83.5話:ウッドマンと爆弾
船に忍び込んだウッドマンさんのお話。
「ヒメルのところに帰るね♪」
アルカナ殿が船を後にすると、自分ひとりになった。
船首の方ではタンビュラとインカローズが激しい戦いを繰り広げて激しい音が聞こえてくる。
あんな苛烈な戦いに巻き込まれては、戦う術のない自分は確実に死ぬ。見つからないうちにと、慌てて船内へと逃げ込んだ。
船内に人の気配は……ない。
海賊がいたらどうしようと、内心ビクビクしていたのでほっと胸を撫で下ろした。
「でも火の国の兵達もいないのは、どう言う事なのであるか……?」
不思議に思いつつ、とにかく船底を目指して階段を降りていった。
「うまく……いけばいいのであるが……」
手に握られた魔方陣が描かれた布に思わず力が入る。なぜなら自分はこれからこの船を沈めてしまうつもりだからだ。この魔方陣は、なんと水の精霊石がなくても、魔力を与えるだけ【水を生成できる】というものだ。
以前、砂漠にて遭難した際に、またこんなことが起こるかもしれないと作ったものであるが……実はとんでもない失敗作だった。
これは空気中にある見えない水分を集めるものだ。水が少ない砂漠などで使えば問題ないが、これを水辺の近くで使うと、空気中どころか近場のあらゆる所から水を召喚してしまう欠陥魔方陣だった。
いつか改良しようと持ち歩いていたが、これを船底で起動させれば、外に流れる川の水を船底に再生成するだろう。
──キン殿なら『爆破してしまえばいいのでは?』と言いそうではあるが、さすがにこれだけ人や船が集まっている場所でそれは危険なのである。
水なら沈むまでの間に脱出できるだろうし、すぐそこに陸があるのでそこまでひどい被害にはならないと踏んだのだが……。
「どどどッ……どうして! こここ、こんな事に、こんなものがあるのであああるか……!!?」
船底にたどり着くとそこには人ひとりが入る程の大きさの箱があり、描かれた魔方陣を見ればそれがなんなのかすぐにわかった。
「ばッ、爆弾なのであるッ……!?」
自分の目の前の状況に理解が追い付かない。
以前は牢と物置と化していたこの場所だったが、ごちゃごちゃとあった荷物は全てなく、代わりに置かれていたのは、四方の面に魔方陣が描きこまれた大きな箱だ。上部には火の精霊石が埋め込まれていて魔力が込められ淡く光っていた。
ゴクリと喉がなる。
爆弾に刺激を与えないように、描かれた魔方陣を読み取っていった。
発火、増幅の陣など複雑な組み合わせで色々描かれていた。
「こ、これは……吾輩の手にはおえないのである!」
読み解く事は出来ても作り変えるなんて出来ない。
「こういうのはランショウの方が向いているのである……」
自分は精霊を中心に魔力の流れの研究を行っていた。必要に迫られいくつか魔方陣の開発をしたが、正確にいえば魔方陣についてはそこまで詳しくない。最低限の基礎知識くらいなものだ。
この手の事は自分よりランショウの方が詳しい。
幼い頃、同じ師匠の元で学んだはずなのにランショウは自分よりも優秀であった。普通の魔導具なら見ただけで同じ物を難なく組み上げていった。
──ああいうのを天才というのだろう。
しかし当人が『普通のものなんてつまらん』と、奇天烈な発明ばかりしているので、周囲からは【迷惑な変人】としか思われていないが。
設置されてる爆弾は幸い(?)な事に時限式ではなく遠隔術式のものだ。
誰かが持っている術式を起動しない限り爆発することはない。仕掛けたのが海賊であれ、火の国であれ、どちらのトップも船にいる状態で、この大きな爆弾を爆発させる事はないだろう。
とにかく、自分に今できることは急いで船から脱出する事だけである。
「何やってるんで?」
「うひぁッ!」
誰もいなかったはずなのに背後から突然声をかけられて心臓が大きく飛び跳ねた。後ろを振り向けば、そこには王宮に行ったきり戻ってこなかったキン殿が立っていた。
「だ、誰もいなかったハズなのに。一体いつからそこにいたのであるか!?」
「? さっきからいやしたが」
不思議そうに首を傾げたが、首を傾げたいのはこちらである。確かに船に乗った時に人の気配がなかったハズなのに一体いつからいたんだろうか。
バクバクと鳴る心臓が目の前の爆弾より先に爆発しそうだ。
「その箱は……」
爆弾を見つけたキン殿が吾輩を退かして爆弾に近づいた。
「爆弾なのである! 危ないのである!」
「大丈夫ですぜ。これは王女様に頼んで手配して頂いた物なんですぜ。予定通り設置されてたようで」
「頼んだ……設置? ま、まさか……!?」
この大きな爆弾は海賊でも、火の国の王女様でもなく、キン殿の仕業だった。
「水の洞窟に行く前に、万が一合流する前にタンビュラが船を奪いに来たら海賊船ごと沈めては? と提案したんですぜ。そしたらこんなに大きな爆弾を手配してくださったようで」
確かにキン殿なら爆破しそうだとは言ったが、本当に実行しているとは思わなかった。しかし、ヨーデルカリブ港の惨状を思い出せば何の違和感もなかった。むしろ、しっくりくるものがある。
「爆弾を準備していたなら言っていて欲しかったのである」
「うっかり伝え忘れてましたぜ!」
──そんな大変な事、普通忘れないのである。
うっかりと言っているが、今までの彼の行動などから本当だろうかと疑いたくなってしまう。
「戻ったら伝えようと思ってたんですが、下は兵士の方々は殆んど倒れてやして、二人はどこにもいませんでしたし。ウッドマンさんを見つけたと思いやしたら、海賊船に一人で入ってく姿が見えて、急いで追いかけたんですぜ」
「そ、それはすまなかったのである……でも出来たら事前に知らせて欲しかったのである……」
「申し訳ないですぜ。 伝えようとしたらウッドマンさん『うまくいけばよいのであるが……』って言ってやして……黙って付いて行った方が面白そうだったんで!」
「面白くないである! もっと早く言って欲しかったのであるッ!」
船内に入った所から付いて来ていたなら、教える機会はいくらでもあっただろうに。キン殿と関わると心臓がいくつあっても足りないのである。
「それよりウッドマンさんはどうして海賊船に? 荷物は既に火の国によって回収されてますぜ」
「吾輩は──」
キン殿に事の経緯を説明した。
王女様を助けるために一人でタンビュラに挑もうとするヒメル殿を止める為、海賊船を魔方陣で沈めようとした事を伝えた。
「なるほど。でもそれだとちょいと不味いかもしれやせんぜ? どうやら海賊の目的、船だけじゃなくヒメル嬢も標的になってるみたいなんですぜ」
「そんな気はしてたのであるが……」
王宮でヒメル殿が拐われ、先ほども幽霊船が真っ先にヒメル殿を連れていった。幸か不幸かヒメル殿は海賊たちに好かれてしまったようだ。
「わかってたなら何故ヒメル殿を連れてきたのであるか?」
「王女様のたっての希望ですし、何より餌が良い方が獲物も釣れるからですぜ!」
「ヒメル殿が憐れである……」
「それよりウッドマンさんの作戦ですと、万が一にも海賊船が奪われて、さらにヒメル嬢まで連れていかれたら海の真ん中でヒメル嬢ごと沈みかねないですぜ」
確かにそうである。
吾輩の作戦は船に海賊達しかいないことを前提に計画していた。おそらくこの爆弾も同じだろう。
だがしかし──。
「ならキン殿が上に行ってタンビュラを倒したらいいのである。タンビュラも捕まえられて問題解決である」
あくまで吾輩の作戦は、ヒメル殿と吾輩しかいない状態で、尚且つ戦闘をなるべく避けて立てたものだ。キン殿が戻ってきたのなら戦闘を避ける必要もない訳だ。
「大剣使いだけならオレ一人でもどうにかなるんですが、後ろに隠れてた魔導具を装備してた海賊と纏めて来られると流石にキツいですぜ」
「他にも海賊がいたなんて、吾輩は気づかなかったのである」
……でも一人増えても問題ないのではないかと思ってしまうが、戦いへの助力を求められても困るので口を噤んだ。
「オレが戦うよりも確実で良い方法がありやすぜ」
そう言って満面の笑みを浮かべた。
──嫌な予感しかしないのである……。
キン殿は基本笑顔だが、一目で機嫌が良いとわかる程に笑顔だ。絶対ロクでもないことを考えているに違いない。
例えばこの爆弾を起動させて欲しいとか……。
「この爆弾を起動させて欲しいんですぜ」
「やっぱりなのであるッ! 嫌である! 無理であるぅう!!」
「このまま海賊船を奪われたら、あの王女様がタンビュラ憎きでヒメル嬢ごと爆弾を爆発させるかもしれないですぜ」
「このまま爆発させたらヒメル殿どころか、吾輩達まで吹っ飛ぶのであるが!?」
これだけ大きな爆弾だ。この船に乗っていたら間違いなく巻き込まれる。さらにこの至近距離で爆弾させたら間違いなく死ぬのである。
「ただ爆発させるだけならオレにだって出来ますぜ。ウッドマンさんにやって欲しいのは、魔方陣を付け加えて【時限式】にして欲しいんですぜ」
「むむ、無理なのである! こんなに複雑な魔方陣に手を加えるなんて……しっ、失敗したらその場で爆発してしまうのである」
それぞれの図形が意味を成している魔方陣に、線一本足すだけで全く違う作用をもたらす事がある。
「そ、それに、他にまだ近くに人がいるかもしれないのである……」
「大丈夫ですぜ! 救助はエルフの旦那に頼みやしたんで気兼ねなくやって下さっていいですぜ」
なら二人で海賊に立ち向かった方が間違いなく、成功率は高いだろうと思ったが上手く言葉にならない。キン殿に肩を捕まれて爆弾の前に座らされた。
「ウッドマンさんなら出来ますぜ! 自信を持って行きやしょう!」
──こうなったら……腹をくくるしかないのである。
涙目になりながら先ほど読み解いた魔方陣を壊さないように、線を付け足していく。邪魔な陣は無効化出来るように書き換えて、代わりに時間の陣を書き足していく。線一本、ほんの少しのずれさえ許されない。
失敗は死を意味している。
線一本書く数秒が何時間にも感じた。
「──で、出来たのである。あとはここに時間を入れれば上手くいくはずなのである!」
書き換えた魔方陣は書き間違いもずれもない。反発することもなく、美しい形をしていた。
「では脱出の時間を。三十分あれば余裕で脱出出来ますぜ」
「わかったのである。三じゅ……!」
時間を書こうとすると爆発音と同時に船が振動で揺れた。
「あ……あああ……じ、時間がっ! 三分に!?」
揺れた振動で三十分のはずが三分として書かれてしまったのだ。書き直そうにも書き足す場所がない。
「失敗……なのである……」
時間の部分の間違いなので、起動させない限りは問題はない。ただし、起動させてしまえば三分では爆発してしまう。たった三分で船底から外まで脱出することは難しい。どんなに走っても自分の足では最低でもあと五分は必要だ。
「こんなことなら遠隔の陣を無効化しなければよかったのである……」
「そんな事ないですぜ。ウッドマンさんはよくやってくれやした。問題ないですぜ!」
座っていた自分を引き起こすと、そのまま階段に向かって背中を押された。爆弾が失敗したので甲板に戻るのかと階段を昇ろうとしたが、キン殿が爆弾の横で止まったままだ。
「どうしたのであるか?」
「どうもしてないですぜ。それよりほらっ、早く外に向かって走ってくだせぇ。大丈夫、十倍の早さで走れば爆発に巻き込まれずに済みやすぜ!」
キン殿の左手が爆弾に嵌め込まれている精霊石に触れているのに気づいて一目散に外に向かって走った。脇目も降らずに一心不乱に外を目指して走った。足を少しでも止めたら死ぬ──。
心臓が止まりそうになりながらも足は止めずに階段を駆け上がった。
外に出るとまだ逃げ出していなかったヒメル殿達がいた。走り過ぎて息も絶え絶えだが、これだけは伝えなくては。
「ばっ、爆弾が爆発するのであるぅううう!!」
後からキン殿が自分を颯爽と追い抜くとしゃがんでいた王女様を担ぎ上げた。
船からは降りると言うより、地面に向かって飛んだと言った方が正しかった。
船が爆発する音が聞こえた気がしたが、それはもう吾輩の意識の外の事であった──。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回は前回までのタンビュラと戦っていた間、船にいたウッドマンさんが「何してたのか?」ってお話でした。「なんとなくこんな感じ!」くらいにしか決めてなかったので、ちゃんとお話にしてみました。
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