38話:姫琉とダイア
倒れたオパールに触れていた手の平から"対魔の弾丸"が、コロリと転がり落ちた。
ぁあぁああッ~!! 上手く言ってよかったぁああ~!!
隊長が撃った"対魔の弾丸"は、聖なる鉄から作った聖なる力を持った弾丸。
くらいの説明しかゲームではないが、この対魔シリーズは他の武器でも存在する。
対魔の剣、対魔のレイピア、対魔の杖……などなど、でもこれらの武器が使い捨てな訳がない。
ってことは、銃弾として使わずに直接当てたら効くんじゃないかと思ったら大成功だった!
この作戦をするにあたり、オパールの横に突っ立っている幽霊メイドを退かして、オパールにこっそり近付く必要があった。そこで、囮役として隊長に矢面に立ってもらった。
オパールも幽霊メイドも隊長には、積極的に攻撃しようとはしてなかった。
先程まで隠れていたマスト。すぐにでも壊されるかと思ったが、壊されなかったのは隊長がいたからだろう。うっかり死んでしまったら、幽霊船の仲間になってしまうから……。
私はといえば、ヒラヒラして邪魔なドレスの裾をバッサリ切りマストの裏に隠した。
あとは隊長に気を取られている間に樽や板の裏に隠れてタイミングを狙って一気にオパールに近づいただけだ。退魔の弾丸を当てられたオパールは力なくそのまま倒れた。
私もそのまま、緊張の糸が解けたのかそのままヘニャヘニャと甲板に座り込んでしまった。
オパールの攻撃は止めたけど、まだ幽霊メイドが残ってはいるが、多分放っておいても大丈夫だろう。
自分で私を殺すつもりならチャンスはいくらでもあったのに、殺さずに縄で拘束したり、オパールに殺すように唆したり、さっきもオパールの邪魔をさせないように隊長の妨害をしに行った。
理由はわからないが、彼女は“オパール”に“私”を殺させたいようだった。
幽霊メイドの方を向くと、拘束を解かれていない隊長は彼女に足蹴にされ、地面に突っ伏している。彼女は私を……いや、オパールを血走った目で睨みつけていた。
「お嬢様ッ! 起きて下さいッ!! 早くしないと、あなた様の大切な人が行ってしまいますよッ!!」必死に叫ぶ幽霊メイドの声に気が付いたのか、それとも退魔の弾丸を外したからだろうか、オパールの長いまつ毛かピクリと動き、そしてゆっくりと目を開いた。私の膝の上で。
「おはよう、オパール」
まだ寝ぼけているようだった彼女に満面の笑みで挨拶をする。
何が起きたのかわからないのか、その綺麗な瞳を大きく見開きパチクリとさせている。すると何かに気づいたようで体を一瞬ビクっとさせ、その大きな瞳にみるみる涙が溜まり、綺麗な顔をくしゃくしゃと歪ませた。
「大丈夫、大丈夫。どこにも行かないよ、大丈夫だよ」
ふわふわの髪をそっと触れるように撫でる。ポロポロとまるで真珠のような涙が、彼女の頬を伝って次から次へと溢れ落ちる。震える声で何度も何度も謝る彼女をみて、やっと私の言葉が届いたとホッと胸を撫で下ろした。
「騙されてはいけませんッ!! そんなことを言っても彼女だって生きていたら何時あなたを置いて行ってしまうかわからないんですよ!? ここで殺してしまいなさいッ!」
ヒステリックに叫ぶ姿は目も当てられないほど、醜い。
「だったらあなたがかかって来れば……? オパールにそんな事させずに、あなたがかかって来なさいよ」
隊長が口をパクパクさせて必死な何かを訴えているようだが、知ったこっちゃない!
私はさっきからず〜〜っと、この幽霊メイドにムカついているんだ。こんな小さな女の子に、裏切られるとか、愛されてないとか、ひとりぼっちとか、殺せとか、酷い事ばっかり言って。
頭に血が上っているのだろう。
もはや、冷静に考えるなんてできない。
思った事をそのまま口に出した。
「私を殺したいなら、アンタがかかってきなさいよッ!!」
気迫に負けたのかはわからない。
だが、一瞬だけ怯んだ幽霊メイドの隙をついて隊長が拘束から逃れてた。つかさず私の方に来ると同時に拳骨で思い切り脳天を殴られた。
め、目から星が出た!
昭和の漫画の様な表現だが、本当に星が飛んだ様に目の前がチカチカした。
「いったぁああ!?」
「お前やっぱりバカだろ! なんでわざわざ挑発してんだッ!?」
「そんな事言われたって! あいつムカつくんだもんッ! こっんな、可愛い子にあんなに酷い事言ってッ!!」
「わたくしが!? 可愛い……」
「わかった、どうせお前には何を言っても無駄だってことがなッ!」
深い、それは深いため息をつくカルサイトの横では、可愛いと言われたのが嬉しかったのかオパールが照れている。
こんな茶番劇を繰り広げているのに、彼女は一向に襲いかかって来ない。それどころか逃げたカルサイトさえ、追おうとはしなかった。
彼女は霧が深い空を見上げ、ゆっくりと瞼を閉じた。
「あぁ……あと少し……あとほんの少しで目障りな小娘を消せたのに」
その呟きは決して大きな声ではないのに、はっきりと耳に届いた。
そして、その濁った瞳の先は私ではなく、オパールに向いていた。
「ダイア……どうして……そんな」
オパールのが声が僅かに震えてた。
ダイア、そう呼ばれた幽霊メイドは主人に対して軽蔑の目を向けている。冷たく、汚らわしいものを見る、そんな蔑んだ目を。
「ずっと……うんざりだったんですよ。あなたがお屋敷にやって来た時から……この四十年あなたを 絶望させるためだけに、耐えて耐えて耐えてきたのに……ハァ、あと一歩のところで」
濁った瞳が私に向けられた。
「なんで、オパールにこんな事させようとしたの? ……私を殺したらオパールは消えるの?」
先程、彼女は確かに言った。『目障りな小娘を消せたのに』と……。
ゴーストを倒すには、聖魔術や退魔の武器でない限り難しい。なのになぜ、オパールが私を殺すことでオパールが消えるのか、その理由が知りたかった。
……正直に話してくれるかわからないけど。
「どうせもう全部終わりだから、教えてあげますよ。この幽霊船は永遠を彷徨う贖罪の船。闇の精霊に赦しをこう船なんですよ。そんな船で罪を犯せば即座に裁かれ冥界行きです」
「殺したら友達とずっと一緒にいられると思わせて、冥界に落とすなんて最低……」
言葉巧みにオパールに罪を犯させ、冥界。つまりはあの世に消し去るつもりだったって事? そんなことになったら彼女は泣き叫ぶに決まっている。そんな姿を彼女は、ほくそ笑んで見ているつもりだったとしたら絶対に許せない。
……………………はて?
こんな真相をペラペラ正直に話すなんて。何かあると思いダイアの足元に目を向けると、先程のオパールと同じような影が渦を巻いていた。
今気づいたけど、これってブラックウルフとかと一緒の闇の魔法だよねッ!!!?
「これはヤバいッ!!!!」
咄嗟に隠れられるところを探すが、さっきまで隠れていたマストは折れてしまって隠れるには足りない。メインマストまでは距離があるし、下に潜るための鉄格子には樽を乗せて私が塞いでしまった。
海に飛び込めば私は助かるかもしれないが……。
「隊長を海に突き落としたらやっぱり死にます!?」
「間違いなくなッ!! それより、退魔の弾丸返せ!! それをあのメイドに撃ち込めば済むだろ!?」
「え、あぁ!! 弾、弾……たまぁ?」
体を上から下まで叩くもそれっぽいものがどこにもない。
「そういえば、さっき何処かに転がっていったような……」
「嘘だろ!? 無くしたのか!!」
「てへ♪ ごめん」
自分の失敗とはいえ万事休すと思ったその時だった。
お腹に響く大きな爆発音が聞こえ、船が大きく傾いた。
「うわっ!?」突然のことで足がよろけて盛大にこけた。隊長もダイアも縁に捕まって揺れに耐えている様だ。
「ヒーメーールーーーー!!!
聞き慣れた可愛らしい声が私の名前を叫びながら飛んできた。
その声が聞こえただけで、嬉しくてその声の主の名前を叫ぶ。
「アルカナッ!!」
起き上がるとそこには元気になったピンクの髪の愛らしい精霊があった。
21.7.17加筆修正




