73話:幕間 カルサイトと双子①
カルサイトと双子の馴れ初めです。
「アイツらの故郷……か……」
船の上から遠ざかっていく島を見つめながらふと昔の事を思い出していた。
あれは最初の船での遠征の時の事。
双子に初めて会った時のことだ。
◇◆◇◆◇◆
精霊石を売るために、馬鹿高い金を払って商業ギルドに加入した。
本当はギルドになんて加入したくなかったが……。(※加入時のお金の他にも年間でまた金を取られるから。)
精霊石を売るには、品質に問題がないという証明書をギルドで発行してもらわないと適正価格で売れないから仕方ない。
「こんな紙切れ一枚で小銀貨一枚……ぼったくりだろ」
精霊石一個につき一枚必要なので、かなりの痛手だ。だからこそ精霊石は値段が高くなるんだろう。
品質保証証明書と書かれた羊皮紙をくるくると丸めて鞄の奥の方にしまった。無くしたらまた再発行するのに金を取られるし、何より今から行く先で商品が売れなくなってしまう。
加入金や証明書代の他に船代だってかかっているのに、商品が売れなければ大赤字だ。
この船が、今回向かっているのは、水の国ミズハにある交易島ハナサキ。
母さんには散々止められたが、自国じゃ売れない土の精霊石を売るにはこうする他ない。
自国や交流の多い風の国に売りに行くよりは安全だからとやっと説得して出てきたが……。
「──まさか髪を染められるとは」
自分の前髪を摘んでみると、藍色に染まっていた。元の色が白だったので綺麗に染まったが、目の前にチラチラ見える見慣れない髪色が気になってしょうがない。……が、母さんを説得させるためには頷くしかなかった。
母さんは、俺の正体が第一王妃の手の者にバレてしまうのを恐れている……。
世間的にはペルシクム王子は賊に襲われて死んだ事になっている。だから、今さら俺が生きていると言った所で誰も信じないだろう。
──それに俺も戻りたいなんて思ってないしな……。
今じゃもう昔を思い出すこともなくなった。
復讐したいと思った事も確かにあったが、今はこの先も村で静かに暮らしていきたいと本当に思ってる。
「ただ、少し……もう少しだけ便利になれば」
そうすれば村人も増えるだろうし、行商だって立ち寄るようになるだろう。
村の開発のためには金が必要で、だからこそ俺が稼がねば……。
船での生活も一ヶ月ほど経つと、最初の目的地の水の国の交易島であるハナサキに着いた。
水の国では他国との物の売り買いは基本この島で行うらしい。
同じ船でやって来た奴らは慣れたように品物を船から下ろし、港街へ向かっていく。
「さて、どこに向かうか」
初めてきた島に馴染みの取引先や顧客がいる訳ないのでひたすら売り込むしかない。
とはいえ目星はつけている。土の精霊石は建築などの土木作業に使うか、農作物の育ちを良くする事に使うのが一般的だ。
「となれば、野菜を取引してるやつを探すか」
狙いは決まった。
「──よし行くか!」
土の精霊を入れた背負子を持って船を降り、港街へと向かった。
「くっ……くふふ」
袋に入った金を眺めた。
野菜を取引してる仲買人はすぐに見つかり、土の精霊石もすんなりと取引できた。やはり土の国で売るよりも倍……とまではいかないが、良い値段で取引できた。このまま売れれば、ギルド加入金や船代もろもろ引いてもいい儲けが出るはずだ。まだ商品もあるが、時間は昼時だ。
──そうだ。肉を食おう!!
船での生活では肉なんて食えても干した肉ばかり、新鮮な物は魚、魚、魚、魚ばっかりで我慢の限界だ。いい加減保存食以外の物が食いたいッ!
そんな訳で肉料理を出してくれそうな飯屋を探した。そこそこ広い街だっていうのに飯屋の看板は。
【新鮮な海の幸あります】
【焼き魚、煮魚、刺身まで魚料理なら当店へ】
【まるで宝石箱! 大人気海鮮丼】
……どこもかしこも魚、魚、魚…………魚しかない。
「なんだ。この島には肉はないのか……?」
やっと見つけたのは、海から離れた街の端で地元民のために肉を販売している肉屋だった。
肉の販売の他にも、串焼きなど簡単に食べれる軽食を売っていて、店の外に置かれた簡素なベンチで食べられる。
「なんでこの街はこんなに魚料理ばっかりなんだ」
と肉屋に愚痴をこぼすと。
「そりゃあんた、新鮮な海の幸を食いに皆来てるからさ」と返された。
確かに、新鮮な海の魚は水の国の名産だ。
海の魚は土の国でも獲れるが、生で魚を食べる文化はない。それに魚好きによれば、水の国でショーユとワサビという薬味で食べる刺身は絶品らしい。
ちなみにこのワサビという植物も水の国の名産だ。
育てるのには綺麗な水が必要らしく、土の国でも育てるのは難しいらしい。
「っても、島の人間は肉だって食うだろ」
「だからうちの店があんだよ。ほら、注文の焼き鳥串十人前だよ」
受け取った皿には、こんがりと焼けた鳥肉が串に刺さって山をなしていた。
──安かったし、勢いで頼んじまったが……すげぇ量。思いのほか肉がでかかったな。
「ま、……食えないことはないだろう」
肉屋はなかなかの聞き上手で、うだうだと話ながら食べ進めた。
肉は塩やスパイスで焼いたものじゃなく、味噌とかいう調味料が表面に塗られている。焼かれた味噌が独特の香ばしい匂いをさせていて、スパイスのような辛さはなく、甘じょっぱいに香ばしさがプラスされている。
気がつけば残り二本となっていたが……。
「うまいが、流石に腹一杯だ。すまないが残りは包んでくれないか?」
「あいよ」
──ついでに、帰りの食料も買ってくか。
商品も残っているし、売った金で水の精霊石を仕入れなくちゃならない。仕事が終わってから帰りの準備をするつもりだったが街でまた肉屋を探すより、今買ってしまった方が楽だろう。船が出るのは明日だがうっかり買い忘れて、魚を食う嵌めになるより全然いい。
「干し肉を大袋で二つと塩漬けの肉と……あっ、新鮮そうな肉をひと塊くれ」
「干し肉はいいが、新鮮な肉なら……おっ、ちょうど来たな。あの坊主に聞いてやってくれ」
店主が指差した先には古びた着物を着た少年がこちらに向かってとぼとぼと歩いていた。
年は十歳くらいと言ったところだろうか。ただ背筋を曲げた歩き方と少年の銀色の髪色のせいで一瞬年寄りかと思ってしまった。
「おじさん、ウサギとヤマバトのお肉の買取りおねがいします」
「いらっしゃい。いつも、新鮮な肉ありがとうな。だけど、今日は俺じゃなくこっちの兄ちゃんに売ってやってくれねぇか?」
肉屋にそう言われると持っていた皮の袋下げた。中には売ろうとしている肉が入っているんだろう。
その目に覇気はなく、下がった眉は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「……お肉、欲しいの…?」
弱々しい声がした。
確かに肉は必要だが……。
ちらりと肉屋に視線を向けるとにっこりと笑った。つまりは買ってやれと言うことだろう。
「そうだな。いくらだ?」
「ひとつ小銀貨一枚だな」
少年が答えるより先に肉屋が答える。ちなみにさっき買った焼き鳥が一本で大銅貨一枚だ。そう考えるとかなり割高な値段だ。
「店で買っても同じ値段だよ」
この肉屋はどうしてもこの坊主の肉を俺に買わせたいらしい。
「はぁ、じゃあコレでその肉を売ってくれるか?」
鞄から財布を出して坊主の手に小銀貨を渡した。
──細い腕。
しゃがんで視線を合わせれば少年は少し痩せていた。「ちゃんと食ってんのか」と言う前に坊主の腹の虫が鳴いた。
坊主は恥ずかしそうに腹を抑えた。
「……そうだ。よければこれをもらってくれねぇか」
包んで貰ったばかりの焼き鳥串を渡した。
「い、いらない。お金……払えないから……」
「金はいらねぇよ。あ゛ぁ〜……あれだ! 食い切れなかったやつなんだ。捨てちまうよりは坊主に食われた方がいいだろ」
「なのにお肉買うの?」
「これは帰りの船で食うやつだからな」
嘘は言ってない。
それにコイツの見た目が、なんとなく昔の自分を見ているような気がして放って置けなかったんだ。
だから親切心じゃなく、自己満足だ。
「だから、そんな目で見るんじゃねぇよ」
キラキラとした視線が送られて少しむず痒くなる。何せこういった事には慣れてない。
「お兄さん船で来たの!!」
──そっちか!!。
「そ、そうだ。土の国から船に乗って来たんだ」
「いいな〜……。ボクたちもお金貯めて船で他の国に行きたいんだ……」
「行けるといいな」
俺はそれだけ少年に言い残し逃げるように肉屋を去った。
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次回もう一回昔話です。




