1話:姫琉と瑠璃
「私は絶望した!!!!」
「いや……ゲームで大袈裟でしょ? それよりしっかりテスト勉強したの?」
「うぐっ……!」
隣を歩く親友の『大丈夫か、こいつ』と言わんばかりの冷ややかな視線が私にグッサリと突き刺さる。
テスト期間前で授業が早く終わり、こうして仲良く(?)談笑しなが下校していたのだが“テスト勉強”という言葉を聞くと耳が痛い……。
確かに明日から中間試験が始まる。
でも、私は夏の終わりに発売されたゲームの事で、頭の中はいっぱいだった。
[エレメンタルオブファンタジー]
有名ゲーム会社が出している“エレメンタルオブシリーズ”といえば、ゲームをしない人でも聞いた事はあるんじゃないかと言うくらい人気のRPGだ!
もし自分の頭の中を見れたなら、ゲームが98%、残りがテスト勉強しなきゃなという罪悪感だ。
少しだけでもテストの事を考えただけ偉いと思う。
「大体、新学期が始まる時にゲームなんて発売したから」
勉強に手がつかなかったと、言おうとしたら友人から、じとっ……とした視線を向けられ、思わず言葉を飲み込んだ。
ゲームは発売初日に買いに行き、頑張ってプレイするもクリアするのに二ヶ月もかかってしまった。
結果、エンディングを観たのがまさに昨日の夜。
テストの二日前……いや日付が変わっていたから前日だったという話だ。
「でっでも! 授業はちゃんと受けてるから大丈夫だよ!」
ヘラヘラと笑っていると『しょうがないやつだ』という意味を含んでいるであろう呆れた目で見てくる。
「帰ったら……ノートくらい見返そうか……な?」
少し、少しだけやばいかなという気持ちになってきた。
だがしかし!!
このゲームクリア後の興奮を語らないと勉強どころではない!
気がつけば、またゲームの話を始めていた。
「でね、セレナイト様が本当に最高なんだよぉ! この子がラスボスなんだけどね」
自分のスマホの待ち受け画像を友人に見せた。
私のスマホは待ち受けが隠れないように、アイコンが最低限しかない。
ロック画面を解除すれば、すぐにセレナイト様の凛々しいお顔を拝顔する事が出来る。
画像を見せながら、友人に熱弁を奮った。
「絹のように美しい水色の髪に、憂を帯びた瞳。
精霊を守るという使命の下、ずっと一人で精霊を守ろうとする健気さ……。
思い出しただけで顔が熱くなるわ!!」
セレナイト様は私の最推しキャラだ。
推しとは、アイドル界隈で使われていた言葉らしいが今やアニメやゲームなどでも好いたキャラなどに使われている。
最推しとは、好きなキャラの中で、最も好きな人物の事を指す言葉。
私は、今回発売されたエレメンタルオブファンタジーで歴代シリーズの最推しがラスボスのセレナイト様になったのだ!!
推しの事を考えるだけで思わず頬が緩んでしまう。
うへへ……♪
「今の姫琉の顔にイラッとしたから、このまま置いて帰っちゃおうかしら」
ニッコリ笑ってはいるが、付き合いが長い私はわかる!
コレは、本当に置いていく気だ!!
慌てて、私は親友に抱きついた。
「うわーん! そんな事言わないでよ! こんなテスト前にこんな話聞いてくれるのは瑠璃ちゃんしかいないんだよー!! 私はセレナイト様の良さを、推しの良さを語りたいのぉおお!!」
「もう、朝からずっとその話聞かされてるんだけど……?」
そういうと深いため息をついた。
彼女の名前は彩瀬瑠璃。
私、白石姫琉の幼なじみ。
幼稚園から高校まで、ずっと一緒の大親友……………だと思ってる。
「だって! だって! 誰も聞いてくれないんだもん! こんなにいい作品なのに周りでやってる子はいないし……。瑠璃ちゃんもやろうよ〜」
「興味ないわ」
「瑠璃ちゃん辛辣ぅ、ほんとにいい作品なんだよ〜……」
このゲームは、精霊と人間との世界を巡る戦いを描いている。
グラフィック・戦闘システム・豪華声優陣・主題歌など何処を取っても凄いゲームなのだが、一番の魅力はキャラクターである! イラストは歴代シリーズからキャラクターデザインをされている大先生が描かれているので文句なし!!
主人公は、英雄に憧れ騎士を目指す少年。
ヒロインは、人々に“光の神子”として崇められる少女。
そして、私の最推しでラスボスでエルフの少女“精霊の神子”【セレナイト・テオ】。
見た目もいいんだけど、ヒロインの女の子と対局の位置にいるのがまた、たまらない……。
「テスト勉強をしなければとわかっていても、後少しでエンディングが見れると思ったら止まらなくって……。だって! 物語の中盤で、エルフだったセレナイト様まで魔物化が始まっちゃうんだよ!? 個人的には、セレナイト様に助かってほしいという淡い期待を込めてプレイしてたんだけど、結局完璧な魔物へと変貌してしまった彼女との最終決戦。主人公の剣でその命を散らしてしまうんだよぉおおぅ」
親友の視線どころか、すれ違う人達がチラチラ見てくるが気にしない。
「そんな彼女が最後に言った言葉がもう最高でね!!!! 『私も……いきて……いたかっ……た』ってそこで始めて自分の気持ちを口にするんだよぉおおお!!」
自分でもちょっとだけ、気持ち悪いかなとは思いつつも、鼻息荒く語ってしまう。
「セレナイト様、可哀想じゃん!! 彼女に、選択の余地なんてないんだよ! 精霊が見えたばかりに、精霊の神子として選ばれて『精霊を守れ』って言われたのに、精霊が魔物化するから邪魔って言って殺されちゃうんだよ!! 酷い、酷すぎるよね!!」
熱弁を振るう私なんてどこ吹く風と、瑠璃ちゃんは、秋の高い空を見つめて言った。
「今日は風が強くて嫌になるわね……」
確かに今日は風が強い。
それに、この辺りは駅に近いので商業ビルが多い。
その所為でビル風も加わり更に強めの風が吹いてくる。
油断しているとスカートがあられもないことになりそうだ。
「姫琉のその好きな物に一途なところは好きよ?
でもその話続けたいなら、駅前のマスドでドーナッツ位奢ってくれるわよね」
と瑠璃ちゃんがニッコリ私に微笑んだ。
一笑千金とはこういうのを言うんだろうな……。
幼児体型で癖っ毛な私とは対照的に、彼女は背はスラッと高く、腰くらいまであるサラサラ直毛の黒髪、そして何より美人である。
こうしてみると、セレナイト様って瑠璃ちゃんに似てるかも。まぁセレナイト様は、微笑んだりしないけどね。
とりあえず、まだ私のオタクトークに付き合ってくれる瑠璃ちゃんに感謝して
「マスドでもなんでも奢らせていただきます! だから、今日は語らせてください!」
「仕方ないから、語らせてあげるわ。でもテスト勉強も一緒にするわよ?」
「りょうかーい! なんだかんだで瑠璃ちゃん優しい大好き!」
ルンルン気分で駅前に向かおうとしたその時だった。
“ビュューーーン!”
巻きあげるような突風が起きた。
その瞬間、自分達の頭上から嫌な金属音が聞こえ、視線を向けた。
ビルの上から錆びた鉄の板が私たちに目掛けて落ちてきたのが見えた。
“ドンッ!!”
頭で考えるより先に体が動いた。
隣にいた大好きな親友を鉄の板の向こう側に突き飛ばしていた。
一瞬の事だっただろうけど、その瞬間は、とてもゆっくりで、突き飛ばされた瑠璃ちゃんの驚いた顔がしっかりと見えた。そして、自分に落下してくる鉄の板が……。
あぁ……これ死んだな。
やりたい事もまだまだいっぱいあったのに。
でも……。
「姫琉ッ!!!!」
叫ぶ瑠璃ちゃんの声が聞こえた。
もし神様がいるのなら、私の大好きな人が無事でありますように。
そんな事を思いながら私の目の前は真っ暗になった。
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「……け……」
?
「……たす……け…………」
声が聞こえる?
私、死んだんじゃ?
ゆっくりと目を開くと真っ白な光が私を包んだ。
20.11.2大幅に変更しました。
20.11.8誤字訂正、若干加筆
20.12.8加筆修正
21.5.10修正しました。