異世界に来てるけど、ロマンスなんて転がっていない
異世界。
それは、ファンタジーの代名詞。
魔法や剣でモンスターを倒したり、美しいお城がある。
とりあえず顔面が美しい人々が多い。
男性は背が高くて細マッチョ。
女性はボンキュボンだったりスレンダーだったり。
とにかく美しい、みたいな。
そしていつの間にか転移した主人公は、現地の素敵な人と出会い、冒険したり恋愛したりする。
選ばれし者的な…そんな……
「ユイさん、聞いてますか」
「……あ、はい」
話くらいちゃんと聞けよ、ちんちくりん。
と言わんばかりのイケメンの視線に心が折れそうです。
どうやらイケメン騎士のタロスは怒っている。
静かに怒っている。
いつも侍女やら街娘やら、なんか格式高いお嬢様やらに黄色い声を挙げられている爽やかスマイルは、しまっちゃったらしい。
それもこれも、私が悪いらしい。
でも個人的な意見を言わせていただけるなら、
ワタシ、ワルクナイ。
「ユイさんの“メイク技術”は素晴らしいものです」
「…はい」
「王妃様が贔屓にされている事も存じています」
「……はい」
「ですが!『全くの別人に見えるようにして』とのご希望に!
なんの疑問も抱かず!ホイホイと!本当に!別人に見えるような化粧をしますか!」
「……しました」
タロス語尾強い。
だって王妃様が、
『ずっと“王妃様”で疲れてしまうわ…。
ねぇユイ、私のことを別人みたいにしてくれないかしら?私を見ても誰も王妃だって分からないくらいに』
なーんて仰るから。
ちょっとイタズラっぽく微笑まれたら、やっちゃうでしょう。
しかも相手はこの国で二番目の権力者。
縦社会に揉まれて荒みながら生きてきた日本人には、断るという選択肢は無かった。
まぁ、そんなNOと言わない私と、予想外の王妃様の行動が騒動を巻き起こしてしまったんだけども。
「王妃様がっ、侍女の真似事などっ!」
「…はい」
「しかも誰もそれを見破れぬなど…!」
「…まぁ、はい」
「ちょっと誇らしげな顔をするのはやめなさい!」
「スミマセン…」
そうなのだ。
年齢不詳美魔女な王妃様のお顔を、侍女さんによく居るタイプの量産型美人にメイクで改変したのだ。
眉毛の形や濃淡一つでも印象は変わるものだ。
それに加えて、ローライトを濃いめに入れたり、そばかす描いたり、こちらとしてもすごく楽しい作業だった。
鏡を前に、凄い!!とはしゃぐ王妃様を見て、ほっこりしてたのに。
まさかその後、魔法の薬で体毛の色を変えて、こっそり部屋を抜け出し王城の侍女に紛れて侍女の仕事を体験なさるとは思わなかった。
しかも、サラッと流したけど“魔法薬で体毛の色を変える”ってすごい。
服用すると約半日、髪の毛は勿論睫毛やらの体毛の色を変えられるそうだ。
さすがファンタジーの世界っす。
「王妃様がご無事だったから良かったものの、何かあってからでは遅いんですよ!」
タロスはまだ怒っている。
ただね、私にだって言い分はあるんですよ。
「確かに、王妃様のご依頼を受けてメイクしたのは私です。これに関しては浅慮だったと思います」
「そうですね」
ほらな、みたいな顔すんなムカつくわぁ。
「ですが今回の王妃様の行動が想定外の事とはいえ、警備に関して見直しが必要なのは明らかではないですか?」
タロスの眉間にグッとシワが寄る。
こわわわ…
「先程からタロスさんは、私だけに非があるような物言いをされていますが、王妃様のお部屋の外には、警備の為常に騎士団の方がいらっしゃる筈です。
王妃様が何も言わず抜け出した時、一体何をしてらしたんですか?」
「……侍女として、王妃様に呼び出されていたという体で部屋を出られたと報告を受けた。
騎士団の警備当番の入れ替わりのタイミングを狙ってらっしゃったようだ」
なるほど。
王妃様考えたな。
騎士団の警備の夜番は翌日の朝番も兼ねる。
私を朝一で呼び出してる間に部屋で軽い朝食を召し上がり、メイクをさせる。
私が王妃様の部屋を出た時には、もう外の警備は昼番に交代していたから、その前に侍女として呼び出されて王妃様の部屋に居ましたよー、もう帰りまーすって、堂々と部屋を出たのだ。
「つまり、外からの侵入には気をつけていても、中からの脱出には無頓着だったということですね」
「ユイさん、その言い方は」
「いいえ、そういう事でしょう。きちんと騎士団の中で引き継ぎ事項連絡の徹底をしてから交代していれば、こういった自体は避けられた筈です。
今やるべき事は、私を責めることではなく騎士団内での業務の見直しなのではないですか?」
私だって伊達にアラサーじゃない。
ここに来る前は、必死に社会人やってたんですよ。
日本の社会人女子なめんなタロス!
ちょっと女子にモテるからっていい気になるなよタロス!
この前影で私の事ちんちくりんって言ってたの知ってるからなタロス!
「…確かに、その通り、ですね」
悔しいのか?
悔しいんだなタロスめ。
口元ピクピクしてるぞ。
「ただ、タロスさんが仰ったように、私に“も”非があります。騎士団の方にこういったメイクをしました、と一報いれていれば良かったのかもしれません。
ただ、私のご依頼主はあくまでも王妃様なので。基本的に王妃様のご意向に沿う様に動きます。そこはご理解下さい」
「…わかりました」
場をおさめる為に大人な対応で締めに入った私に、若干不本意そうに同意をくれた。
「騎士団が警護をしてくれるなら、もう少し王妃様の自由があっても良いのでは?」
「…陛下が心配されます」
なに言ってるんだか。
「その為の、騎士団でしょう?」
私の世界では無かった魔法、そして、その腰に携えた剣。
基本的に戦争の無いこの世界で、それらは悪意から誰かを守るために在るのだ。
「騎士団は、守るために在るんでしょう?」
背の高いタロスに、首を傾けて視線を合わせる。
蒼い瞳が、少しだけ見開いた。
「私は、王妃様の心もお守りしたいです。だから、騎士団の方ともうまくやっていきたいと考えております。
この度はご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。今後とも宜しくお願いします」
ペコリと頭を下げて、スタコラサーっと去る。
タロスが何も言わない隙にフェードアウト。
異世界に来たって、人間関係って何だか大変だなぁ。
とりあえずタロスは、騎士だしめっちゃイケメンだけど、無い。
まじで無い。
どこかに渋くてムキムキで包容力のある素敵な男子いないものか。
ここ、異世界なんだから居るでしょう?!
いや、実際は居るんだけど相手にされてない現実がつらい!!
騎士団に居るの知ってるのに!
リサーチ済なのに!
平たい顔とここの平均身長よりも低い日本人身長が憎い!
私と付き合うとロリコンって思われるって呟いてた名前も知らない騎士の人が憎い!
ロリコンじゃないよ!もうアラサーだよ!
あぁ、今日も空が黄色い。
「良いお天気だなぁ」
元の世界との違いにも慣れてきた。
王妃様とは仲良し。
騎士団とも挨拶を交わす仲。
でも、
異世界に来てるけど、ロマンスなんて転がっていない。