36話:姫琉と友達の定義
食堂を飛び出すと薄暗い通路に出た。
「と、とにかくこの船から逃げ出さなきゃ!!」
開きっぱなしの扉の向こうで、優しい笑みを浮かべるオパールは「大丈夫、そんなに苦しませたりはしないわ。ほんの一瞬よ?」と子供に言い聞かせるような、優しい声をかけてくる。
「そ、そういう……問題じゃっ、ない!!」
オパールには私の言葉が理解できないらしく、きょとんと首を傾げる。そうこうしていると先程の幽霊メイド二人までもが通路に現れ、襲いかかってくる。体制をグッと低くし、縄を何とか潜り抜けた。
「あぁ〜!! もうっなんで!!」
──なんでわかってくれないの!!
そう言いたかった言葉を飲み込み、薄暗い通路を甲板目指して走る。
私一人じゃ到底敵いっこない。だが、甲板にまで出れば隊長がいるはずだ! いくら船酔いでダウンしているとはいえ、いないよりはマシな気がする。あとはボートでも奪って、とにかくこの幽霊船から逃げなくては、このままでは……。
考えただけで背筋がゾクっとする。梯子を一つ上がり、あともう一つの梯子を上がれば外の甲板に出れるというところで、“バタンッ!”という音とともに通路の左右にある扉が次々に開いていく。中からは、船乗りの格好をした骸骨たちが次々に現れた。
「もぅ〜ッ!! い〜〜や〜〜ぁ〜〜!!!!」
恐怖で、もたつく足で懸命に通路を走る。走る。とにかく走る。
骸骨たちは一斉に狭い通路に出てきたことが仇となったのか、身動きが取れないようだ。
ひぃひぃ、悲鳴を上げながら最後の梯子を登りきると格子蓋を閉め、近くにあった樽を上に乗せた。こうすれば時間稼ぎぐらいにはなるだろう。
──逃げ切った!
そう思い緊張の糸が弛み、その場にしゃがみ息を整える。
「そんなに嫌がられては、わたくし傷ついてしまいますわ」
その声に驚き勢いよく後ろを振り返るが、しかし時既に遅く、左右にいた幽霊メイドにあっという間に縄でグルグル巻きにされてしまう。
「海で亡くなれば、わたくしと同じゴーストになれますわ。それで、わたくしたちずっと一緒にいられますわ。この幽霊船で世界が終わるその時まで、ずっと一緒に……」
素敵でしょ? と頬を紅潮させて、熱をおびた目は虚ろである。……はっきり言ってしまえばヤバイ顔をしている。こういうキャラを"ヤンデレ"というのだろう。
「ずっと、一緒にいることが友達だとは思わない……」
「そんなことないわ。一緒に同じものを見て、同じ事を経験して、それって素晴らしいと思わない?」
「思わない!」食い気味でソレを否定をする。
確かに私も瑠璃ちゃんとよく一緒にいた。学校ではご飯の時も一緒だったし、帰りもよく一緒に帰ったりした。お休みの日にはよく一緒に出かけたりもした。
だがしかし! 四六時中ベッタリだったわけじゃない!!
部活は別々だったから、帰りも毎日一緒だったわけじゃない。お休みの日も必ず出かけていたわけではなかった。さらに言えば、瑠璃ちゃんはLIMEなどのトークアプリを嫌っていたので話すのは学校くらいだった。それでも、一番大切な友達だと言い切れる。
「それに……」
一瞬、言っていいか考えて……考えて……。
「朝から晩までずっと一緒とか、友達じゃなくて、それはもう家族では?」
……考えてストレートに言ってしまった。
「オパール。あなたが本当に欲しいものは“友達”ではなく、家族じゃないの?」
「か……ぞく?」
考えても見なかったらしく、目を点にして固まっている。
「私はあなたの“友達”にはなれるかもしれないけど、あなたの“家族”にはなれない」
「いえ……いえ、いえ、いえそんなことないわ! わたくしはお友達が欲しいのよ!? わたくしと同じような、お友達が!!」
「……友達って自分とは違うから、一緒にいて楽しいって思うんだよ? きっと」
大切な親友を思い浮かべたら思わず笑みが溢れてしまう。
自分とは、見た目が全く違うから。
自分では、考えられないような事を言ってくれるから。
自分の世界を広げてくれるから。
私とは、こんなにも違うから大切だと思うんだ。
「私とオパールはこんなに違うから……違うからこそ、きっといい友達になれると思うよ?」
今の言葉は嘘ではない。
目の前の私とは全く違う幽霊のお嬢様。
見た目も生きていた世界も、何なら幽霊と人間というだけでも大きく違う。
違うってことはそれだけ、理解できないこともあるってことで。それでもお互いに理解して理解されて歩み寄ることができたらそれは、友達だと思う。
「…………少なくとも私は……。そう思うよ」
「本当に……? 幽霊でも友達になって」
やっとオパールに私の声が届いたと思った時だった。
「騙されてはいけませんお嬢様。そのように信じて今まで何度裏切られたんですか?」
オパールの言葉を遮るように幽霊メイドが彼女の顔に優しく触れる。
二人の額が軽く触れ合うくらいに近くに顔がある。幽霊メイドはそのまま言葉を続ける。
「実の母親には捨てられ、父親には愛されず、迎えに来ると約束した最愛の兄さえ迎えには来なかったではないですか? そんなあなたに本当に友達ができるとでも?」
その言葉は、ねっとりと肌にまとわりつくような悪意の塊のような嫌な言い方だ。自分が言われているわけでもないのにその言い方に腹が立つ。
「アンタ何言ってッ!!」
言いかけたところで他の幽霊メイド二人に思いっきり上から地面に向かって押しつぶされる。
「う……ぁ、ああ!!」
幽霊自体に重さなんてないのかもしれないが、頭から指の先まで動かせない重さと痛みを感じて言葉にならない悲鳴が漏れる。
「彼女も幽霊になれば、あなた様を裏切ったりはしないでしょう? さぁ……ひと想いに」
「裏切らない……? 誰もわたくしを、一人に、しない……?」
「ええ、そうすればあなたは一人ぼっちじゃなくなりますよ」
あのクソ幽霊メイドを思いっきり怒鳴り散らして、蹴り飛ばしてやりたいと思うも、拘束された体はピクリとも動かない。このまま死ぬしかないのか、と諦めかけていたその時、二つの銃声が甲板に鳴り響いた。
24.4.19修正




