74話:幕間 カルサイトと双子②
俺みたいな若造が一人で商売をしていると面倒な問題は多々起きる。
客に商品や金を盗まれそうになった事はよくあるし、買った商品が偽物だと難癖つけられたこともある。
一番ヤバいやつだと……俺と一緒なら村で育てた野菜を高値で買うと凄んできたババァがいた。他にも契約書を偽造されそうになったり、やばい奴らに囲まれて金を奪われそうになったこともあったな。
……なんて、この状況で思い出してしまった。
座らされた俺の後ろに体格のいい男が立っている。手に持った刀を俺の首元に当てながら。ほんの少しでも動けば首が斬れそうだ。
そして、目の前には一見、人の良さそうなジジイが何枚か積まれた座布団の上から笑顔で俺を見下ろしていた。
ーーなんでこんなことになったんだ……。
遡ること数時間前……。
肉屋を後にした俺は残りの精霊石を売るために、売れそうな場所を片っ端から探していた。
しかし、閉まっている店も多いためか全く売れない。僅かにまだ開いている店に交渉しに行くが「必要ない」と断られてしまう。
土の精霊石は、火や水と違って一般家庭が日常的に使うモノではない。建物の建て替えや補強予定がないとなかなか買い直してもらえない。
ーー最悪、問屋に持っていけば多少安くはなるが買い取ってもらえないという事はないだろう。
そんな風に考えながら歩いているところに、いかにも職人といった格好をした体格のいい男が声をかけてきた。
男は「自分はこの島で大工をやっているものだが、定期的に精霊石を降ろしていた商人が亡くなってしまい棟梁がちょうど土の精霊石を卸してくれる商人を探している」とのことだ。
「定期的にって、どのくらいの頻度でどれだけの数が必要なんだ?」
「正確には棟梁に聞いて欲しいが、うちの棟梁は遠くの島からも呼ばれる人気の大工だから最低でも月に三十くらいは必要じゃないか」
「さっ…三十!?」
この国での土の精霊石一個の販売価格は金貨ニ枚が相場だ。俺はそこを金貨一枚とで売っている。さっきまでの客にもこの金額で売っている。月に金貨三十枚……たぶん、大量に仕入れる代わりに多少は値引き交渉をされるだろうが、それでも大きな利益が出る。
男に案内され街の外れにある屋敷に案内された。
屋敷はミズハの国特有の白塗り壁にぐるりと囲まれていて、かなりデカイ。
こんなデカイ屋敷に住んでいると言うことは相当金もあるに違いない。期待に胸膨らませて屋敷に案内されたら、通されてこのザマだ。
ーー……油断したな。
普段なら嫌と言うほど気を付けていた。
しかし、初めての遠征。それに最初にうまくいったことで気が大きくなっていたのかもしれない。
ーーうまい話には裏があると思って慎重に行動しないとな。
と、反省はこれくらいにしてここからどうするかだ。
棟梁のジジイが出してきたのは、理不尽な契約書だ。
小難しく色々書いてあるが、要は“月に三十の土の精霊石をタダ同然で寄越せ”と言う内容だ。
「……石一つ辺り小銀貨三枚で寄越せ、と」
「ギルド発行の証明書を含めて、な。妥当な金額だろう」
「話しになんねぇな」
そう言った瞬間、刀が首に触れじわりと熱を持つ。
「お前に選択肢などないよ。それにタダで拾った石に小銀貨三枚も出すんだ。むしろ感謝されてもいいぐらいだろう?」
柔らかな物腰で言っているが、言ってる事はむちゃくちゃだ。
ーータダで拾った石だと? まず、その石を拾うのがどれだけ大変だと思ってやがる!
精霊石が多くある場所は魔物も多い。常に危険と隣り合わせで石を採取しなくちゃならない。
さらに言えば、精霊石にかかる値段は証明書だけじゃない。そもそも、証明書を発行してもらうためのギルドへの年会費。海を渡るための船代。石を入れるための箱代、その他諸々……それを小銀貨三枚で毎月卸したら大赤字だ。
だが、この状況で要求を突っぱねれば、俺の首と胴はお別れする事になる。反撃しようにも銃は荷物の中に入っていて、取り出す前に間違いなく殺られる。
運良くこの二人を倒せても、廊下に二人見張りが立っていたので援軍を呼ばれたら、屋敷に何人いるかは知らねぇが流石に全員を一人で相手にするのは無理だろう。
完璧に手詰まりだ。
とはいえ、ここで頷くわけにはいかない。
「どんなに値引いたって大銀貨二十枚だ。それ以上はまけられない」
「……選択肢はない、といったはずだが。それにうちから一人、手伝いを出してやるんだ」
「要は見張りだろうが……」
「おい、コガネを呼んでこい」
襖の向こうにいた別の男に言うと、ひとりの少年を連れてきた。
「ん? あれ、お前……」
見覚えのある顔だった。先程、肉屋で肉を売りに来ていた坊主にそっくりだ。
しかし、すぐに別人だとわかる。髪の色が金色なのもそうだが、目つきが困り顔で今にも泣き出しそうだった坊主と違い、荒んだ目つきをしていた。
ーーガキがしていい目つきじゃねぇだろ……。
「この小僧を監視……いや、手伝いにつかせてやる。それでお前も仕事が出来て、私も儲かる。いい話だろ?」
「そりゃテメェにとってはだろ?」
「お前は大人しく契約書に判を押せばいいんだよ」
分厚い座布団から降りたジジイは理不尽な契約書を目の前に突きつけてきた。
「断る」
首を斬られることも覚悟して言ったが、ジジイを蹴られただけで済んだ。
「蔵に連れていけ」
「手を上げたまま立て」
刀は首に当てられたまま立たされた。
「コガネ、お前は必ず契約書に判を押させるようにしろ。出ないと弟が痛い目をみることになるぞ」
「……仕事はやる。だが弟に手を出したら……」
「生意気な目だ。拾ってやった恩を仇で返す様な真似はするなよ」
連れてこられた蔵は、天井は高く窓がない。唯一の光源は入口にある小さな火皿だけだ。うっすらと照らされた蔵の中には薄汚れた拷問具や刀が並んでいる。
扉は中から開かない様になっていて、鍵穴も取っ手も見当たらない。
俺は縛られてる訳でもなく自由に歩ける。少年はパッと見武器らしいものは持っていなかった。
「坊主がコレで俺を拷問するつもりか?」
話しかけるも返事はない。
何をする訳でもなく入口にただ立っていた。
はっきり言って無防備すぎる。ここには武器だってあるのに、扉がないから逃げられないと思って何もしないつもりだろうか。
俺は他に脱出出来る所がないか調べながら話しかけ続けた。初めて船に乗ったが船酔いが酷かったことや街についたら魚屋ばかりでうんざりしたこととか適当に。返事はどれもなかったが。
「そういえば肉屋でそっくりの坊主にあったが、あれが弟か?」
この質問だけピクリと反応した。
「弟を人質に取られてるのか……?」
返事はやっぱりない。蔵の中を一通り調べたが出れそうな所はなく、俺は少年の前に座った。
「だから、俺を犯罪者に仕立てあげて契約書に判を押させようとしてるのか?」
先程から少年は何もしてこない。
蔵には刀があって襲われるかもしれないのにだ。それに拷問具を使ってこようとすらしてこない。
蔵にある拷問具らは埃を被っていて錆び付いていた。わざとらしく汚れてはいたが、使って付いた汚れではなさそうだった。閉じ込められた人間に恐怖心を与えるためのディスプレイといったとこだろう。
今まで返事を返さなかった少年が「……そうだ」と返事を返す。
「お前はそれでいいのかよ?」
「弟が無事なら構わない……」
荒んだ目がこちらを睨んでくる。
「あ゛あ゛ぁーー!! あのジジイガキになんて真似させてんだよっ!!」
「……行く宛がないから仕方ない」
「オイ坊主! 俺と取引しねぇか?」
「……取引?」
「俺はなぁ、クソな客には断固として立ち向かうって決めてんだよ」
読んで頂きありがとうございます。
そして謝罪します。
当初、チンピラに絡まれてたカルサイトをキン兄が助ける的な物を予定しておりましたが、カルサイトがあんまりにも情けな……いえ、カルサイトに見せ場を作りたく大幅に変えた為もう一回昔話です。
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