39話:幕間 ギン
水の国ミズハ。
756の大小様々な島からなるこの国は、他の国に比べ独自の文化を持っていた。
その独特の文化は、島によっても大きく異なっている。
そして、オレ達双子が産まれた島は、島の周りをぐるりと断崖絶壁で覆われており、島に入るどころか出ることさえ困難な閉鎖的な島だった。島には小さな村が一つあるだけで、住んでいた人間も百人に満たないだろう。
その為、村に住む人間はみんな家族のようなものだった。
どこかで誰かが怪我をしたと聞いたら、みんなが心配して見舞いにくる。
島で誰かが結婚すると聞けば、村人みんなで祝福し、どこかで誰かが亡くなったら村人みんなで見送った。
そんな仲間思いの島でオレ達は育った。
小さな村でオレ達双子は何をしても注目の的だった。
双子って事も理由のひとつだったが、それ以上にその見た目だった。
オレ達の母さんは、この島じゃ珍しく外からきた人間だ。
村の人の髪色は、黒か歳を取って白くなった髪だったが、母の髪は夜の空に浮かぶ月のように美しい金色の髪をしていた。
オレの双子の兄、キンは母にそっくりな髪色。なのに、オレの髪色は……母さんのような金色でも父や村の人達のような黒髪でもなかった。
その事をからかわれたり、出来のいい兄と比べられたり、嫌なことがあるとすぐにビービー泣いていた。
そうして泣いていると兄はオレを置いて父さんとでかけてしまう。置いていかれるのが悲しくて、悔しくて、また泣いてしまうのだ。しまいには、村中から『泣き虫ギンちゃん』と呼ばれてしまう程にはしょっちゅう泣いていた。
お隣の酒飲みのおじさんは「そんなに泣いてばかりいると金玉が取れちまうぞ」と笑いながら馬鹿にしてくるし、野菜を作っているナチお姉ちゃんは「そんなに泣いてると女の子にしちゃうぞ♪」と言ってオレに女物の着物を着せようとしてくる。
村じゃおちおち泣く事ができないので、いつも島の端の海が見える丘まで行って一人で泣いていた。
「ギン、また泣いてたの?」
優しい声が聞こえ、泣いていた目を擦り振り返る。
そこには柔らかな表情で微笑む母さんがいた。
夕日に照らされ、風に凪く金色の髪はとても綺麗だったと、今でも覚えている。
「だって、兄ちゃんが……お前は足手まといだからくるなって」
思い出すとまた涙がポロポロとこぼれた。
同じ双子で髪色以外そっくりなのに、兄のキンはとても優秀だった。
父さんは、村で兎や猪などの狩りを生業としている。
昔は、“隠密”という仕事をしていたらしいが母さんと出会って足を洗ったと言っていた。
そんな村で一番の猟師だった父さんの仕事にキンは連れて行くのに、オレには『お前にはまだ早いな』と言われて置いていかれて、悔しくて泣いていたのだ。
そんなオレを見て兄は『足手まといだ』と言う……。
オレが、泣き虫で女の子みたいだから、父さんの仕事を手伝わせてもらえないし、キンは、何をやっても上手に出来るし泣いたりなんてしないから。だから何も出来ない泣き虫のオレなんて、二人共邪魔に思ってるんだ……。
「あらら……あの子はホントに言葉を選ぶのがお父さんと同じで下手ね。本当に、そっくりよね……そういう素直じゃないところ」
眉尻を少しさげ困ったような、嬉しそうな、そんな表情を浮かべる。
母さんは、オレの顔が見えるようにしゃがむとにっこりと笑ってこう言った。
「あの子は、自分がお兄ちゃんだからって貴方が傷つかないように率先して危ないことを引き受けちゃうのよね」
「でも、オレ達双子なんだよ? ほんの少しだけ、兄ちゃんの方が早く生まれただけで、歳だって同じ七歳なんだよ……」
「うん、そうね、でも大切な人に“兄ちゃん”って呼ばれたら守ってあげなきゃって、思っちゃうのよね。それがキンが頑張れる力の源なのよね……きっと」
「……オレの事が、大切……? ホントに……?」
あんまり大事にされた記憶が思いあたらない。
冬に二人で雪合戦をしていたら、雪に埋められ。夏に川に泳ぎに行った時には、無理だと言ったのに飛び込み岩から川に投げられたりもした。
大切と言われても、いまいちピンと来ない……。
「まぁ……あの子はどこでどう間違ったのか、愛情表現が……ちょっと独特よね!」
独特……という表現で誤魔化すのはいかがなものかと思うが、確かにこんな扱いを受けてるのはオレくらいだ。これが兄から弟への愛情表現なら早々に辞退したい。
「オレにも弟がいたら……兄ちゃんみたいになれるかな……? 泣き虫のオレでも変われるかな……?」
兄が兄であることで頑張れるなら、オレも兄にあれば変われるかも……なんてそんな事を考えた。
「母さん、オレ、弟がほしいっ!」
「まぁまぁまぁまぁ! じゃあお父さんに聞いてみないとよね!」
顔を夕日で真っ赤に染めた母さんが嬉しそうに照れている。
「じゃあ、日も暮れるから帰りましょ?」
暖かい母さんの手を繋ぎ、家へと向かう。
「ちなみに、弟じゃなくて妹だったら……いや?」
「妹でもいいよ、そしたらオレが守ってあげるから」
「フフ……」
嬉しそうに微笑む母の姿を、あの温もりも……オレは忘れない。




