72話:キンと新商品
キン兄視点のお話です。
メインはこの“ふわふわパンケーキ”にして、カルメ焼きに……このクッキーにはスパイスを入れてるんですかね? 甘くないクッキーってのは珍しですしこれも加えて、あとこの辺りの菓子類ともう少しインパクトのあるものがあればレシピ集として売り出せそうですぜ。
テーブルにずらりと並べられた料理を、少しずつ試食していき、珍しく尚且つ味のいいものを選んでいく。
「王女様、こっちもなかなかいけますぜ。あ、毒味はしてあるので安心して召し上がって大丈夫ですぜ」
試食したものを横にいる火の国の王女様に薦めてさらに反応を見る。
珍しい料理のレシピ集なんて買うのは、貴族や富豪といった食道楽をするような人種に決まっている。その点で言えば、王女様が召し上がって反応が良かった物は他の連中にもウケるだろう。
ーーそれにしてもヒメル嬢が雇って欲しいなんて頼むなんて意外でしたぜ。
隊長はヒメル嬢に弱みを握られているようで距離を取ろうとしている。さらに、面倒事ばかり起こすヒメル嬢を雇うことを心底嫌がっているが、オレはヒメル嬢を雇うことは反対ではない。
隊長が気がついてないだけで利用価値は十分にあると思う。
出会ってすぐに勉強を教えていた時も覚えは悪くなかった。計算も本人は苦手だと唸っていたが基本は出来ていたし、謎の図形本人曰く”筆算”とか言う計算方法はこの世界にはない技術だった。
このパンケーキやカルメ焼きにしたって、重曹を食べようなんて考える奴はそうはいないだろう。
だからこうして、手伝う気満々で邪魔にしかならなそうな弟には少し眠って頂いて手伝いにきたわけだが……。
「なんでヒメル嬢はオレたちと働きたいんで?」
台所でランショウの旦那と騒いでいたヒメル嬢に一番の疑問を投げかけた。
誘拐される前、彼女は火の国で別れの挨拶に来ていた。と言うことは、オレたちと一緒に行こうと思ったのは誘拐されてから……。弟に気があるのかとも思ったが、オレが船に戻った後の話を聞く限りはヒメル嬢はオレの弟にそう言った気はないようで。
だからこそ気になった。
オレの声が聞こえたヒメル嬢がキッチンから顔だけ出すと。
「セレナイト様に貢ぐお金が欲しかったからですがッ!!」
「……借金のことはお忘れで……?」
予想道理すぎるが思わず突っ込んでしまった。
ヒメル嬢は顔を青くしてあわあわと慌てて「忘れてないよッ!」と答えると「カルメ焼の作り方教えてあげるよ」とランショウの旦那に言ってそそくさとキッチンに逃げていった。
「全くしょうがないですぜ」
そうは言いつつも、ヒメル嬢が忘れていることは実は全く問題なかった。
本人に言ってなかったが、実はヒメル嬢の借金はチャラになったからだ。
ーーあ、もちろん無償でチャラにした訳ではないですぜ。
この船の購入の為に、ヒメル嬢が"所有"している海賊船を王女様に譲渡したからですぜ。
細かい事は省くが、海賊から奪った物の所有権は奪った者にあると言う決まりがある。今回ヒメル嬢はタンビュラのおっさんを倒したから、あの海賊船の所有権は実はヒメル嬢にあった訳で。
火の国(王女様)としては海賊船を破壊してしまいたいが、ヒメルが許可を出さない限りそれが出来ないのが実情だ。
なので、ヒメル嬢の借金のかたとして、代わりに売りましたぜ。
万が一ヒメル嬢がごねることがあっても、すぐさま借金の返済をして頂くだけなので問題は何もないですぜ。
それにヒメル嬢のことですぜ? 王女様に欲しいと言われればタダで船を譲っていたでしょうから、むしろこの条件で借金を帳消しにした手数料を頂きたいくらいですぜ。
「あの嬢ちゃん働き口を探してるんか?」
満腹になったのが、食べる手を止めた王女様がキッチンの方を見ながら聞いてきた。
「そうみたいですぜ」
「なんや。あの嬢ちゃんはアンタらの仲間じゃなかったんか?」
「ヒメル嬢の頼みで一緒に行動してましたけど、雇ってはないですぜ」
「よっしゃ! だったらウチの所で料理人として雇ってやるわ」
余程料理が気に入ったらしい。もしも、ヒメル嬢に聞かれていたら迷わずに返事を返していただろうが、幸いにもキッチンでドタバタと騒いでいて気がつかれなかった。
「ダメですぜ王女様、ヒメル嬢はウチで雇うって決まってるんで」
「なんや、雇うって決まってんのに、試験みたいな事しとんのかいな」
「そりゃあ、説得とケジメをつけさせる為には必要なんですぜ」
「そんなもん?」
納得してくれたのか、それ以上は何も言ってこなかったが、口許を尖らせて未練がましく残った料理を見ていた王女様にレシピ集の話をしたら「必ず買う」という言質を取れた。
ーーこれで隊長を納得させる事が出来そうですぜ。
面倒だとか何だかんだ理由を重ねて、ヒメル嬢を側に置きたくない隊長も欠点が利点を越えると分かれば雇うことに納得するでしょうぜ。
それにオレの見立てではヒメル嬢みたいな、自分じゃない誰かの為に頑張れるタイプは隊長は嫌いじゃないハズですから……。
「なんや、焦げ臭くないか?」
王女様の声とキッチンからランショウの旦那の笑い声が聞こえてきたのは同時だった。
キッチンを覗きに行けば、買ったばかりのお玉の上に黒焦げの物体が張り付いていた。
「そのお玉、買ったばかりなんですが……ヒメル嬢の借金に上乗せしておきますぜ」
「イヤイヤ、まッ、待ってよ! 焦がしたのはランショウだよ!? ランショウに支払わせてよ!?」
「ヒメル嬢の教え方が悪いからじゃないですか?」
本気で言っている訳じゃないが、慌てているヒメル嬢の姿を見てるとついつい苛めたくなってしまう。
しかもニコニコとオレが笑うとヒメル嬢はさらに恐ろしい物を見たように顔色を悪くしてあわあわと狼狽えだした。
「そうじゃよ~。ここはヒメルちゃんが手取り足取り教えてくれれば」
「うっさいッ! あ、そ……そうだッ! 重曹で焦げ汚れは落ちたハズ。ダメだったらクエン酸もあったから絶対落とすから!!」
ランショウの旦那のみぞおちに一発決めると、すぐさま焦げ付いたお玉を重曹とクエン酸で洗い始めた。
「ヒメル嬢はクエン酸を掃除に使うんで?」
「……そ、そうですが?」
クエン酸は一般的には疲労回復や胃腸の調子を整える薬として使われる。実際、その棚にあったクエン酸は隊長が毎日飲んでいるものだ。
「クエン酸も食べれるけど、水垢汚れとか……あとは重曹と合わせて…………あ、そうだ!」
何かひらめいたのかヒメル嬢は重曹とクエン酸を用意して何かを作り始めた。
焦げたお玉のことはすっかり忘れて。
ーー何を作り出したかしりやせんが、隊長を納得させる物ができますかね?
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2023.11.19一部修正




