47話:姫琉とムーン
「ホントに助かりました! ありがとうございます」
「困った時はお互い様よね。気にしないで」
目の前に座っている女性がニッコリと微笑んだ。
彼女の名前はムーンさん。
その名に相応しく、月と同じ優しい金色の髪をした女性だ。
ムーンさんが囲炉裏の鍋で煮た汁物をお椀によそって手渡した。
お椀からは温かな湯気が立っていた。「いただきます」とお椀の中身をいただく。
「はぁ~……美味しい。それに、生姜が効いてて暖まる」
生姜の効いた根野菜たっぷりのスープは、冷えていた体がまさに求めていたものだ。
さらに貸してもらった掻巻にくるまり、鍋を温めている囲炉裏の火に当たっていたら寒気はどこかへ飛んでいってた。
さて、なんでこうなったかというと。
熱で動けなくなった私をギン兄が担いで、近くに"偶然"あったムーンさんの家に助けを求めた……らしい。
何故、"らしい"かと言えばこの話しは起きた時に、ムーンさんから聞いたからだ。
肝心のギン兄は俯いたまま黙り込んでいるからだ。
そんな、ギン兄の様子を見たムーンさんはギン兄(絶賛、女装中)に近づいた。
「あらあら、そんなに妹さんが心配だったのね? 大丈夫、おばさんの特製ぽかぽか野菜汁を飲んだら風邪なんてすぐ治っちゃうから! ほら、お姉さんも飲んで、飲んで! 温かいものを飲むと体も心も落ち着くからね」
ムーンさんに薦められて、ギン兄は黙ってお椀を受け取った。
──う〜ん。ムーンさんにギン兄はこの家を『偶然見つけた』と言ったようだが…………絶対、偶然じゃないと思うんだよね。
私の直感が叫ぶ。
少なくとも、覚えている限りじゃ歩いていた森は村から離れていたし、小さな家をすぐに見つけられるほど、見通しがいい感じの森じゃなかった。
なにより……。
並んだ二人の顔を見比べてみる。
垂れた目元も笑った口元もそっくりだ。
ムーンさんの髪が金色なので、女装したキン兄が並んでいるような錯覚さえ感じる。
──まさか……ギン兄とキン兄のお母さんとか……?
思わず頭に浮かんだ可能性が好奇心を刺激した。
……それとなく聞いてみちゃう?
すでに、自分の中の好奇心が抑えられない。
いや、待てッ! ギン兄は、女装してまで島の人に正体を知られたくないようだった。火の国では、あんなに迷惑をかけて、今も迷惑をかけているのに、一歩間違えば正体がバレるようなことをしていいんだろうか。
罪悪感が好奇心を抑え込もうとしている。
だがしかし、仲間の事を知りたいと思うのは、決して悪いことではないのではないだろうか?
好奇心を押さえ込んでいた罪悪感に自己正当化という刃が襲いかかる。
いやいやッ! ダメだ、ダメだ!! ギン兄の正体がバレた原因が、私にあるとことがバレたら、キン兄から何をされるか……ガクガク……。
脳裏を、キン兄の黒い笑顔が横切る。
諦めよう。自分の命は大事にすべきだよね。
まだ、セレナイト様が完全に救えたかわからない内はまだ死ねないわ。
恐怖心というなのトラウマが、自己正当化という刃を手にした好奇心に勝利した。
…………でも、ギン兄ってバレなきゃキン兄にも怒られないよね?
残念なことに、恐怖心では好奇心を完全に倒さなかった。
好奇心の方が上回った瞬間である。
「ムーンさんはこのお家に一人で住んでいるんですか?」
質問を投げ掛けると、ギン兄がぎょっとした顔をした気がしたが、気がつかなかった事にした。
「いいえ。今は主人と二人で住んでいるのよね。主人が猟師をしているから、この家も村から離れた森の中にあるのよね」
「今は、って事は以前は他にも誰かいたんですか?」
「ん~……そうね~……」
「ひ、ヒメル!? あの、その……あまりよそ様の家のことを聞くのはよくないっすよ、わよ、わよね?」
言い淀んでいるムーンさんの代わりにギン兄が裏返った声で会話を止めに入った。
自分の中の女としてのイメージが決まってないのか、慌てていたのか、とりあえず語尾がおかしい。
「はーい。ごめんなさい」
ギン兄がホッと息を吐いたのも束の間だった。
「別に大したことじゃないのよ? 昔、おばさんにも子ども達がいたのよね……。思い出したら懐かしくなっちゃって」
少し恥ずかしそうに話すムーンさん。その姿を見たギン兄は天を仰いだ。
「お子さんがいたんですか」
「ふふふ、そうなの。男の子が二人、双子だったのよね。『キン』と『ギン』って言ってね、お兄ちゃんのキンはよく、主人に付いて狩りをしたりしていたわ。弟のギンはよく泣いて、海を見渡せる島の端まで行って泣いてたわよね」
それはそれは楽しそうに話すムーンさん。
ギン兄はといえば、今度は顔を俯かせてぷるぷると体を震わせていた。
もう、間違いないようだ。
ムーンさんはやっぱりギン兄たちのお母さんで決まりだ。
とりあえず「そうなんですねー」なんて当たり障りのない返事を返したが、めっちゃ色々聞きたい……。
でもな~……ギン兄にそろそろ怒られちゃいそうだしな。
でも、聞きたいなぁ~。黙っておくべきだとは思うけど……でも聞きたいなぁ……。
「チラッ?」
「ダメっすわね」
わざとらしく視線を投げたら、ギン兄から軽くチョップが入った。
「まだ、何も言ってないのに~!」
まぁ、予想通りですけど。
するとその様子を見ていたムーンさんが嬉しそうに笑っていた。
「お二人は仲がいいんですね」
「そんなことないですよ。数日前に大喧嘩しました」
色々ありすぎてかなり前のような気がするが、火山での騒動からまだそんなに経ってない。
「あれは、ヒメルが危ないことしようとするからっすわね」
「うちの子たちなんて、お兄ちゃんが強すぎて喧嘩にすらならなかったわよね……ふふ」
話しながら何かを思い出したように、くすくすと笑い出した。
「ごめんなさいね、ちょっと昔のことを思い出してしまって」
「昔のこと……?」
「ギンがね『妹が欲しい』なんて言ったことがあったのよね。自分もお兄ちゃんになったらキンみたいに強くなれるかなって」
「へぇ~……」
「なんでこっちを見るんっす……わね」
思わず視線が向いていたらしい。
「なんでもないよ、"お姉ちゃん"」
わざとらしくお姉ちゃんと言ってみたら、ギン兄がすごく微妙な顔をしていた。
「そっ、そんなことより、元気になったなら行くっすわね! いつまでもお邪魔したら迷惑っすわね」
ギン兄の言う通り。
もっといろんな話を聞きたかったが、それよりもやらなければいけないことがある。
早くこの島からでなければ!
「ムーンさんお世話になりました。私たち先を急ぐのでこれで」
「あらあらあら、そんなに急がなくても。それに今、森には魔物が出るらしいから危ないわよね」
「魔物ですか……?」
精霊の魔物化の影響がこんな島にも出てるのか。
アルカナもギン兄も一緒だから魔物が出ても大丈夫だと思うけど……。
──……あれっ、そういえばアルカナは?
いつもならこんな時鞄に隠れているのだが、今回は身一つで拐われたので、その鞄がないッ!
辺りをキョロキョロと探すがアルカナが隠れてるようすはない。
「アルカナは?」
「そ、そういえば……!?」
ギン兄は、質問にして初めてアルカナがいないことに気づいたようだ。
「アルカナを一人置いてきちゃったの!?」
思わず立ち上がって声を上げた。
「ごっ、ごめんっすね。あの時はヒメルが倒れたことに気を取られてて、てっきり付いてきてるとばかり……でも、ここで待ってたら、きっとくるっすね」
「魔物が出るかもしれないのに! アルカナに何かあったらどうすんの!!」
知らない場所に残されて、アルカナはすごく心細い思いをしているに違いない。
それに魔物に襲われていたら!?
思わずよくないことばかり考えてしまう。
実際、冷静に考えれば地水火風全部の精霊術が使えるアルカナが、魔物に襲われても撃退できる可能性は高い。
けれど、この時の私はそんなこと考えつきもしなかった。
「大丈夫、アルカナなら精霊術もつかえるんだし、それにアルカナならヒメルがどこにいたって」
「根拠のない大丈夫なんてあてになるもんか! こうしている間にも、知らない土地で迷子になってるかもしれない。もしかしたら魔物に襲われているかもしれない!! アルカナに……アルカナに何かあったら……」
「ヒメル、聞いてほしいっすね! 幽霊船の時も、火山の時も、アルカナは遠くからヒメルを」
「うわぁああん! もういいっ! “ギン兄”は好きなだけここにいればいいじゃん!! もういい! 私、一人でもアルカナを探しに行くんだからッ!!」
そう言い残して慌ててムーンさんの家を飛び出した。
読んでいただきありがとうございます。
そして、あけましておめでとうございます。
今年も一年よろしくお願いいたします。
今年の目標としては、このお話の完結です。
頑張って書きたいと思います。
さて、ムーンさんが登場です!!
幕間:ギンで登場した二人のお母さんです。
カルサイトの義母、アンナさんは静かな感じのお母さんをイメージしてますが、ムーンさんは元気で明るいお母さんをイメージしています。
ムーンさんまだまだ活躍するので乞うご期待!!
ブックマーク、評価、感想お待ちしています。




