42話:姫琉と兄
「無事でよかったっす! すっげー心配したんすからね!!」
ギン兄が駆け寄ってきて、真剣な眼差しで肩を掴む。
「ご、ごめんなさい……?」
いや、今回のは私が悪いわけではないんだが……と思いつつもとりあえず謝っておいた。
流れ的に。
「服がボロボロじゃないっすか!? 大丈夫っすか? どこも怪我してないっすか!?」
上から下まで見られると、流石に恥ずかしくなってぷいっとギン兄に背を向ける。
「大丈夫だって! ギン兄はちょっと……いや、かなり心配性なんだから!」
「そんなことないっす! 大事な妹分なんすから、コレくらい心配するのは当然っすね」
これは何を言っても無駄だと諦めた。叫んで、逃げて疲れたしこんな些細なことで言い争う体力がもうない。
「ヒメル〜、ギンの兄貴〜……」
作戦を無事に遂行したアルカナが私の肩に着地した。
「アルカナ、ありがとう想像以上に上手くいったよ。でも無理してない?」
「えへへ……無理なんてしてないよ! ちょっと木を切っただけだもん♪」
メインマストってかなり太いんだけど、大したことないように言うアルカナ、まじ頼もしい!!
「嬢ちゃんが無事でよかったぜ、なぁ?」
近づいてきたタンビュラが、ギン兄の肩に手を置く。それに対して、ギン兄がすごく微妙な表情をしている。
──あれ? 仲直り……してる?
でもギン兄の表情をみる感じ、和解した訳ではないっぽい。とりあえず殴り合いにはならない様でひと安心だ。
「ところで、コレは一体どう言う状況だ?」
甲板を見渡せば、船の象徴とも言えるマストはメインマストも、サブマストも大破していて、瓦礫の山が出来上がっている。昨日の港に比べれば可愛いもんだと思うが、この惨状を見ると少しだけやりすぎたかなとは思う。──少し!
「お〜ま〜え〜なぁ〜……!!」
隊長の怒っている声に、恐る恐る後ろを振り向いた。次の瞬間、顔面を鷲掴みにされた。
「ぐっ……隊長、無事そうで、よかったです」
「危うく瓦礫の下敷きになるところだったよ。やるなら、もうちょっと考えてやれっ!!」
「考えてた、考えたよ! ただ、隊長の存在を忘れてただけです!」
正直に言ったら、隊長の手の力がますます強くなる。頭がつぶれるんじゃないかと思うくらいの痛みに耐えかねて、全力で謝るとやっと手が離れた。
「はぁ……それで? お前の"お友達"とやらはどうしたんだよ」
隊長がそういうと、オパールの私を呼ぶ声が聞こえた。
「ヒメル……?」
石の壁からすり抜けたオパールが姿を現す。
「オパール」
そう彼女の呼んだ声は私ではなく、しゃがれたタンビュラの声だった。
タンビュラの顔を見れば厳つい顔はくしゃくしゃで、今にも泣き出しそうな顔をしている。
ゆっくりと、一歩。また、一歩。
タンビュラが少しずつオパールに近づく。オパールの前に着くと片膝を立ててゆっくりとしゃかんだ。二人の目の高さが同じぐらいになった。
その雰囲気に飲まれ、私たちはただ静かに二人を見守る。
「あなた……わたくしをご存知なの?」
小首を少し傾げてタンビュラを見つめるオパールに、タンビュラは柔らかな笑みを浮かべた。
「そうだよなぁ……こんなジジイになっちまったから、わからねぇよな。でも、お前は全然変わらねぇな……あの四十年前のままだ。だからすぐにわかったよ、オパール」
「四十年……前?」
「約束、したよな……必ず迎えに行くって、どんなに遠くても、どこに行っても」
「や、くそ……く?」
「“兄ちゃん”が、必ず迎えに行くって、約束したろ?」
タンビュラの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていたが、それでも今まで見たどの表情より優しい顔をしていた。そして、涙で震える声で「こんなに、遅くなってごめんな……」と……。
その言葉に、オパールの目からは止めどなく涙が溢れ落ちる。
涙で掠れた声でお兄ちゃんと呼び、しゃがんでいるタンビュラに力強く抱きついた。
「ずっと、ずっと……待ってたの、何年待っても、会いに……きて、くれないし……お手紙も、こない、し……」時々、鼻をすすりながら、たどたどしく話すオパールの話をタンビュラは、黙ってたまに頷きながら聞いている。
「あの日、どうしても会いたくなって……お屋敷を抜けて、ボートで会いに行こうとしたの……でも、ダイア達に見つかっちゃって、慌てていたら、そのまま、海に……落っこちちゃって……それで」
きっと、その時彼女は亡くなってしまったんだろう。
抱きついていたタンビュラから離れ、下を向いたままオパールが泣いたまま黙ってしまった。
「そうよ、そこの女の迂闊な行動のせいで私たちは殺されたのよ」
その声と共に、瓦礫の山が浮き上がる。
浮き上がる瓦礫の中心で、ダイアが私たちを見下ろしていた。
24.4.20修正




