34話:姫琉とオパール
幽霊メイドに連れられて着いたのは、長いテーブルに美味しそうな料理が並ぶ食堂だった。
そして、テーブルの奥には清楚な白いドレスを着た"透けた"女の子が座っていた。
「フフ……どうぞ、お座りになって? 貴女のために用意させたのよ」
すると幽霊メイドが彼女の向かいの椅子をひく。
──ここに座れってことだろうな……。
本当は幽霊と食事を囲むなんて嫌だったが、隊長もいないこの状況では、大人しくしているのが賢明だと判断した。
座ると目の前には、絢爛豪華な食事がテーブルいっぱいに広がっていた。
「──ごくり」
いやいやいや! 幽霊船でのんびりご飯とか食べてる場合じゃないですし!!
──早く船に帰してほしいって、伝えなくちゃ……。
だがしかし、目の前には美味しそうな料理が。ここ最近、干した肉や海鳥なんかを食べてきたが、今目の前に並ぶのはそれはそれは美味しそうな魚料理だった。
『肉派? 魚派?』と聞かれれば、まごうことなき肉派だが、それはそれ。美味しいお魚だって好きである。特にお寿司が好き。マグロ、カンパチ、ぶりetc……。さすがに、お寿司は並んでいないが思い出しただけで口の中はお魚モードである。
「ウフフ……そんなに警戒しなくても毒なんて入っていませんわ。せっかく用意させたのだから冷める前に召し上がってくださいな」
ニコニコと笑う少女は顔立ちにあどけなさが残っている。きっと同い年くらいだろう。
──身長や……むねのサイズは…………うん。
どちらも私より大きかった。
「じゃあ、遠慮なく……いただきます」
目の前の誘惑には勝てず、恐る恐る口に魚のソテーを運ぶ。
「ん〜! 美味しい!!」
口に含んだ瞬間にバターのいい香りがして、噛んだらお魚の味がバターと一緒に口に広がる。ちょっとお高めの洋食店で食べるようなリッチな味がした。
気がつけば、目の前にあった料理を一通り食べ尽くしていた。
ちょっと、食べすぎたかも……。
「ウフフ……本当に美味しそうにお食べになりますのね? ご満足いただけたようで何よりですわ」
その言葉に、ふと我に返る。
「え〜っと、その、ごちそうさまでした。大変素晴らしい料理でした……です」
目の前に座る少女は変わらずニコニコとこちらを見てくる。
その笑顔から目を背けることができない。
「気に入っていただけたなら嬉しいわ」
「そういえば、隊長。いや、一緒にいた連れはどうしました?」
少女はキョトンと首を横に傾げると、幽霊メイドが耳打ちをする。
「あー……あの溺れていた男の方ね、彼なら甲板で横になっているそうよ? 船酔いですってね、海で溺れて、さらに船酔いですって? お可哀想に……」
幽霊にさえ同情されている隊長にさらに同情する。
──船、苦手だって言ってたっけ? それにどうやら海に溺れたっぽいから余計、具合が悪かったのかな……ん? ってことは、この人たちは溺れていた隊長を助けてくれたのかな?
恐る恐る尋ねてみる。
「もしかして〜……溺れていた隊長を救ってくれたのはあなた……ですか?」
「いやですわ、あなたなんて他人行儀な呼び方」
頬を膨らませて怒る顔は、やはりどこか幼い。
「そういえば自己紹介をしていませんでしたわね。わたくしは“オパール”と申します。この幽霊船、“ルナマリア号”の船長をさせていただいていますわ」
メイドが椅子をひくと立ち上がり、ドレスをちょんっとつまみ上げ、足を一歩引き軽くお辞儀をした。
それを見た私も同じように椅子から立ちお辞儀をする。
「私はヒメルって言います」
「そう! ヒメルさんとおっしゃるのね?」
弾むような声でいう彼女の白い頬がほんのりピンク色に染まる。
「あ、あのねヒメルさん…………わたくしとお友達になっていただけませんか?」
恥じらうように聞いてきたその様子があまりに可愛くて、思わず
「私でよければよろこんで」
なんて言ってしまった。
人は空腹でも判断を間違えるが、満腹すぎても判断能力が鈍るらしい。私はあとで、この判断を大いに後悔する。




