70話:姫琉と返事
「家族になるのは、ちょっと……」
ギン兄からのせっかくの提案だったが断った。
──私が生きていく為に必要なのは、家族ではなく、心の拠り所"推し"である。
ほんの少しだけ『ムーンさんみたいな優しい人が自分のお母さんだったらな』とは思ったが、今さらお母さんに甘えたいと言う年齢ではないのだ。
「ごめんね。今さら家族が必要って思えなくて」
「そ……そうっすか……」
肩を落としギン兄が落ち込んでいる。
ギン兄には大変申し訳ないが、これに関しては返事を変える訳にはいかない。
「それに養子に入ったら、ギン兄どころかキン兄まで義理とはいえ兄にあるのは…………ちょっと」
「まぁ兄貴は身内には容赦ない………って養子……?」
やっぱり、キン兄は身内には手加減がないっぽい。
キン兄は私の事を妹分とは思っていない。いまだに呼び方だって「ヒメル嬢」。
つまり、キン兄にとって私はお客なのである。
うっかりムーンさんのところの養子になったら、お客から身内になってしまう。
そんな事になったら、もれなくウッドマンさんと同じキン兄の玩具にされるに決まってる。
──ぜ、絶対に嫌だッ!!
「……もしかして、オレの気持ちってヒメルに伝わって……ないっすね?」
「伝わってねーだろが…………いや、待て。なんでそうなったんだ!? よく考えろ! アレだけはやめとけって!」
ギン兄と何やら相談していた隊長が、じとっとした呆れた視線を向けているのに気がついた。
「なんですか? 残念な物でも見るような目で見てきて、なんの話をしてたんですか?」
「お前が残念なヤツで良かったって話だ」
「それ、誉めてます? 貶してます?」
「両方だ」
相変わらず隊長は私に冷たい。
嫌われている自覚もあるし、嫌われる原因にも身に覚えはある。私が海賊どもに誘拐される前には『お前と別れられると思うと清々するなぁ〜!』と言われてさえいた。
嫌われている自覚はあるが、他にいい方法が思い浮かばないんだからしょうがない。
「ところで隊長にお願いがあるんですけど」
「なんだよ」
「雇ってくださいッ!」
「あ゛ぁッ!?」
そう、この世界で生きていくのなら、必要なのはお金だ!
ゲームでだってお金がなければ装備品もアイテムも買えない。現実的にいえば、お金がなければご飯もたべられなければ、泊まる場所さえない。
セレナイト様の為に、古今東西駆けずり回るつもりなので、定住する場所は求めてないが、旅費は必要だ。
あとは、借金の返済のためにも稼がなくてはいけない。
……間違っても、キン兄相手に踏み倒せるとか考えちゃいけない。
ゲームではお金を稼ぐ方法は三つ。
・魔物を倒す。
・クエスト報酬。
・アイテムの売却
だが実際には、魔物を倒してもお金は落ちなかった。……海賊は倒すと褒賞金が出るって言ってたけど、タンビュラやコランダムみたいなのを倒せる自信がないので、この選択肢はない。
クエストは、騎士だった主人公と神子だったヒロインだからこそ出来たモノが多かったので、私ではクエスト事態が発生しない可能性がある。
残るはアイテム作りくらいだろう。実際に木の指輪はいくつか作ったし。
作ったアイテムを適切に買い取ってくれるのに、旅商人をしている隊長がちょうど良いと思った訳だが。
「誰が、お前みたいな厄介事しか持ってこないヤツ雇うかァア!」
案の定、全力で断られた。
「やだな~。厄介事なんて何一つもってきてないですよ。むしろ、魔物に襲われてた所を助けて、商売存続の危機を教えて、故郷を守ったりして……あれ? 私、もっと感謝されてもよくない?」
“事実”を口にしただけなのに、いつもの如く顔面を鷲掴みにされた。
「オイ、良いことだけ並べてんじゃねーぞ……。その間には港で海賊と交戦、幽霊船で幽霊退治、エルフの国に不法入国とかやらかしてんだよ!」
「全部どうにかなったんだからいいじゃ……痛いッ痛いッ! 顔が変形しちゃうって!」
隊長の指にギリギリと力が込められる。ジタバタともがくが、結構本気で掴んでいるらしい手は私の力じゃびくともしない。
「でッ、でもでもッ! 指輪は上手に作れたじゃないですか!」
自分の仕事の実績を掲げる。
木を削って、ビーズみたいに小さな精霊石をくっつけて作る指輪。ちなみに未だに報酬を貰った記憶はない。
「隊長だって『なかなか……』って誉めてくれたじゃん!」
「誉めてはねぇ。…………指輪の微々たる儲けより、テメェを雇った時のデメリットの方がどう考えても多すぎんだよ」
明らかに聞こえる風に深い溜め息を吐くと、手を離す。腕を組むと深い皺を寄せて半目を向けてじとっと睨んだ。
「じゃあ、指輪より儲けが出そうなもの作ったら雇ってくれますか?」
「断るッ!!」
「せめて検討ぐらいしてよッ!?」
悩むまでもないと言わんばかりにすぐに拒否された。
でも、ここで引き下がると明日からの衣食住に不安がある。衣はまだどうにかなるが、食と住がどうにもならない。かと言って、幽霊船に戻るわけにはいかない訳で……。
逃げたとバレたら、タンビュラのおっさんも怖いがオパールが確実に怒る。怒るだけならまだいいが、下手をすると海に沈められてしまいそうだ。
「隊長のケチ! 雇ってくれないとスモモちゃんって呼んじゃうんだからね!」
「どんな脅しだよ……。勝手に呼べばいいだろ」
隊長は鼻で笑ったあとに「もう会うこともないだろうからな」と冷たく付け加えた。
「それはあんまりにも冷たくないっすかね……」
「冷たくないさ。本当なら、火の国で別れているはずだったんだ」
確かに「お世話になりました」と挨拶に行ったなと思い出す。
「それをお前を助け出すついでに船で近くの島まで逃がしてやろうって言ってんだ。感謝して欲しいくらいだ」
「それは感謝してますけど……」
──これ以上は頼んでも無駄だろうなぁ。
仕方ない、しばらくは野宿でもしながら生活をするしかないか。
雇ってもらうことを完全に諦めてた私だったが、ギン兄は諦めずに隊長に詰め寄っていた。
「隊長は薄情っすね! せめて、作った物を見てから決めてあげてもいいじゃないっすか!」
「どうせコイツの作るものなんて、大したもんじゃないだろ!?」
「そんなことないっすね!」
ギン兄が自信満々に返事を返した。
さっきはあんなこと言ったが、何を作るかなんて特に考えてなかったので、そんなに自信満々に答えられても困るんだが……。
しかし、ギン兄は止まらない。
「ヒメルは考えるのは苦手っすけど、手先はめっちゃ器用っすね! 指輪だってサクサクっと作るし、料理だって出来ますし、あっアルカナがヒメルは服も作れるって言ってたっすね!」
確かに指輪は作ったが、サクサクと作った訳ではない。以外に時間がかかっているのだ。料理だって、名前もないような炒め物だ。服に関しては、人形サイズしか作れない。
訂正も補足する間もなく話がどんどん進んで行く。
「見たことも聞いた事もないような物」とか「異世界の技術で作るとか」ギン兄がプッシュする度に難易度がバク上がりしていく。
──いやいやいや! そんな物作れませんよ!?
しかし、気がつけば根負けした隊長が作った物を見てから考えてやる、というところまで進んでいた。
「隊長をあっと言わせる物を作ろうっすね!」
「……そ、そうだね」
こうして、ハードルガン上がりの商品開発をすることになった。
久々の更新です。
これにて海賊島はおしまいです。
次回、商品開発します。




