30話:姫琉と修羅場
ギン兄を急いで追いかけて入った船長室は、すでに修羅場だった。
中央にあったハズの机は投げ倒されていて、顔を殴られたんだろうタンビュラが、床に倒れて起きあがろうと上半身を起こしたところだった。
さらにタンビュラを殴ったであろうギン兄は、隊長によって両腕を後ろにされ拘束されている。
──あぁ……遅かったか……。
できる事ならこのままそっと扉を閉めてしまいたかったが、そうもいかない。
──だって、どう考えても原因は私ですからッ!!
「隊長ッ! 離してくれっすね!! オレはこいつを血祭りにでもしないと気が済まないんすよッ!!」
そう叫ぶギン兄がタンビュラを物凄い形相で睨む。
そんなギン兄の意見は聞き入れられるはずもない。拘束した手を隊長が緩めることはなかった。
「ッ……このバカがッ! ちったぁ頭を冷やせよ!! このおっさんがいなかったら、こんな海の真ん中で何かあった時どうする気だ! それにアイツの希望通りに、エルフの国に行くって話だって言っただろッ!!」
「そんなの……そんなの関係ないっすね! あの男はまた、ヒメルを傷つけようとしたんっすね! そんなの、そんなの許せる訳ないじゃないっすか!!」
拘束を解こうと暴れるギン兄の頭を空いていたもう片方の腕で、思いっきり床に叩きつけた。
「ッ……───」
「ハァ、ハァ……この馬鹿はッ! 本当に聞き分けがねぇガキだな……ハァ……」
ギン兄の背に馬乗りに押さえ込む隊長。
床に頭を打ちつけたギン兄はそのまま気を失ってしまったようで、ぐったりと床に倒れた。
──いや、本当にさっきのはなんともなかったんで……。全然気にもしてないから私!
言おうと口を開くも、目の前で繰り広げられた乱闘の衝撃に、池の鯉のように口をパクパクしているだけになっている。
「……オイお前、そこの壁にある縄とってくれ」
「へ、あっ、はい!」
壁に掛けられていた幾重にかに巻かれたロープを手渡した。そのロープでギン兄の両腕を後ろにきつく縛る。
「いや……隊長? そこまでやらなくても……」
やりすぎだ。そう言いたかったが隊長の苦しそうな険しい横顔を見たら、それ以上何も言えなかった。
「隊長さん、アンタも馬鹿な部下ばっかりだと苦労するなァ……」
殴られたところを片手で軽く撫でながら、おっさんが嫌味ったらしく言った。
「……船長を、置いて逃げるような部下よりはマシだよ」
力ない声で、振り返ることもせず答える。
小脇に気を失ったギン兄を抱えあげ、船長室を出ようとした隊長について行こうとしたら「アンタは来なくていい」と冷たく返された。
そう言われたら、ついて行く訳にはいかず、船長室におっさんと二人残されてしまった。
「あの坊主は、なんでアンタに掴みかかったんだって、すごい剣幕で乗り込んできやがった。隊長さんの制止を振り切って、俺様に殴りかかってたんだぜ。よっぽど嬢ちゃんのことが好きなんだなァ、くく……いやァ〜若いっていいねぇ〜」
その含みがある、いやらしい言い方に腹が煮えくり返りそうだった。
──いや待て! ここで私までキレてどうする!?
ここにいても腹が立つだけなので、甲板に出ようとした時だった。
船首の方から、ウッドマンさんのなんとも間抜けな悲鳴が聞こえてきた。
「でっ、で……!! ゆ、ゆゆっ幽霊船である!!!!」
その叫び声を聞くと、扉の前にいた私を押し除けおっさんが甲板に飛び出した。
「ついに、見つけた……」
ダンビュラに続いて甲板にでた私の目に映ったのは、霧深い海に浮かぶ大きな古びた船だった。
区切りが良かったので、ちょっと短めになってしまった。
20.11.18修正+加筆
21.7.16修正
24.4.19修正




