26話:姫琉とタンビュラ
「ヒメルぅ~♪ 言われた通り上手にできたよ~♪」
作戦が成功してアルカナが海から戻ってきた。
ヨロヨロと飛ぶ姿に、無理をさせてしまったといたく反省した。
──でも、おかげでうまくいった。大成功だ!
感謝を込めてアルカナをそっと両手に思わず頬ずりしてしまう。
「ありがとうアルカナ。おかげで、おっさんを倒せたよ、助かったよ」
「えへへ、ヒメルの役にたてたならよかったぁ♪」
あの時、私がアルカナにお願いしたのはおっさんがいる辺り全てを大量の水で閉じ込めること。
どんな屈強な敵でも人間であれば、水の中で息をすることはできないでしょ? 最後は溺れてしまう。
ただ、普通に水では閉じ込めただけだと、絶対にあの大剣で斬られてしまうと直感したので、回転を加えて剣を振れないようにしたのだ。
イメージは洗濯機の動き、アレである。
私がこんな作戦を思いついたのは、単に船を見てたら、昨日のウッドマンさんを思い出したからなんだけど。
すでに水球は消えていた。
水溜りができたその場所に、びしょ濡れのおっさんがぐったり倒れていた。
「死んじゃったの……?」
私は人を殺してしまったかもしれない、という恐怖で震える手をおっさんの口元に近づける。
生暖かく、不快な吐息が手に触れた。生きていたことに一安心したが、おっさんお息が触れたはスボンで念入りに拭っといた。
「なんだ、お前無事だったのか?」
聞き覚えのある声が聞こえ、振り向くと船の縁に隊長が立っていた。
「おッ! 本当に海賊倒したのか? しかも、コイツはあの時のヤバそうな海賊じゃねぇか、やるな」
倒れたおっさんを見下ろしながら軽く言ってくる。なんでもなかったかのような、その言い方が気に食わない。
──こっちは危うく真っ二つにされるとこだったんだよ! わかってんのか、このヤロウ!!
とりあえず隊長をポカポカと殴ってやった。
「全くッ! 今更来たって遅いよ!! 危うく死ぬところだったんだよっ!」
「そりゃ、すまなかったな」
「もー! 馬車と私どっちが大事なんですか!!」
『私と仕事どっちが大事なの!?』と聞く人みたいになってしまったと言ってから気付き恥ずかしくなる。
「……さぁ……どっちだろうな?」
隊長は眉を少し下げ、笑いながら言った。
これが乙女ゲームなら今のシーンはスチルがあったな。──と思うくらいカッコ良くって絵になっていた。思わず見惚れるが「いや、そこは人命を優先してくださいよっ!」と照れ隠しも含めて怒鳴ってしまう。なんだか顔が熱い気がする。隊長なんて全く好みじゃないのに……いや、っていうか急に暑くない……?
「俺だって自分の身を守ろうと、馬車を運んだんだぜ、街を見てみろよ」
そう言われ船から身を乗り出し港街を見る。
空には真っ黒い煙が立ち込めて、まだ昼間だというのにそれが太陽の光を遮っていた。
街は炎の海に包まれたいた。轟々と燃え広がる炎は黒々とした煙を不気味な程赤黒く照らした。
目の前の光景の衝撃に開いた口が塞がらない。
隊長はこの光景を気にもせず、甲板に落ちていたロープでおっさんを手際よくメインマストに縛り上げていた。
「えっ……! はえぇッ!? なんでッ、なにが!?!?!?」
目の前に広がる光景があまりに凄すぎて、語彙力がどっかに飛んでいっている。
隊長は港街に目を向けると、深いため息をついた。
「こうなるから、あいつらに爆薬持たせたくなかったんだよな……」
そういえば、ここにくるまでに結構な爆発音が聞こえたけど……まさかここまでとは……。
これは……いや、これを地獄絵図というのだと確信した。
「これって、ギン兄達大丈夫なの……?」
あまりの光景に巻き込まれたりしていないかという不安感が押し寄せる。
「おーい! 隊長ぉー! ヒメルー! 大丈夫なら板を下ろして欲しいっすね!」
「あと、馬車を括るロープも頼みますぜ!!」
船の下には、馬車と共に二人が煤まみれで立っていた。
……そして、キン兄の足元にはぐったりとしたウッドマンさんが。
あれ……生きてるよね? キン兄がめっちゃいい笑顔だから多分、ギリギリで生きてる……ハズ!
ともあれ皆が無事で一安心した。
皆と馬車を船に乗せ終わると、図ったかのようにマストに縛り上げられたおっさんが目を覚ます。自分の状況に一瞬目を丸くして驚いた顔をしたが、すぐに状況を理解したらしく、そのままの状態で話し始めた。
「まさか、こんなちんちくりんの嬢ちゃんに負けるとは年は取りたくねぇな……」
「ち……ちんちくりん!?」
そりゃ確かに平均身長より小さいけど! ひどくない!? あんまりじゃない!?
思わず頬を大きく膨らませた。
「アンタの仲間もこの“火事”で散り散りになっちまったぜ、おっさん」
「“火事”ねぇ……。俺様は“爆撃”かと思ったが、気のせいか? テメェら海賊よりよっぽどタチが悪いぜ」
「そりゃお褒めいたたき光栄だね、アンタらに比べれば俺たちのした事なんて可愛いもんさ」
男と男の腹の探り合い──とでもいうのだろうか、微妙な空気だ。
「とにかくアンタはそこのちんちくりんに負けたんだ、この船は俺たちが貰っていくぜ」
「ふん、テメェらみたいなひ弱な連中だけでこの船が動かせるかよ」
「そうだな、でもアンタも道連れになってもらうぜ! 船の操縦と航海は流石にベテランの船乗りがいた方がいいからな」
「ふ……フハハハハッ!!」
おっさんの嗄れた笑いが船に響き渡る。
「俺様がお前達に協力すると思ってんのか!! 寝言は寝てから言えよ小僧……」
「寝言じゃねぇよ……」
その隊長の表情を見るとそれが強がり出ないことが伺えた。
二人の会話に入る隙は私にはなく、ただ成り行きを見守ることしかできない。
でもおっさんが協力してくれるとは思えない。たとえ暴力で脅したとしても簡単に返り討ちに合いそうだ。それでも、隊長の目は本気だった。
「タンビュラ船長っておっさんの事だろ?」
名前を呼ばれた瞬間、ギロリと鋭い視線で隊長を睨む。
「火事から逃げようとするアンタの仲間が言ってたことを、たまたまうちの部下が聞いたんだよ」
「船長は“幽霊船”を待ってるから船から離れない気だって……」
「幽霊船!?」
あまりの衝撃に思わず叫んでしまった…。今更、口を押さえるが二人からの視線が怖い。
「そうっすね、確かに火事から逃げる海賊が言ってたっすよ。『船長はあそこから動かないから今のうちに宝を持って逃げよう』って……」
「……もしかして、マストの上にいたのは幽霊船を探していた、から……?」
マストの上から勢いよく降りてきたのは演出的なものかと思ったけど、違ったんだね。
「でもアンタの仲間は、幽霊船に怖気ずいてこの港街を根城にしたんだよな。……海賊のくせに海が怖いなんて笑っちまうぜ!」
「もし、その話が本当だったとして……どうだってんだ」
「否定はしないんだな、だったら話は早い。手伝ってやるよ、アンタの幽霊船探し」
「ぁあ……?」
「だからアンタの幽霊船探し手伝ってやるって言ったんだよ! 代わりにアンタは航海の手引きをコイツらにしてくれ。これでフェアな取引だろ?」
「テメェ……自分が何言ってるのかわかってんのか」
「そりゃ、もちろん」
呆れてしまった。
私も、もちろんだが明らかにおっさんの顔から毒気が抜けている。さすがは商人。力ではなく、相手の欲しいものを把握して交渉してくる。
でも……でも、幽霊船かぁ……。そんなの本当に存在するのかな………?
できたらお会いしたくない、と心の底から思った。
「わかった……。テメェの提案に乗ってやろうじゃねぇか。ただし、俺様を騙したならその罪はお前ら全員の首で抗って貰うからな。そのつもりでいろよ」
「よし、交渉成立だな」
私はエルフの国に行きたいだけなのに、なんで幽霊船なんて探すことに?
かくして、船は土の国を出港する。
エルフの国への旅路は前途多難である。
ひとまず一区切りつきました!
あえて章の名前をつけるなら“出発編“もしくは“土の国編”…?終了です!!!
予定通りなら次回番外編のあと、幽霊船編です。
どうぞ、これからもヒメル達の旅をよろしくお願いいたします。
20.11.7 誤字訂正
21.1.17 加筆修正
21.7.15 加筆
24.4.18加筆修正




