46話:タンザナイトと毛玉
置いていかれてたタンザナイトのお話です。
「どうして……六星夜で最も優れた俺がこんな目に……。いったい、どうなってんだぁああああ!?」
悲痛な叫びは、いましがた落ちてきた滝の音でかき消された。
誰もいない森の中で返事が返ってくる訳もなく、惨めに全身ずぶ濡れの重たい体を引きずりながら、なんとか岸へとあがった。
「あ~ックソッ! 寒いッ!!」
普段なら魔術で乾かしてしまうんだが、それができない。この忌々しい手枷のせいで!
気がついた時に付けられていたこの気味の悪い手枷は、どうやら魔術の類いを封じる効果があるらしい。
魔術を使おうと魔力を込めても、この手枷に魔力を持っていかれてしまう。
普通の人間にこんな代物が造れるハズがない。
大方、あの占い師が俺の力を恐れて用意した物に違いない!
「なんとずる賢く、忌々しいゴミクズめッ! 神子様を誘拐しただけでは飽きたらず、この様な仕打ちを……絶対に殺してやる!」
濡れた衣服をひとしきり絞りきると、辺りを見渡した。幽霊船から放り出されたそこは、鬱蒼とした森だった。
この先に人間どもの集落があるようだが、そんなものには興味はない。
一刻も早くここを脱出し、神子様の元に戻らねば!
……………………。
…………。
「……いや、待て。このまま戻っただけでは神子様を失望させてしまうのでじゃないか……」
そんなことを考えてしまった。
どんな事情があれ、人間どもに攫われたことは事実。このままおめおめと帰れば『人間に負ける役立たず』と思われてしまうのではないだろうか。
『弱い者などに興味はない』なんて言われて、神子様からゴミクズのように蔑まれるのではないだろうか。
いやいや! 神子様はお優しいからそのようなことはおっしゃらないだろう。
――だが内心では…………。
そんなことを考えていると不安でどうにかなってしまいそうだ。
「ならここは、俺一人で水の精霊が眠る地に赴き、
セーブポイントなる魔導具を壊そうではないか!!」
占い師も出し抜けて、一石二鳥ではないか!
そうと決まれば、まずは脱出だ。
辺りを見渡すと、近くの木の枝に一羽の鳥が止まっているのを見つけた。
「オイ、そこの緑の鳥!」
呼び声に気がついた鳥がこちらを向いた。
アマゾナイトほどではないが、動物と意思疎通を取ることなど俺にとっては容易い事だ。
海がダメなら空から行けばいいのだ。
「俺を運べるものを呼んで来い」
鳥は一度首を傾げたが、俺の言うことを理解したようで一声甲高く鳴くと、森の中へと飛んでいった。
あとは、あの鳥が他の鳥を呼んでくるまで、ここで待てば良い。
近くにちょうど座れそうな木を見つけ腰かけた。
ついでに近くの木に濡れた服をかけた。
「神子様は俺のことを心配してくれているだろうか……」
自分で呟いた言葉に、自分自身がハッとする。
何もしていないと、どんどんと不安な気持ちが溢れてきてしまう。
「〜〜ッ! クソッ! これもどれもあの占い師のせいだ!!」
怒りにまかせて木を殴ると鈍い音と共に痛みが走った。
「ッぅ……ぁあーークソッ! 鳥のやつ何をしている、一体いつまで待たせるつもりだ!」
なかなか戻ってこない鳥に苛立った頃だった。
森の鳥が一斉に羽ばたいた音が響いた。
やっと俺を運ぶ鳥がきた……待て? このズドンズドンという鈍い音はなんだ。
聞こえてきたのは、鳥の羽ばたきとは明らかに違う。もっと重くて、太鼓でも叩いてるような音が森から迫ってくる。そして、徐々に鼻につく獣独特の匂いが漂ってくる。
「いっ、いったいなんだと言うのだ!?」
どんどんと大きくなる音に思わず飛び上がって音がする方に目を向けた。
「ブモモモォォオオオーーーーッッ!!!!」
耳を塞ぎたくなるような鳴き声を上げ、巨大な毛玉が木々を押し倒しながらこちらに向かってくるじゃないか!?
「な、な、なんなのだ、あれは!?」
わかることもある。
あの毛玉にぶつかったら間違いなく死ぬ!
毛玉に背を向け力の限り走り出した。
「来るんじゃねぇえええええーーーーッ!!」
「ブモモモォォォオオオオオオーーーーーーッッ!!!!」
言っていることが理解できないのか、それともこの音のせいで届いていないのか。毛玉は全く止まる気配がない。距離をあっという間に縮められ、獣の生暖かい息が背中にかかっている。
「こんなところで死ぬなんてッ! クソックソックソッ!!」
自分の死を覚悟した。
その時、前方から声がした。
「止まれ森の主。この先は村だ」
人間だ。
両手に二本の剣を握った人間が前方に立っていた。
森の主とは、俺の後ろにいる毛玉に言っているのか!?
剣を交差して構えた人間を通りすぎると、ドォンと轟音が聞こえて、思わず振り返った。
驚く事に人間は二本の剣で、馬鹿デカイ毛玉を押し止めた。
「……このまま斬られたくなければ大人しく縄張りに帰れ。さもないと……」
「ブ、ブモ……」
人間の気迫に飲まれたのか、剣に恐れをなしたのか、毛玉は一歩後退り脱兎のごとく森の奥へと逃げ出した。
「怪我はないか」
「な、な、なんなのだ」
「あぁ、さっきの猪はこの島の主だ」
「そっちじゃない! お前はなんなんだッ!」
毛玉の正体が猪だと言うことも驚きだが、それよりもこの人間だ! あの巨大な猪を剣だけで押し止めた。自分が知っている人間は魔術も使えない、傲慢で、愚かで、非力な生き物のハズだ。
――こいつは本当に人間なのか?
「私か? 私の名はアカガネ。猟師だ」
「猟師だと!?」
「私のことなどどうでもいい。そんな格好では風邪をひく。村はすぐそこだ。案内しよう」
そう言われて自分が下着一枚だった事に気がついた。
人間の世話になどなりたくないが、流石にこの姿のままじゃまずいな……。
癪ではあるが、この人間についていくことにした。
読んで頂きありがとうございます。
今回はタンザナイトのお話でした。
幽霊船に置いていかれてたタンザナイトですが、オパールが島に置いていきました。
仲間になってもいらないからというのと、うっかり死んだらヒメルに嫌われると思ったからです。
書こうとしたんですが、グダグダするんでバッサリ切りました!
どうでもいい話ですが、石の方のタンザナイトが十二月の誕生石に追加されたそうです!
タンザナイトは本当に美しい石なので一度本物を見てほしい!
身近になれば見れる機会も増えるかな?
次回はヒメルの話に戻ります。
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