63話:姫琉と脱出②
「別に敬意なんて払ってもらわなくても、殴りかかってこなければ今まで通りでいいし。むしろ、さっきも言ったけどタンザナイトに敬語なんて使われたら鳥肌立つから、ほら」
ブツブツと鳥肌がたった腕を見せると汚い物でも見るかのような表情を向けられた。
──暴言よりもその顔の方が傷つくんだけど。
敬意を見せるなら言葉よりも態度で示してほしいと心底思う。
「そんなことより、島からの脱出方法! 知ってるなら教えて欲しいんだけど!」
「脱出方法、だと……?」
じろりと睨まれて一瞬だけ怯んでしまった。
──いけない、いけない。こんな時こそ笑わなくっちゃ!
無理やり笑顔を作ってもう一度タンザナイトに向き直る。いつもの笑顔の五割増しくらいニコニコと笑ってみせた。
「約束してた訳じゃないけど、成り行きとはいえ"タンザナイトにも頼まれて"冥界の穴を閉じた訳だし! 島からの脱出方法、知ってるなら教えて欲しいなぁ〜……なんて」
ちょっと前なら「人間が調子に乗るなよ」と一蹴されただろうが、敬意をはらうべきかと悩んでいる今ならチャンスはあるかもしれない。
タンザナイトは何かを考えてるようなそぶりを見せた。
「……チッ、仕方ない教えてやるか」
「やったっ!」
──軽く舌打ちされたが気にしないぞ! いやぁ~ダメ元で言ってみるもんだね。これでアルカナがキン兄を連れてくる前に島から逃げ出せる。
「アカガネから聞いたのはこうだ。新月の夜待て」
「新月?」
「新月になれば、島を取り囲む渦が消えるらしい。渦さえなければ脱出は容易だろう」
「な、なるほど」
島の住人から聞いたんなら確かだろう。
新月って月がない時のことだよね? 次の新月っていったい何時なんだろう? 月の形なんて気にしたことないからわからないぞ。
「はッ! そうだギン兄なら知ってるかも!」
まだ現実に戻ってきていないギン兄の両肩をゆさゆさと揺さぶった。
「あ、あれっ!? いつの間に外に出たっすね!?」
「とっくにだよ。そんなことより、次の新月っていつかわかる!?」
「新月? 鎮守祭の日がちょうど満月だったはずっすから、半月ないくらいじゃないっすかね?」
「は……半月!?」
鎮守祭から何日かたってはいるけど、だいたい半月。幽霊船で火の国からこの島まで三日とかかってはいないはず。アルカナがキン兄と合流して、この島を"普通の船"で目指したら何日くらいかかるんだろうか……。
──脱出するより、キン兄がたどりつく方が早い気がする。
とはいえ、それ以外に方法がないなら仕方がない。半月ほどこの島にとどまるしかない訳だ。
──半月の間にキン兄へのうまい言い訳を考えとこ……。
あとはこの半月の間にゲームの進行が進まない事だけを祈るばかりだね。ま、最初に登場する六星夜のタンザナイトが一緒に足どめを食らうので大丈夫だろう。
──むしろ、主人公たちと戦わずにすんで物語が良い方に進んだりして。
「はぁ~……とりあえず半月も森にいるわけにはいかないし、タンビュラのおっさんたちのとこに戻るか」
本当は行きたくない。行きたくないが……仕方ない。半月森で生活なんて出来ない。ギン兄は嫌がるだろうが、新月までは村かムーンさんの所にご厄介になろう。
「いや、俺は行かない」
「えッ!?」
行かないと言ったのはまさかのタンザナイトだった。
──ギン兄が言うならわかるけど、なんでタンザナイトが?
「行かないって、手枷の鍵だって貰いにいかないと」
手枷の鍵はタンビュラのおっさんが持っている。素直に渡してくれるかは別として、手枷を外すためにユウゴウを倒すと息巻いていたような。
「手枷は……このままでいい……」
「このままでいいって、……どう言うこと?」
手枷が外せなければ魔術も使えないだろうに。不便極まりないだろうし、何より人に散々外せと言っていたのにいったいどうしたというんだ。
「命の大精霊様がおっしゃっていただろう。エレメンタルコアが動きだし、冥界の魔力が流れていると」
「あぁ、そんなこと言ってたかも」
確かに言っていたが、エレメンタルコアが何なのかは結局説明されなかった。
だが、それと手枷になんの関係があるというんだ。
「この手枷には魔力を遮断する力がある」
「……? 知ってるけど、だから魔法が使えないから外せって言ってませんでした?」
「確かに魔法を使えないが、これがあれば冥界の魔力の影響も受けないだろう」
「冥界の魔力の影響って……?」
「説明したところで貴様には理解できまい」
ため息混じりに言いやがった。
──そりゃ、理解できる自信はないですが、それにしても言い方ッ!
「とりあえず、次の新月まで島から出られないならどっちにしろ村に行かないと野宿になるよ」
「オレ、野宿がいいっすね……」
──ギン兄はそうでしょうね!
せっかく整えた女装はユウゴウとの戦いなどですっかりボロボロだ。ウィッグも気づいたらなくなっていて、変装の意味がなくなっている。
それでも元がいいから見るに絶えない感じではない。
ギン兄が村に行きたくない理由はわかるが、タンザナイトが行かない理由が結局わからない。
手枷を外さなくても、村に行かなければ半月の間森で野宿することになるのだが。
ぶっちゃけ、タンザナイトってインテリっぽいから野宿とかサバイバルができそうな感じじゃない、と思ってる。
「村には貴様らだけで行け」
「一緒に行こうって。タンザナイトに野宿は無理だと思うよ。魔法が使えないで火起こせる?」
親切心で聞いたのに「貴様、俺を馬鹿にしてるのか?」と睨まれてしまった。
馬鹿にはしてないが、タンザナイトが魔法なしで火を起こせるとも思ってないだけだよ。
「俺は今回の件を一刻も早く神子様に伝えねばならん」
「伝えねばならんって、魔法も使えないのにどうやって」
タンザナイトは質問に答えず、近く生えていた木に軽々と登るとそのまま毛玉の巨体に飛び乗った。
まさか、この巨大猪に乗って島を脱出すると言う気だろうか。
──猪って泳げた気がするけど、さすがにあの渦を越えるのは難しくない?
「俺はこの生き物で一足先に神子様の元に行く。貴様らは島から出られたらそのまま水の洞窟へ行け」
──マ・ジ・か!!!?
「船だって流されるのに、巨大とはいえ毛玉であの渦を越えるのは危な……………………待って! なんで毛玉が浮いていくの!?」
毛玉の巨体がまるで風船のようにふわふわと浮かび上がっていっていた。
何が起こっているのか理解出来なかったが、思わず浮いていく毛玉の前足の片方に飛び付いた。
「まっ、まさ、まさか毛玉って飛べるの!? 聞いてないッ! 私も一緒に連れてってッ!!」
「バカ離せッ! 重量オーバーで飛べないだろ!」
「イヤだッ! 私だってセレナイト様に会いたいもん!!」
──逃がしてなるものか!
ちゃっかり自分だけ先に島から脱出してセレナイト様に会いに行こうなんて、やっぱりタンザナイトは油断も隙もない。
私を差し置いて、自分だけセレナイト様に誉められようなんて絶対にさせない!
捕まえたせいでタンザナイトが言った通り重量オーバーなのか、中途半端に浮いていた毛玉の反対の前足にギン兄も飛び付いた。
「オ、オレも! 連れてって欲しいっすね!」
次の瞬間、前に重さがかかりすぎたせいかバランスを崩した毛玉は悲鳴のような鳴き声をあげて鼻から見事に地面にぶつかった。
それと一緒に上に乗っていたタンザナイトも地面に落ちていった。合掌。
読んでいただきありがとうございます。
タンザナイトが吐血しながらも姫琉に敬意を払おうとしてたのは、命の大精霊に闇の神子だと言われたからです。
もし、姫琉が自称闇の神子を名乗っていたら殺しにかかっていたでしょう。
でも命の大精霊に言われたとはいえ、人間嫌いは変わらないのでかなり耐えています。
自分に「アレは命の大精霊様が作った人間のような何か」と言い聞かせながら姫琉と接してます。笑
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