37話:姫琉と黒い影
銃声と共に私を押さえつけていた幽霊メイドが霧の様に霧散して消えていった。
「ロンズッ! ディライトッ!」
残った幽霊メイドがオパールから慌てて手を離し、霧散していく仲間に手を伸ばすも捕まえられはしなかった。
彼女の血走った目が、銃声のした私の後ろを睨みつける。
その視線の先には、胡散臭い笑みを浮かべたもみあげの片方だけが三つ編みの男が、愛用の銃を片手に立っていた。
「このちんちくりんをアンタらの仲間にされたら、俺が困るんでね」
隊長は腰に携えたナイフで、グルグル巻きにされていた私の縄を斬った。
縄で擦れてヒリヒリとする部分をさすりながら、まるで図ったかのようなナイスタイミングで助けにきてくれた隊長に
「助けてくれるなら、もっと早く助けてくださいよ」
と思わず憎まれ口を叩く。
「いいんだぞ、ここで見捨て行っても」
「そんな事したら幽霊になってスモモちゃんの秘密を未来永劫叫び続けてやるんだからね!」
「その名前で呼ぶのやめろっていってんだろ? ぁあ?」
大きな手で顔面を鷲掴みにされながら謝罪した。
「どうぼ、ずびばぜんでじた(どうも、すみませんでした)!!」
そんな茶番を繰り広げていると、しゃがみこむオパールの横で残った幽霊メイドが深いため息を吐く。
「あのまま大人しく倒れていれば、貴方は無事に陸に戻してさしあげましたのに……全く余計なことを」
「そりゃ残念だ。生憎だが俺はこのちんちくりんに脅されててね、コイツを無事に目的地に運ばなきゃならねぇんだ。コイツをアンタらの仲間にしたいならその後にしてくれよ」
思わず隊長の言ったことが信じられず、ガン見するが、ニタニタと腹立つ笑みを浮かべている。もし、本当にエルフの国に行った後で、幽霊船の乗組員にされた場合は、スモモちゃんの秘密をひたすらに叫び続けてやろうと心に決めた瞬間だった。
オパールは、そんな会話など耳に入っていないようで一人でブツブツと呟きひどく怯えていた。
「いやよ……いや、そう言ってわたくしを置いて行くのでしょう? お兄様みたいに……もうっひとりぼっちは嫌よッ!!!! 嫌、嫌、嫌嫌嫌嫌ァアッ!!!!」
喉がはち切れんばかりに叫ぶその姿は癇癪を起こす子供のように泣きじゃくっている。
「オパール聞いて! 私は」
しゃがみこんだオパールの足元で、黒い影のようなもの現れる。それは、彼女の周りをぐるぐると、まるでうねる波のように蠢く。
綺麗な髪を振り乱し、両手で顔を覆う。
「もう、友達でも家族でもなんでもいいの……わたくしを、ひとりにしないで、見捨てないで、置いて行かないで、側に……側にずっといて、ヒメル?」
手の隙間から見えた、涙で溢れた悲しげな目が私を捕らえる。それと同時に、彼女の周りの影がまるで刃物の様に襲いかかってきた。
ーーヤバイ、コレ避けられない!!
思わず目をぐっと強く閉じ、体をまるくした。
次の瞬間感じたのは、痛みではなく体が浮いたような浮遊感と"ダンッ! ダンッ!"と鼓膜が破れるかの様な銃声。
恐る恐る目を開くと、その目には私を抱え銃で影に立ち向かう隊長が見えた。銃を構えた腕からは、真っ赤な血がだらだらと流れている。
「お前ッ! あの厳つい海賊と戦った時の気合いをみせろよ!! あんなところで蹲るなんざぁ、そんなに死にてぇのかよッ!?」
私を抱えたまま、マストの裏まで逃げ込んだが影の攻撃は止まない。マストごと、真っ二つにされるのは時間の問題だ。
「ここに、さっきのゴーストを撃ったのと同じ弾があと一発だけある。これをあのゴーストに撃ち込めれば……」
「そんなのダメ!」
思わず怪我を負った腕を掴んでしまって、隊長は声にならない悲鳴を上げた。
やってしまった……とは思ったがココで私が手を離したら、きっとこの男はオパールをさっきの二人の様に撃つだろう。それが、一番の解決策だっていくら私でも解ってはいる。けど、そんな事をしたら自分が絶対に後悔するってこともわかっていた。
「友達に……なるって、言ったから」
「バカだろ、本当に友達になれると思ってんのか? アイツはもう、とっくの昔に死んでるんだぞ」
「精霊とだって友達になれたんだよ! だったら幽霊とだって友達になれる!!!!」
話の通じない私に苛立ったのか思いっきり頭を掻きむしったあと、何かを悟ったような顔をした。
「だったらお前はアイツに殺されると? そういうことか?」
「そんな訳ない!! 私はセレナイト様を幸せにするまでは絶対に死なない!!」
「だったら、どうすんだよ……もちろん、考えてから言ってるよな?」
考えてないなって許さないって顔に書いてある気がする。が、今回はめずらしく名案をついさっき思いついていた。あまりの自分の完璧な計画に思わず顔がにやける。
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あまりに傷つけられたマストから嫌な音が軋み出すがまだ倒れずに二人を隠す。
「その作戦に乗ってやるが、万が一俺が死んだらお前を俺が呪い殺してやるからなっ!!」
「大丈夫! 自信を持って行ってください!!」
その言葉とともにマストの裏から隊長が勢いよく飛び出し、それと同時に銃をオパールの足元に向かって撃つ。しかし、通常の銃ではあの影には無力のようで何の変化もなかった。
「クソッ……やっぱりダメか」
次の弾を込めようとした時、影がまるで大きな手のようにカルサイトを思いきり打ち払う。咄嗟に防御姿勢を取るもその勢いのまま船縁まで飛ばされた。
「あなたじゃない……ヒメル、ヒメル、わたくしが一緒にいて欲しいのはあなただけよ……ヒメル」
壊れた機械のように、ただただ姫琉の名前を口ずさむ。そして少女はマストの裏で一瞬だけはためいたピンク色のレースを見逃さなかった。
影は一斉にそのレースがあった場所に切り込む。
飛ばされたカルサイトが銃を構えると
「あなたはここで、大人しくしていていただきましょうか?」
先程までオパールの横にいたはずの幽霊メイドが突如目の前に現れた。
女の腕力とは思えない力で腕を取られ、あっという間に腕を背に向けられ拘束されてしまった。
「フ……フフ……フハハハァ!!!! こいつは傑作だ!!!!」
どう見ても圧倒的に不利なのに、気でも狂ったのか、大きな声でカルサイトは笑い出す。
そしてその大きな笑いを打ち消すかのように、マストが倒れ耳を塞ぎたくなる轟音と共に土煙が甲板に立ち込める。砂嵐かのように視界を奪われる。
「大丈夫だよ、一人ぼっちになんてしないから」
土煙の中に小さな影がひとつ。
いや、ふたつの影が重なって少しだけ大きな影がひとつあった。
土煙が収まれば、そこには私の膝で倒れているオパールの姿があった。
20.12.4サブタイトルを変えました。




