71話:姫路と商品開発
太陽が水平線から登りきる前に全員船へと到着した。
船はタンビュラの海賊船よりもやや小さいサイズだ。
隊長曰く、火と水の魔方陣による最新鋭の設備が付いていて、風がなくても進むことが出来る最新の船だそうだ。
普段ならウッドマンさんが色々と解説し始めるが、生憎と現在進行形で倒れているので、どうすごいのかは全くわからない!
とりあえず隊長が鋭い眼光で「絶対に壊すなよ」と言っていたので、結構お高い事だけはわかった。
船には私たちの他にインカローズ、ランショウ、あと六星夜のオルゴナイトが乗っている。
船は一旦、補給も兼ねて水の大精霊が眠る洞窟のある"龍宮島"に向かうらしい。
隊長から出された『売れそうな商品開発』は、この龍宮島に到着するまでという期限が設けられた。
隊長に船の部屋へと案内された。
海賊船の時には、一部屋に張り巡らされたハンモックでみんな寝ていたが、ここではなんと私とアルカナで一部屋割り当てられた。固定された二段ベットと小さな机だけで他には何も置けそうにない狭い部屋だけど。
文句はないけど、物を作るには手狭だったので作業スペースとしてキッチンを借りる事にした。
キッチンは私の部屋の四、五倍程の広さがある。
調理スペースと食事スペースが壁で間仕切りされていて、扉を開けて手前半分が食事スペースとして長テーブルと椅子があり、奥半分が調理スペースになっている。
調理スペースには、小さな流し台と二口コンロっぽい魔導具、コンロの下にはオーブンっぽい魔導具がある。ちなみに一番隅にあった長方形の頑丈そうな箱は冷蔵庫のようで、肉や魚が入っていた。
キッチンだけ見ても、かなり最新なんだろうとわかる。
「キッチンにあるものは好きに使って構わないが、絶ッ対に壊すなよ! あと汚したらちゃんと掃除して、使ったものは片付けろよ!」
まるで親のような事言う隊長に「わかりましたー」と返事を返した。
隊長は超絶不安そうな顔をして私を見てきたが、深いため息をひとつ吐くとそれ以上何も言わずにキッチンを出ていった。
――キッチンの物を好きに使っていいとは、ケチな隊長にしては太っ腹だな。いつもなら使った分だけ請求してくるのに。
とりあえず、キッチンにあるものを一通り確認していて、ふと気が付いてしまった。
「…………この船の代金って借金に上乗せされてないよね?」
『ギン兄を助けるための必要経費ですぜ』とか『誘拐された原因はヒメル嬢にあるんで、借金に上乗せしときましたぜ』とかいい顔で言われかねない。
最初から船にあるものが、私の借金として買われたものだったとしたら、隊長の太っ腹な大盤振る舞いにも納得だ。
「流石にないよね? 返せるアテがないのに、こんな船買わないよ……ね?」
不安に思いつつも、深く考えないことにした。
どうせ、既に返すのが難しい金額の借金があるので今さら増えても、たいして変わらないだろう。
「とにかく、隊長が納得する商品を作らないと」
ゲームでのアイテム作りは、【アイテム生成】コマンドから装備品・回復飴・料理を作れた。
が、ゲーム的演出でパッと出来るってことないので、この工程を自力でやるしかない。
「この世界にはない物で、尚且つ私が作れそうな物を考えないとなぁ……」
ギン兄に爆上げされた難易度を考えると頭が痛い。
「ギン兄なりに助け船を出してくれたんだろうけど」
さて、異世界転生系のラノベとかだと、石鹸とか化粧品とかが定番だけど……。
「そもそも石鹸は普通にあるしな」
キッチンの蛇口代わりの水の精霊が埋められた箱の近くには、昔の学校にありそうな石鹸が置いてある。
この世界、石鹸や化粧品などは案外充実している。
食べ物に関しても、砂糖や塩などはもちろん味噌や醤油、みりん、お酢なんかの発酵調味料も普通にある。
キッチンに揃っていた調味料をずらりと並べてみると入れ物こそ瓶や壺、紙の箱だったりするが、自分の世界と変わらない。ちなみに買ったばかりなのか、どれもあまり使われていなかった。
「あっ、ラッキー! ラベルが全部ミズハ語で書かれている」
普段使ってる物はラベルは読めなくて、誰かに読んで貰うか、勘で使ってたのでちょっとだけ嬉しくなった。
「ん~、とりあえず朝ごはんを作りますか」
明け方に戻ってきたので、インカローズはまだご就寝中だ。起きた時にすぐに朝食を召し上がって頂けるように用意をするべきだろう。
ちなみに、冥界の穴を塞ぐときに魔力の出し方を何となく覚えたが、ここにあるものを壊すと隊長が恐いので、魔導具の扱いはアルカナにお願いした。
「まっかせてー♪」
「インカローズさんの好きな食べ物はたしか……おっ、ちょうどいいものがあるじゃん! とりあえずパンケーキを焼いて……甘いものだけじゃ飽きちゃうかも知れないから、ベーコンと卵を焼いて……――――」
◆◇◆◇◆◇
「ヒメルヒメル、パーティーでもするの?」
「はっ……!」
どれくらい時間がたったのか、キッチンのテーブルの上には大量の料理が並べられていた。
パンケーキが数種類、硬めのパンにベーコンや野菜を挟んだサンドイッチが多数。大鍋にはトマトベースのスープ、そして、オレンジの皮を器にした、フルーツの盛り合わせ。
「……うん、パーティーかもね」
――流石にやり過ぎたかな。
好きなキャラに自分の手料理を食べてもらうと想像しながら作っていたら、とんでもないことになってしまった。自分も食べたとしても、二人で食べるには確実に余る量がテーブルに並べられていた。
「おっはよう! ヒメルちゃん」
勢いよくキッチンの扉が開くとランショウが入ってきた。
テーブルに並べられた料理を見て「美味しそうじゃの」と食べようとしたので、思わず持っていたお玉で手を叩いた。
「いたた。なんじゃ食べちゃいかんのか?」
「だめです。これは全部インカローズさんに食べて戴こうと作ったんだから」
手を伸ばそうとした皿をとりあげると「さすがにこの量は食べきれんと思うがのぉ」と口を尖らせて言うので「残った分は食べればいい」と伝えると、ランショウはすぐさまインカローズを呼びにキッチンを出て行った。
しばらくして、目を三角に吊り上げたインカローズがキッチンへとやってきた。
慣れない船で寝不足で機嫌が良くないのかと思ったが、後から入ってきたランショウの頬についた真っ赤な手形を見て大方何があったか理解した。
――ランショウのやつ、勝手にインカローズさんの部屋に入ったな。羨まけしからん!!
ランショウには、あとで鉄槌を喰らわせるとして、インカローズに朝の挨拶をして椅子を薦めた。席についた彼女の前に淹れたてのコーヒーと一番出来のよかった桃を添えたパンケーキを彼女の前に置いた。
「なんやこれ……? ごっつ分厚いパンケーキやん」
「もちろん"ふわふわパンケーキ"ですから」
インカローズが分厚いパンケーキをふしぎそうに見て、フォークで上から押したりして観察している。
――うんうん。私もテレビで初めて観たとき本当に食べ物かと思ったもん。
せっかく推しに食べて頂くならと、普通のパンケーキではなくオシャレなカフェで出てくるようなパンケーキを作った。
――出来はいいと思うけど……。
なかなか口にしてくるないインカローズをドキドキと見守った。しばらくして、ナイフを手に取ると小さく切って、しれっと横に座っていたランショウの口の中に投げ込んだ。
――毒味ですね。
もちろん毒なんて入れてないが、インカローズは王女様なので不可解な物をおいそれと口にはしないのだろう。ランショウが旨いと言いながら飲み込んだのを確認して、インカローズもパンケーキを口にした。
「ホンマにふわふわやん!」
絶賛の言葉と共に赤い瞳を大きく輝かせた。
そんなインカローズを見たら口元が思わずにまにましてしまう。
――前に一生懸命練習した甲斐があったー!
瑠璃ちゃんと観ていたテレビ番組で“東京で大人気のふわふわパンケーキ”という特集をしていた。その時瑠璃ちゃんが『あんなパンケーキ、一度でいいから食べてみたいわね』と言ったのだ。
もちろん、地元にそんなお洒落なものを出しているお店はない。じゃあ朝イチで東京まで行くかと言われれば、パンケーキを食べに東京まで行く財力と時間がなかった……。
ないならどうする?
そう作ればいいのだ!!
ネットで作り方を探しまくって出来たのが、この"ふわふわパンケーキ"だった。
「ふわふわにするポイントは、たっぷりのメレンゲとこの、重曹です」
紙の箱に入った重曹を見せるとランショウが食べていた別のパンケーキを吹き出した。
「重曹って、それ掃除に使うやつじゃろ!?」
「食べても問題ないよ」
パッケージにはサツマイモ由来、天然重曹と書かれていたので食べても問題ないだろう。(※真似しないで下さい)
ランショウは驚いた表情をしていたが、インカローズは重曹がなんなのかわからないようだ。
――あ~……やっぱりこれ、掃除用だったか。薄々気が付いてたけど。
「重曹は掃除にも使えるけど、ベーキングパウダーと同じようなものだから、ふくらまし粉としても使えるんだよ」
そう言ってランショウの前に皿に乗せた茶色い塊を置いた。
「なんじゃコレは?」
「試しに作った"カルメ焼き"ですが?」
インカローズに食べてもらうのに毒味をしない訳がない。
ちゃんと使えるか調べるのに作ったものだ。
「材料は砂糖と水と重曹…………」
ランショウは目をキラキラとさせて、食い入るようにカルメ焼きを見ていた。
「食べたきゃ食べれば……」
「いいのか!? せっかくだしありがたく頂戴しようかのぉ!」
手で一口大に割ると口の中に放り込んだ。
「うん、……甘苦いの!」
「せめてほろ苦いと言って」
「これを商品にするのは難しいと思いますぜ?」
「うぎゃッ!?」
背後からの突然の声に変な声が出た。
後ろを振り向くとキン兄が何食わぬ顔で立っていた。
「へ? えっ?? 扉が開いた音なんてしなかったけど。えっ! どっから入ってきたのッ!!?」
キン兄の後ろはキッチンだし、入口はインカローズが座っている後ろにある扉しかない。
――ずっとインカローズさんを見ていたが、扉が開いた気配なんてしなかったんだが???
なんで? という顔でキン兄に視線を投げたが「最初からいましたぜ」とにっこりと笑顔を返された。
――いやいやいやッ! 絶対にいなかったよッ!!
キン兄はそれ以上は何も言わずに空いていたランショウの横の椅子に座った。
「ギンのやつに頼まれたんで、ヒメルの手伝いをして欲しいって」
ギン兄が事情を説明して、応援に来てくれたらしい。
心強いが、心臓に悪い。
キン兄はランショウが残したカルメ焼きとテーブルに並べられた料理をまじまじと観察した。
「どれも出来はいいですが、このカルメ焼きと言う菓子以外は日持ちしそうにないので、オレたちの商品として扱うには難しいですぜ?」
「これはいいんです。インカローズさんに食べてもらおうと作った朝食なんで……」
とりあえず、キン兄の前にスープとサンドイッチを置いた。ついでなので、自分の分とランショウの分用意した。
――隊長とギン兄の分はキッチンに避けとこ……。
四人で朝食を取りながら、事情を知りたがったランショウにざっくり新商品の開発をしていると説明すると、案の定面白がって手伝うと言ってきた。
「いらない。ランショウの手伝いとか、絶対に……ぜーったいにいらない!」
全力で拒否した。
「そんなこと言わんで……そうじゃ! 自動で洗い物を洗ってくれる魔導具なんてどうじゃ?」
空っぽになった皿を手に取り自信満々に答えた。
――皿が粉々になる未来しか見えないから。
「必要ないから、"普通に"皿洗ってきて」
しっしと手でランショウを追い払うと、キン兄の方に視線を向ける。
「やっぱり食べ物はダメだよね……」
「絶対ダメとは言いやせんが、ヒメル嬢には勧めませんぜ?」
「……ちなみに理由は?」
「材料を販売する場所まで持って行き、その場で料理すれば“日持ち”の問題は解決できるんで。……ただし、初期費用がかなりかかりやすぜ」
販売する為の屋台や調理機材等でかかる見積り金額を出されて諦めた。
変わりに提案した石鹸も化粧水、ハンドクリームも、ミサンガも既に似たような物があると却下された。
「あ゛あ゛ぁあ~!! 一体、何を作ればいいんだよぉぉおおーッ!」
「方向性は悪くないんですぜ? ただ、他との差別化出来るような物がないと売れないと思いますぜ?」
キン兄からガチの指摘が入る。
「もう、何も思い浮かびませんッ!」
「ヒメル嬢は考えるのは全くもってダメですが、作るのは得意ですから……。とりあえず考えるのより先にどんどん作ってくだせえ」
軽くディスられたうえに、鬼教官みたいな事を言われてしまった。
キン兄に反論も出来ずに調理スペースに向かえばランショウが洗い物を終えていた。大きな鍋にはまだスープがそこそこ残っている。
「サンドイッチもまだ残ってるし、残りは今いないメンバーの朝食だな」
スープが残った鍋に蓋をした。
何を作れと言われたが、お腹も膨れて眠気が増してきた。それにインカローズが待ってるとキン兄に言われたが、インカローズは私を気にもしていないようだ。
――これはキン兄、騙したな。まぁでも、インカローズさんに手料理を食べてもらうことが出来たのでよしとしよう。
達成感もあってますます眠い。
「とりあえず商品開発は仮眠を取ったあとにするか」
龍宮島に付くまではまだ時間はあるだろう。
良いものを作るためにも一旦寝に部屋へと戻ろうとすると、ランショウがフライパンと重曹の箱を持ってきた。
「よければ儂にカルメ焼きの作り方を教えてくれんかの?」
「え、嫌ですけど?」
悩むまでもなく却下した。
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姫琉は掃除で使う重曹を料理で使いましたが、一般に販売されている掃除用重曹は、食用に比べて純度が低いです。
研磨剤などが入ってることもあるので、食べる際は食用重曹をお使いください。
作中の重曹は土の国のサツマイモを使った重曹となります。うっかり口に入っても大丈夫。
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