術じゃないと効果ないよっ、うわッ!?」
隊長達に気を取られて、瓦礫がぶつかりそうになる。瓦礫のほとんどがマストが大破したものなので、先が尖ったような木がいっぱいだ。あんなのが刺さったら私なら致命傷だ。
「おいおい、ならどうしろってんだよ!」
「精霊術ならオレ達の出番っすね、水まんじゅう!!」
その言葉とともにギン兄の頭上に、水球が現れる。
「頼むっすよ! いでよ水の刃、アクア・カッター!!」
水球は刃へと姿を変え、ダイアに切りかかる。
「ちぃッ!」
「アルカナ、こっちは風でいくよ!! エア・カッターァア!!」
「りょーかい!」
つかさず風の刃が襲いかかる。
「ぐッ…!」
確かにダメージは与えているが、倒れる気配はない。術をやめれば、すぐに瓦礫が襲いかかってくる。足場の悪い船を逃げ回って、隙をみて攻撃。地道だが、これ以外にいい方法が思い浮かばない。でも、病み上がりのアルカナにこの戦術は相当負担になっているはずだ。
──もっと……もっと他にいい方法は……!!
“キラッ…”
視界の片隅で、何かが光った。
壊れたマストの隙間に落ちているそれは、無くした“退魔の弾丸”だった。
「これさえあれば!!」
すぐさま駆け出しそれを掴み取る。
「隊長、コレッ!!」
弾丸に気づいたダイアの攻撃が激しさを増し、アルカナが何重にも石で壁を作るが攻撃の勢いがすごくて、動けそうにない。
「それを早くこっちに!!」
最初に作った石かまくらの影から、隊長が手で寄越せと合図してくる。
しかし、この攻撃の中渡しに行けるはずもなく
“ぽーい”
投げた。
綺麗に弓形に投げた瞬間、飛んできた瓦礫が退魔の弾丸に直撃し、そのまま海へと静かに落ちていた……。
あまりに綺麗に落ちていったので思わず、私も隊長も目で追ってしまった。
「バッカッ!! なんで投げたんだよっ!?」
「だって!! だって、早くって急かすから!!」
「それで無くしちまったら、意味ねぇだろうッ!!」
自分でもやってしまったと思った所に、怒鳴られて、もうどうしていいかわからなくなっていた。
アルカナが必死に防御してくれているが、これで本当に打つ手がない。
──ど、どどどどどうすればいいんだぁあああッ!!!!
◆◇◆◇
姫琉が自分の失敗でパニックを起こしている一方で、退魔の弾丸を取りに海へ飛び込もうとしているギンを腕を掴み全力でカルサイトが止めた。
「やめろッ! こんな暗くて広い海を探すなんて無謀だろ!! クッソ……万事休すか」
「逃げて……ください。さすがにこの船を出てまで追いかける力は、彼女にはないです」
弱々しい声でタンビュラの後ろに隠れていたオパールが言う。
「お前を置いていける訳ないだろっ!?」
タンビュラが掴もうとしたその手は、先ほどは触れられた筈なのにするりとすり抜けた。
「お兄様……ううん、お兄ちゃん。わたしね、もう死んでるから大丈夫だよ」
そういう彼女は悲しげに笑った。
「もういいの、お兄ちゃんがわたしをちゃんと迎えにきてくれて嬉しかったの。もう、それだけで充分だよ、だから……わたしの分も、もっと生きて」
「オパール……」最愛の妹にそんなことを言われ、下を向き言葉をぐっと飲み込む。
「そいつは無理だぜ、幽霊のお嬢ちゃん」
あっけらかんと言ってのけたのは、カルサイトだった。それもとても嫌そうな顔をしながら。
「あのちんちくりんが、幽霊のお嬢ちゃんが危ないって分かっていて、この船にひとり置いていくとか絶対にしねぇよ」
「ちんちくりんって……隊長、それヒメルのことっすか?」
「そうだよ! あのバカは自分の危険より、自分の大事な奴の為にどんな馬鹿なことだってしやがるんだ!! アイツを止めるならこの幽霊船をぶっ壊しでもしない限り止まんねーよっ!!」
半分やけを起こしたカルサイトが叫ぶ。
「なんで、あの嬢ちゃんがそんな必死になるんだよ……」
怪訝な表情をして聞いてくるタンビュラにカルサイトは一言。
「はぁ……友達に、なったんだとよ」
「友、だち……だぁ?」
「そう、おたくの妹さんと友達になったんだと。幽霊相手に友達なんて、ふざけてるのかと思ったがどうやら本気らしい。友達のためだからって、理由だけでここまでやってるんだぜ、あいつ」
カルサイトが指差す先には、必死にダイアをの攻防戦を繰り広げる姫琉の姿があった。
タンビュラは姫琉を見て、フッと鼻で笑った。
「妹の友達があんなに頑張ってるのに、兄ちゃんが逃げるわけにはいかねぇよなァ?」
自慢の大剣を手に、石かまくらの影から出ると効かないと分かっていても斬撃の雨をダイア目掛けて撃ち放つ。
「おっさんっ! だから物理攻撃は効かないんっすよ!!」
大慌てで、タンビュラを加勢しにギンも追うように飛び出した。
「ヒメル……お兄ちゃん……」
大切な二人の名を呼ぶオパールの目には、強い光が灯っていた。
24.4.20修正




