29話:姫琉と魔力
「はいそうです船長、私たちはエルフの国アールヴヘイムへ行きたいと思っています。その為に立ち寄った港で、その為に奪った船です……」
気持ちも、感情もこもっていない声で淡々と答える。
その反応がお気に召さなかったのか、手枷をはめられたその両手で私の両肩を掴み、宙吊りにした。タンビュラはさらに声を張り上げ「無駄だ」なんだと怒鳴りつける。その憤怒の表情に一瞬怯むがここで引くわけにはいかない。
「私は、エルフの国に行くんだ……。推しを……大好きな人を守りたいから! ここで引き返すわけにはいかないんだっ!!」
タンビュラに負けない程の大きな声で言い返した。
──い、言ってやってしまった……。
怒鳴りきってから自分のした行動に寒気が走る。面を上げることができない。
このアルカナがいない状態で、この人と戦っても私に勝てる見込みなんてない。このまま、この夜の海に落とされでもしたらそれだけで死んでしまうだろう。
「チッ…………そうかよ……」
両肩を掴んでいたその手を離され、お尻から勢いよく落ちた。
「ぐはっ……」
ウッドマンさんを下敷きにして。
それ以上は何も言わずおっさんは踵を返し、船長室に戻っていった。
「??? ……なんだったの?」
殴られるとばかり思っていたので、あっさりと手を離したタンビュラに驚くばかりだった。
「ひ……ヒメル殿、どいて欲しいのである……」
「あ……」
急いでウッドマンの上から退くと、ヨロヨロと立ち上がり体についた汚れを叩いていた。
私のせいではないが思いっきり潰してしまったことに一応謝っておいた。それに対してウッドマンさんは「気にしないでいいのである」と言ってくれた。
「それよりヒメル殿達は、エ、エルフの国に向かっているのであるか……?」
動揺を隠しきれてないウッドマンさんの声は、僅かに震えていた。
バレてしまったので隠していても仕方ない。ここで全てを打ち明けることにした。
この先起こるであろうこと。
助けたい人がいること。
私が別の世界からきたことも……。
笑われても、正気を疑われても仕方ないようなことを話している自覚が自分にもあった。それなのにウッドマンさんは真剣に話を聞いてくれた。聞き終わると何かをブツブツと小さな声でつぶやいている。何を言っているかは聞こえなかったが。
「今の話が本当なら、気になる事がたくさんあるであるが、一番気になるのはその鎮守祭で起こる、大量に発生する魔物であるな」
「なんでです……?」
「魔力枯渇による魔物化が原因ではない以上、それが起こる別の明確な起因がどこかにあると考えるべきである」
「起因……?」
「簡単に言えば、物事の原因のことである。問題が起きるなら、その原因が目に見えなくても、必ずどこかにあるのである。たとえば、グラスに水を注いだときに水が漏れたとするである。その原因はグラスにヒビが入っていたからであり、さらに言えば誰かがグラスに何かしらの衝撃を与えたから、結果としてグラスにヒビが入り、水が溢れたのである」
「わかるような……わからないような?」
「何もしていないグラスが割れないように、何もしていない状態で、突然世界的に精霊が魔物化することはないのである。どこかでグラスにヒビが入るようなことがあったと考えるべきである」
「な、なるほど?」
「どちらにせよ、その原因がわかればヒメル殿の願いも、吾輩の願いも叶うのである」
「えっ、ウッドマンさんのも!?」
『魔物化の原因がわかれば、それを解決してセレナイト様が死なない一番のハッピーエンドを迎えられるのでは?』とは、ウッドマンさんから昨日、話を聞いた時に考えていた。
でも、それがなぜウッドマンさんの願いに???
ちょっと考えひらめく。
「ま、まさか、ウッドマンさんも精霊を守る為に人間の皆殺しを検討していたとか……?」
「……そっ、そんな物騒なことを考えていたのであるか、ヒメル殿」
「え……違うんですか!?」
発言が過激だったのか、若干の距離を取られてしまった。
──あれー?
「違うのである。吾輩は、自分の研究の正しさを王立研究所の人間に認めさせたいのである!」
「あー……なるほど」
「それに、そうじゃないと吾輩は国に帰れないのである……とほほ」
納得した。魔物化の原因がわかれば、自分の研究が正しかったと大手を振って研究所に帰れるのだろう。
「だったら、ウッドマンさんも一緒に旅をしませんか?」
笑顔で尋ねてみる。
ウッドマンさんがいればきっと、今はわからない謎もそのうち解ける気がする。
セレナイト様を助ける為にも、自分自身の為にも全力で調べてくれるという確信があった。
「うむ、……考えておくのである」
やっぱりすぐには、返事はもらえないかぁ……。それでも、セレナイト様を救うためにぜひ彼の手を借りたいと、切に思うのであった。
「そう言えば! ウッドマンさんは魔力にも詳しいですか?」
「魔力は専門外ではあるが、精霊とは切っても離せないものであるからな、普通の人々よりは詳しいと思うのであるが、どうしてであるか?」
「……私、魔力があるかわからないんです。別の世界から来た私にも魔力ってありますか!?」
魔力があれば少しは、アルカナの負担を減らせるかもしれない。
それに、もしかしたら他にもできることが増えるかもしれない!
欲を言えば、チートな能力に目覚めて欲しいです!
「なるほど、ヒメル殿の世界には魔力という概念がなかったのであるか……。精霊も魔術も存在しない世界とはとても興味深いのである」
「そうですか……? 私には、この世界の方がよっぽど興味深いと思うけどな……」
精霊に、魔法に、魔物に、幽霊に、動く骸骨。それだけでもよっぽど不思議なものがたくさんある。それに比べて自分のいた世界はあまりに刺激がなく、退屈に思える。便利だけど。
「この世界の人間にとっては、精霊はなくてはならない存在である。ヒメル殿の話のように精霊が世界から消えてしまったら、人は生きてはいけないと吾輩は思うのである」
そんなことはないだろうと心の中で思っても、真剣な顔で答えるウッドマンさんにそんなことは言えなかった。
「では、魔力の説明をするのである。まず、魔力とは大地や人に流れるエネルギーのことである。これを物質やエネルギーに変換することに長けているのが精霊やエルフである」
「うんうん」
「人は生きているだけで、このエネルギーを作っているとされているのである。だからヒメル殿も知らず知らずのうちに魔力を体内に生成していると思うのである」
「じゃ、じゃあ! ぶっちゃけ私にも魔力があると?」
「作れる量には個人差があるであるが、少なくとも魔力はあると思うのである」
「やったぁ! じゃあ私も精霊石を使ったら精霊術を使えるってことだよね!!」
夢にまで見た、自分での魔法が使えるかもしれない事実にワクワクしてしまう。
「あ……でも、精霊石ってすっごく高いんだった。試しようがないや」
一番安くって金貨一枚って隊長に言われた事を思い出す。
考えないようにしていたが、今回の海賊船強奪作戦で一体いくらかかったんだろう……。
もう、人生お先真っ暗レベルの借金になっていたら、返済の手段がない。そこにさらに借金を重ねて精霊石を融通してもらう? ……いや、やめておいた方がいい。私の直感が叫ぶ。
「ヒメル殿両手を出すのである」
そう言われなんの疑問もなしに両手を差し出した。その両手にウッドマンさんの両手が添えられる。
「今からヒメル殿に吾輩の魔力を流すのである、感覚が掴めたら同じように魔力を吾輩に流して欲しいのである」
「は、はい?」よくわからなかったがとりあえず返事をする。やってみればきっとわかるだろう。少なくとも魔力に関してはウッドマンさんの方が詳しいのだから、全てを委ねる。
「では、いくのである」
するとウッドマンさんの手から温かい何かが体の中をゆっくりと巡ってくる。
例えるなら、真冬で体の芯まで冷めてる時に飲むホットココアの温もり。ゆっくりと体を暖かさが通ってくあんな感じだった。とっても心地よくふわふわとした気分だ。
「これが魔力である。自分の体の中にあるエネルギーを身体中に巡らせることが一番大事である」
確かに、温かい何かが自分の体の中をぐるぐると循環している気がする。
「これをもっと上達させると治癒魔術や、さらに応用して適性があれば聖魔術を使うことができるである」
ウッドマンさんの言葉に驚きを隠せない。
「聖魔術って、聖職者しか使えないんじゃないの!?」
「そんなことはないであるが、適性を持った人が単純に聖職者に多いだけでだと思うである」
また、新たな発見をしてしまった。
「頑張れば、私やギン兄やキン兄にも使うことができるってこと……?」
真っ直ぐ見つめた私から、少しだけ目を逸らせてそのまま黙り込んだ。
──これは……適性の望みがないってことかな?
目は口ほどにものを言うとはこのことだろう。
「と、ともかくヒメル殿も今のと同じように魔力を感じてこっちに流してみるである!」
明らかに話を逸らされたが、何はともあれ今は魔力を使えるようになることが大事だ!
さっき流れてきた感じを自分の中に探す。
その力を流すように……。
目を瞑り、自分にあるであろう魔力を探す。
“…………ドロ……”
一瞬自分の中で何かを見つけたような気がした。
何かを掴めそうになったその時だった。
「二人で手繋いで向かいあって……何やってるんすか?」
振り返ってみると訝しげな顔をしたギン兄がそこに立っていた。
「べ、べべ別に! 何もやましいことなんてないのである!! ヒメル殿に魔力の流れについて教えていただけなのである!!」
繋いでいた両手を離し、手をブンブンと横にふる。
──……その狼狽え方は逆に怪しまれるよ?
「ヒメル、そうなんすか?」
「うん、私も魔力が使えたらできることが増えるかなって思って」
「そんなことしなくても、ヒメルが危なくなったらオレが守ってやるっすね」
不貞腐れた子供のような可愛らしい表情をしていった。への字に曲げた口元から八重歯がチラっと見えてるところがポイント高い。
心の中で思わず親指を立ててグットポーズをしてしまう。
「そんなことより見張り、交代の時間っすよね。ちゃんと見張ってたっすか?」
「タンビュラ船長殿に邪魔されるまではちゃんとやってたである」
「あー……だからさっき何か怒鳴ってる声が聞こえたんすね?」
「エルフの国に行くことが気に食わなかったらしくて、ヒメル殿に掴みかかったのである。すぐに暴力で解決しようとするあたり、さすが海賊である……」
「なっ……! ヒメル怪我はないっすか!?」
勢いよく肩を掴まれる。
──ウッドマンさんめ、余計なことを。
「別になんともなかったから、気にしなくても大丈夫だよ。それに、普通立ち入り禁止の国に行きたいって言ったらそんなもんだよ。ウッドマンさんなんて聞いて気絶したくらいだから……」
大丈夫と言っても耳に入っていないのか、険しい表情のまま俯いている。
薄々、気づいてはいたが、ギン兄は少々過保護だ。初めてできた後輩の私が心配なのか、過度の心配をしてくる。怒ってくれるのはいいんだが、ここでおっさんと揉めてもいい事なんて何もない。
──とにかく私は、早くエルフの国に行きたいの!
でも、そんな思いは届かなかった。
「オレ……あのおっさんに文句言ってくる……」
その顔は今まで見たどの表情より静かで、初めてギン兄を怖いと思った。そして止める間もなくギン兄はズンズンと船長室に乗り込んでしまった。
「──本当に勘弁してぇ~……」
不穏な空気を感じ取ったのか、また霧が出始めた。先程まで、星が見えていた空には厚めの雲が覆い被さる……。
──これは、一波乱ありそうだよ……。
いつも読んでいただいてありがとうございます!
起因の例え話がアレでいいのかすっごく不安でしょうがないです。
ここの話を書いてる時、この話って書いてなかった!とか色々あったんですが
どこで入れるか検討します…。
次回もよろしくお願いします!!
感想・評価も待ってます!!
21.7.16 加筆修正
24.4.18加筆修正




