78話:タンザナイトと報告
海賊島をバルーンボアで脱出した俺は、幸いにもすぐにジェットに乗ったアマゾナイトに発見された。
本来であれば、神子様からの命令が出ていた竜宮島に向かうべきだが、六星夜としてあの島で起こった出来事を伝えなくてはならないと急ぎ火の国へと向かった。
神子様は既に首都インカローズを離れ、セラフィナイトが用意した船に乗船されていた。
準備が整い次第、エルフの国に戻る為だ。
占い師どもに拐われて聖域を離れていたが、本来なら神子様が聖域から出ることを許されない。精霊の神子として生まれた瞬間から、あの方は精霊の為だけに生きていく事しか許されない。そんな神子様の、手となり、足となり、目となるのが我々六星夜の使命だ。
──それなのに俺は、海賊に捕まり、あまつさえ拐われてしまうなど、あってはならない大失態だ。
本来なら六星夜から退き、二度と神子様にお目通りなどできぬだろう。
それでも戻った事を伝えると、すぐさま神子様へ取り次いで頂けた所をみるに、まだ見捨てられてはいないようだ。
通されたのは一番広い客室。華美な装飾の類いは一切なく、椅子など必要最低限の家具があるだけの部屋だ。神子様が座る椅子の横にはセラフィナイトが立っており、こちらをジロリと睨んできた。
現在、六星夜の統率は俺が任されているが、実力でいえばセラフィナイトの方が俺よりもほんの僅か強い。
ほんの僅かだが……。
今回、人間に連れ去られると言う失態を許しがたく思ってるに違いない。
「神子様、この度の失態……面目もございません」
「なに、お前が謝る必要などあるまい」
「……あの、それはいったい……?」
最低でも叱責は受けると思っていたが、神子様には怒ってる様子がない。それどころか口許が僅かに笑っておられた。
「占い師が先走って水の国に向かったのに巻き込まれたのだろう? 苦労をかけたな」
もしや、俺が海賊に無様にやられて捕まった事を気づかれていないのだろうか。そんな淡い期待を抱いたがセラフィナイトが咳払いをひとつするとこう続けた。
「貴殿に本当は何があったか知ってはいるが……神子様がこう言っているのだ。そう言うことにしておけ」
「は、はぁ……」
やはり今回の事は知られていたようだ。それでも許しを与えて下さる神子様のなんと寛大な事か……。
「しかし、神子様。この件と神子様が占い師どもに唆されて聖域を離れた事は別ですからね」
「ふん、わかっている。……急ぐあまり軽率な行動を取ったと反省している」
「タンザナイト・シャルウィ、貴殿も同様だ。同じ過ちは許さん」
蔑む様な視線を向けられたが、セラフィナイトも神子様の意向を汲んだようだ。
「では神子様。私が占い師どもに連れて行かれた海賊島と呼ばれた島での出来事をご報告させて頂きます」
俺は島で起きた出来事を全て報告した。
死霊の集合体の発生、命の大精霊様との遭遇、そして冥界の穴と闇の神子と呼ばれた占い師の事。
島を脱出する為に巨大風船猪にしがみついて来た事だけは割愛させてもらったが。
報告を共に聞いたセラフィナイトが渋い顔をした。
「にわかには信じがたいな。命の大精霊様とはつまりあちら側、精霊の世界の四大精霊。伝承通りなら眠っておられるハズなのに、それが人間の世界に現れるなど……」
大精霊と呼ばれる精霊様は全部で十人存在すると言われている。
最初に世界を創造した光と闇の大精霊様。
そして、二人が世界と共に生み出した地・水・火・風・雷・氷・命・時の大精霊様。
光と闇の大精霊様は世界創造の際に、他の大精霊様は世界分断の際に眠りについたと言われている。
報告を疑うセラフィナイトだったが、俺が同じ立場なら疑った……いや、信じなかっただろう。
だが、同じく報告を聞いた神子様は疑う素振りも見せなかった。
「あちらとこちらでは世界に溢れる魔力量が違うのだろう。もしくは時の大精霊様の御力かもしれないが、もしかしたら精霊の世界の大精霊様は全て目覚めていらっしゃるのかもしれん。それより気になるのは冥界の穴だな」
──冥界。
俺も多くを知っている訳ではないが、エルフに伝わる伝承には冥界についての記述がある。
『この世界と精霊の世界の境に存在する、精霊に害を為した人間が送られる監獄』
かつて世界がひとつだった頃、世界は精霊に溢れ、精霊だけの世界だったそうだ。
しばらくは精霊だけの時代が続き、それからしばらくすると大地が生き物を生み出した。虫や魚や鳥、様々な生き物が大地から誕生した。その中の一種が人間だった。
人間は魔力を持っていが、彼らは魔力を自分で変換する術を持たなかった。そんな彼らに精霊は魔力をもらう代わりに魔法を使って彼らを助けた。人間と精霊は良き隣人としてより良い関係を作り上げていた。
しかし、人間の中によからぬ思想を持った人間が現れる。彼らが作った魔術によって精霊との関係はよからぬ方に進んでいった。
魔術式によって精霊と魔力のパスを繋ぎ、パスを繋がれた精霊は自分の意思に関わらず、強制的に精霊術を行使させられた。
──人間達の中で精霊は良き隣人から道具へと変わっていった。
この事に嘆き、怒った大精霊達は世界を分けた。
ひとつが精霊の為の世界。
もうひとつが善き人間の為の世界。
そして、人が精霊の世界に行けない様に二つの世界の間に罪人の為の監獄【冥界】を作った。
かつて、精霊を道具の様に扱った人間や精霊に害を為した者が行き着く先、それが冥界だ。
「こちらの世界と冥界の間に穴が開こと事態は稀にある事ではございませんか?」
セラフィナイトの言う通り、冥界の穴は時折開くことがある。多くは闇の精霊様の加護がある海底だが、それ以外にも開いた例はある。だが、暫くすれば自然に塞がるので、近づきさえしなければ問題はない。
「それなのに命の大精霊様が危険視する、それは何故なのか……それにエレメンタルコアとはいったい? それになによりアレが闇の神子だと……」
神子様はひとり情報を整理されている。
あとは神子様がどのような判断を下されるかを待つだけ。神子様が決められた事だけを粛々とこなせばいい。そこに我らの意見なんて必要ない。
セラフィナイトもそれをわきまえて余計な口出しはせずにいた。
本来なら俺も同じ様に神子様の決断を待つべきなのだが。
「神子様、ひとつよろしいでしょうか?」
読んでいただきありがとうございます。
前回の更新から間が随分と空いてしまいましたが、終わりに向けてまた頑張って書いていきたいと思います。




