80話:姫琉と海賊退治①
水の貴重な火の国では、川の近くに街がある。
首都インカローズも例外ではない。側を流れる川は国で一番大きな川だ。この川の水は生活用水に使われていている他、物流の為の船の往来としても使われている。
そして、ここは首都から少し離れた川縁。荷物を運ぶ小舟の近くに大砲を積んだ軍艦が三隻、見慣れた髑髏を掲げた船を取り囲むように停まっている。
船の上には火の国の騎士が大勢乗っている。
端から見た人は、これから戦争でも始まるのではないかと勘違いするに違いない。それ程の戦力がここに集まっているのだ。
「やっぱり私、必要なくない……?」
ぼやいてはみたが拒否権などないのでしかたがない。キン兄に粛々と従うのみである。
船の購入の見返りに、海賊退治に強制参加の話を聞かされ、翌日には転移魔方陣で火の国に連行されてきた。
王宮でウッドマンさんと合流すると休む間もなく、ここに連れてこられた。
「だいたいランショウは留守番なのがズルいッ!」
「仕方ないですぜ。ヒメル嬢がガマ倒すのにランショウの旦那を盾にした怪我が酷くて流石に連れてこれなかったんですぜ」
……そうなのだ。ランショウはガマ将軍戦のダメージが思ったよりデカかったらしく、ポーションキャンディーだけでは復活出来ず、船番として竜宮島に残っていた。
「ポーションキャンディーを大量に溶かして、口に流し込めば治ったんじゃないの?」
「知らないんで? ポーションは接種しすぎると危ないって聞いたことありやすぜ。過剰摂取で死ぬ場合もあるとないとか……」
「何それ聞いたことないッ! 怖ッ!?」
「所詮キャンディーと言っても薬ですから、用量用法は守った方がいいですぜ?」
確かにポーションキャンディーってゲーム中に使うと一定時間次のアイテムが使えない仕様だったが、そういうことだったのか!
「え……じゃあ重傷の時はどうしたらいいの……」
この後の戦いの為にも重要な事だ。
「大丈夫なのである。一般的にはポーションキャンディーで応急処置してから近くの教会で治療をしてもらうのである。だから、過剰摂取なんて事にはならないのである」
火の国で合流したウッドマンさんが説明してくれた。ついでに聞いてもいない、ポーションが液体からキャンディーの形になったかと言う話まで始まったがそれは右から左に聞き流した。
「あの島は水の精霊の聖域が幅利かせてるせいで教会がないんですぜ。ランショウの旦那にはウッドマンさんが戻るまでは安静にしてもらっただけですぜ」
ランショウの怪我の原因が自分にもあるからこれ以上何も言えないが、ぶっちゃけるなら「妬ましい」の一言である。
──最近、倒れたり熱だしたりする割にこう言うときは健康で困るんだよなぁ。
「それじゃあタンザナイトはどうしたのさッ! 一緒に火の国に来てたハズなのに、アイツ何処にもいないんだけどッ!!」
「エルフの旦那なら転移魔方陣に酔ったらしくここにはいないですぜ」
「転移魔方陣酔いッ!?」
どうやら転移魔方陣でこっちに来た時に具合を悪くし、王宮に置いてきたらしい。
だったら「自分も……」と言いかけた所で「彼がいない分も頑張って下さい……ね」と笑顔で圧をかけられた。
──あやうく魔王降臨させるところだったッ!
「エルフの旦那の代わりに、ウッドマンさんには頑張っていただかないと。ウッドマンさんはエルフの旦那以上に期待できますぜ」
「タンザナイト以上にぃ?」
──いくら性格に難があるとはいえ、オールマイティーに魔法が使えるボスクラスのタンザナイトより、風が吹いただけで死にそうなウッドマンさんが活躍できるとはとても思えないけど……。
そう思ったのは本人もだったらしい。
「き、期待であるか……? 吾輩なんてなんの役にもたたないのである……が……」
何か嫌な気配を感じたのか、ウッドマンさんがジリジリと後退りするが、キン兄から逃げられる訳がない。逃げられないようにしっかり肩を捕まれた。
「ご謙遜を。タンビュラは今幽霊船で移動してるんですぜ。幽霊の唯一の弱点は聖魔術による攻撃! エルフの魔法に代わって、ここはウッドマンさんに先陣をきっていただかないと」
「むッ、むむむ無理であるッ! わ、わ、吾輩そんな事できないのであるッ!! 死んでしまうであるぅううう!!!!」
目から滝のように涙を流して無理だ帰して欲しいと懇願したが、キン兄はそんなウッドマンさんを嬉しそうに眺めていた。
──ドS。
「あんた等こんなとこで何騒いでるん?」
遠巻きにこちらを見ていた騎士集団の中から一際光輝いているインカローズが現れた。
普段のお色気たっぷりな踊り子衣装から一変、肩に胸に腕にしっかりと防護服を身に纏った姿で現れた。でもちゃんと、谷間とかウエストとか魅せるところはしっかり見せている素晴らしい衣装だ。
「よくきたなぁ! あんた等には期待してんねんで。なんたって一度はあのタンビュラを倒したって話やからな!」
「倒したのはヒメル嬢でオレは関係ないですぜ」
「あんなもん運が良かっただけだからッ! そこまで期待される程のもんじゃなですから!」
キン兄が何を吹き込んだかわからないが、タンビュラのおっさんを倒したのは、なめられてたおかげとアルカナの頑張りのおかげであって、私の活躍はほぼなかった。
「そないに謙虚にならんでも大丈夫やて。一回倒したんなら二回も三回も変わらんて! それにこっちも用意できるだけ戦力は用意したし、そこの金髪兄さんに言われて教会から聖魔術を使える人間も借りてきたしな!」
インカローズさんの話ではタンビュラ対策に首都を守る警備の半分以上を割いて、さらに教会からも数人の聖魔術使いを借りてきて、何時船を奪いに来られても問題ない様にしているそうだ。
「あとは海賊たちが何時来るかが問題ですぜ」
島を唯一脱出できる新月の夜は既に過ぎている。
幽霊船を使えば数週間から一ヶ月以上かかる船旅も何故か数日で移動出来てしまう。現に誘拐された時、船は数日で火の国から海賊島に到着したが普通はあり得ないそうだ。
「でも幽霊船なら昼間には来れないでしょ? ってことは夜だけ警戒してればいいのでは」
今は昼間前。乾期の火の国は燦々と輝く太陽が昇っている。幽霊船には似つかわしくない天気だ。
「必ずしもここまで幽霊船で来るとは限りやせんぜ? 国までは船で、その後は別の移動手段に切り替えることだって考えられますぜ」
幽霊船が川に入れない可能性だってある、言われれば目立つ幽霊船でわざわざ来ないかもしれない。
「じゃあ聖魔術師を呼んだのは無駄だったのでは?」
「常に最悪の事態を想定して行動するのは常識ですぜ」
「そんな常識聞いたことないが」
でも幽霊船で来ないなら、オパールに怒られないで済むかもしれない。迎えが来る前に勝手に島から出たので、オパールはきっと怒っている……。怒ってるだけならいいが「もう船から降りれないようにしちゃいましょう」なんて言われたら終わりだ。
「とはいえ夜に来る可能性が高いのは確かですぜ。そんな訳で我々も順番に休憩を取りますぜ。最初は王宮にエルフの旦那の様子見がてらオレが出ますぜ。日が暮れる前には戻りやすんで」
「えっ、私も早めに休憩が欲しいです!」
昨日はガマ将軍と戦わされて、今日も朝早く起こされたので、出きることならもう一眠りしたい。
「二人いっぺんに休んだらウッドマンさんが一人になっちまいますぜ。ヒメル嬢は今後の為にタンビュラを倒した時の話を王女様達に話して差し上げてくだせい」
「そうや聞こうと思ってたんや! どないな風にあの海賊を倒したのか聞こうと思ってたしい、包み隠さずしゃべってもらおうか」
期待に満ちたキラキラとした目を向けられてしまっては、休憩に行くとは言いにくい。渋々キン兄を送り出した。
──キン兄め。インカローズさんを出せば断れないとわかっていて!
最近、キン兄が私のあしらい方が上手くなっていて本当に困る。いいように使われている気がしてならない。
「ヒメル殿、タンビュラの話をするならアルカナの事は秘匿して話した方がいいのである」
「わかってますよ。アルカナじゃなくて私が精霊術で倒したって事にすればいいんでしょ」
うっかりアルカナの事が知られるとカソッタ村の二の舞になりかねない。なので、今もアルカナには鞄の中で大人しくしてもらっている。
「王女様はアルカナの存在に気にしてないであるが、精霊を祀ってる教会の人間に見付かればヘタするとアルカナを教会で保護するとか言いかねないのである」
鞄の紐を強く握った。
アルカナがもし連れていかれたら……。この世界に来てからずっと一緒のアルカナがいなくなるなんて想像できないし、したくもない。
「気を付けるよ。…………あれって事は私、アルカナなしでタンビュラのおっさんと戦うの……?」
アルカナの存在は絶対にバレちゃダメだけど、アルカナなしでタンビュラのおっさん達と戦えるだろうか……。不安すぎる……。
キン兄の帰りを待ってる間、インカローズにタンビュラのおっさんとの戦いを根掘り葉掘り聞かれた。
水責めの話をすると、すぐさま近くにいた騎士っぽい人に水の精霊石を大量に用意するように指示を出していた。
「とりあえず水の精霊石は用意させるけど、精霊の神子様が相当つこたからな……うちの国にも水の精霊術師がいたらよかってんに」
「水じゃなくても大丈夫ですよ。火で燃やしても普通の人間なら死にますから」
あの時は船を奪うつもりだったから火の選択は端から頭になかったけど、船を燃やしてもOKであれば火だって構わない訳だ。
──ただ、タンビュラのおっさんなら火ごと剣で斬りそうではあるけど……。
「それにキン兄がタンザナイトを連れてくれば、アイツは全属性の魔法が使えますから。威力はセレナイト様には全く及ばないけど!」
「そういえばあの兄さん戻って来ぃへんな」
「確かに遅い……まさか逃げた!?」
首都とこの場所はそんなに離れてないし、ちゃっかり自分だけ逃げたかもしれない。ガマ将軍の時だって見てるだけで手伝ってくれなかったし!
日が傾いて段々と暗くなってきた。オレンジと黒のグラデーションの空。幽霊船にはお似合いだ。
「ぅう……急に寒くなってきた! それになんか霧が…………」
「ひ、ヒメル殿。ひ、火の国では霧なんて滅多におきないのであるッ!!」
「って……ことは」
僅かに残っていた太陽が完璧に消えると、視界が悪くなる程の霧が辺りに立ち込めた。
すぐ近くにいるウッドマンさんとインカローズでさえ見失いそうな程濃い霧だ。
異常に気づいた騎士たちが武器を構えて警戒をした。インカローズも自慢の火の精霊術ので火の玉の様な炎を飛ばした。明かりで周りが少しだけ見える様になったが川にはまだ幽霊船の姿は見えない。
──見えないけど……。僅かに聞こえてくるコレは。
「フフフ……」
「フフフ……」
女の子の笑い声が辺りに反響する。
聞き覚えのある声だ。
「あぁ……見つけたわ……ヒメル…………?」
25.4.21誤字修正




