33話:姫琉と手紙
ーーーーーーーーーー
「あら? ……なぁに、それ?」
鈴を転がすような、可愛らし声が幽霊船の甲板に響く。
たくさんのスケルトンの中に、清楚な白いドレスを着た少女がひとり佇んでいた。しかし、この少女もこの世のモノではないらしくうっすらと透けている。そんな彼女がそれを見下ろす。
スケルトンの一匹が縄に掴まり、海へと落ちたカルサイトを幽霊船の甲板に引き上げていた。頭の先から足の先まで海水に浸かったため、すっかりビショビショ。気を失ってはいたが、幸いにも息はしているようだった。
「えぇ、えぇ……そうよね。海で死なれてわたくし達の仲間になっても困ってしまうわね、よくやってくれたわ」
スケルトンの口は全く動いていないのに、彼女は普通に会話をする。
「お客様が増えてしまうけど、まぁ……いいでしょう」
すると、彼女は自分のドレスをちょんっとつまみ上げ、足を一歩引き軽くお辞儀をした。
目の前には、溺れて気を失ったカルサイト。そして、同じく気を失っている姫琉。
「ようこそ、お客様。終わりなき幽霊船“ルナマリア号”へ
貴方達の乗船を心より歓迎いたしますわ……フフ…………」
幽霊船はまた、深い霧の中へと消えていく。
夜の海には、一つ海賊船が残された。
ーーーーーーーーーー
目を覚ますと薄暗い中で木の天井が目に入る。
なぜだか、ふかふかのベットに寝かされていたようだ。あまりの布団の心地よさに、目だけを動かし、辺りの状況を確認する。ベットの周りは、ぐるりと厚手のカーテンの様なもので遮られている。カーテンの隙間からわずかに光が射し込む。そして何故か枕元には、愛らしいテディベアがこちらをつぶらな瞳でみている。
生憎だが、私にこういう少女趣味はない!
可愛いものは好きだが、"可愛いらしい人"が"可愛らしいモノ"を愛でる事に可愛らしさを感じるのだ!
えっ……わからない?
テディベア単品より、テディベアを抱き締めてるアルカナの方が好みって事。でも、可愛らしい人は単品で充分に尊いけどね!
寝ぼけていた頭がすこしづつ働きはじめて気が付く。
「……? あれ、私……船で骸骨に追い回されて……」
幽霊船から現れた骸骨に追われて、船長室に逃げ込んだとこまでは覚えている。
それで、静かになったので船長室から出たところで記憶がない。
久々のふかふかお布団にいつまでも埋もれていたい気もするが………。
「ふかふかお布団……」
冬の朝のお布団ばりに後ろ髪を引かれつつベットから出た。
部屋はランプの光でうっすら明るかった。
「よぉ、やっとお目覚めかよ」
「あれ、隊長?」
ドアの近くの壁際で椅子に足を組んで座っているのは隊長だった。ただ、いつもの格好とは違い船乗りのような服を着ているが……。
「なんですかその格好~、似合わなーい」あまりに似合っていない不格好な姿を笑っていたら、何故か思いっきり顔面を鷲掴みにされた。
「ぼ、暴力はんたい〜……」
「一体誰のせいでこんな事になったと思ってるんだ……なぁ〜!」
ーーあっヤバイ。本気で怒って、る……?
「そういえば、ここってどこです? 骸骨は? 幽霊船は?」
掴んでいた手を離すと腕を組み深いため息をはく。
「ここが、その幽霊船だっ! 俺達は幽霊船に閉じ込められたんだよ!!」
「…………………………………………………………………マジ?」
想定外の……いや、実は少しばかりそんな気はしていたが、マジ?
まさか、幽霊船に閉じ込められるとか、この事態が想定外だわ……。
「逃げ出そうにもこの部屋には外から鍵がかかってるらしく、出られねぇし。そもそも窓から見た感じじゃ近くにおっさんの船も見当たらねぇ……現状打つ手なしだ」
「船!? いないの!!? じゃあどうやってエルフの国に行くんですか!?」
「バカか! エルフの国どころか、生きてこの船を出られるかもわからねぇんだッ! そんな先の心配より、今! ここから無事に出られるかを考えるべきだろうがッ!!」
「そんなぁ……」
絶望のあまりベットに座り込んでしまう。
ーーいやいやいや……私、まだ推しにも会ってないのに“また”死んじゃうの? せっかくゲームの世界に転生したのにこんなのあんまりでしょ? 神様は私のこと嫌いですか? だったらあのまま、私を死なせてくれればよかったのに……。
「瑠璃ちゃん…」
あまりのショックに、もう会えないであろう親友の名前を口に出す。
「誰だそれ……?」
「私の、たった一人の……親友……」
瑠璃ちゃんは、私にとっての憧れそのものだった。その美しい見た目も勿論だが、何をしても完璧にこなしてしまう才能に、全ての人を魅了するカリスマ性に。
そんな彼女が私のことを好きと言ってくれる、大切な友達と言ってくれる、必要と言ってくれるだけで、“空っぽな自分”にも価値があるような気がした。
私にとっての全て……。
カルサイトはそれ以上、何も聞いてこなかった。
私は、ふと取り憑かれたかのように机に備えられたペンと紙で手紙を綴る。
この手紙をもし瑠璃ちゃんが読んだらどんな顔をするかを想像しながら。
きっと『姫琉らしいわ』と少し困った顔で笑ってくれるだろう。
そんな彼女を想像しながら書いた手紙を落ちていた瓶につめ、窓から海へ投げ落とした。
こんなことをして、何になるわけではなんとなく心が落ち着く。
心の平穏を取り戻し机から離れると、椅子に突っ伏して口に手は当て真っ青な顔をした隊長が!?
「も……もう……だめ……だ、我慢できねぇ……!!!!」
カルサイトが眉間に深い皺を寄せながら顔で言う。
いやいやいや! これ、絶対船酔いだよね!! 吐く気だよね!!
「やめて下さいよ!! こんなところで!!!」
こんな閉じ込められた空間でそんなことされてたまるかぁああ!!
「い、いや、これ……うっぷ……げ、げんか……」
今まさに口から何かが込み上げそうになっている瞬間だった。
“ギィィ……”錆びついた金属音と共に閉じられた扉が開く。
扉の前には黒の古風なメイド服を着た女性が三人立っていた。
彼女たちの体はうっすらと透けていて、肌は真っ白。全身からこの世のものではないオーラが出ていた。
うわぁ〜本物の幽霊……!?
恐怖感覚が麻痺しているの、今それどころじゃないからか、それ以上の感想は特に出なかった。
そのうちの一人が今にも吐き出しそうなカルサイトを鋭い目でジロリと見下す。
「このお客様を甲板お運びしなさい」
その言葉と共にどこからともなく骸骨が現れ、隊長を担いで行ってしまった。
とりあえず、大惨事はまぬがれたようだ。
「では、お嬢様は御召し替えをしていただきます」
「へ……?」
その言葉と共に、なす術なく服を脱がされ着替えさせられた。着付けが終わり、くすんでヒビが入った鏡に映った私は、ヒラヒラのレースいっぱいの薄いピンク色のドレスに着替えさせられていた……。
「絶望的に、に……似合わない……」
先程、隊長を睨んでいたメイドが着せ替えた私を見て、口元に手を当て何か考え込んでいる。
「……少し、胸のところに詰め物を入れた方がいいでしょうか?」
「しっ失礼な!!!!」
そんなに……そんなにないわけじゃないもん……。
心に大きなダメージを負った。
姫琉の設定では、バストはBカップ。
ないわけではない。
21.5.5修正しました




