82 それはきっと悪魔の囁き
「せ〜んぱい」
(うげっ)
私が思わずそう思うのも無理ないやつが現れた。ある意味、事務所に来たくない理由ナンバー・ワンがこいつと言って過言じゃない。
なにせ最近は事務所の壁のいたる所にこいつの可愛こぶったポスターがある。気分悪くなるったらない。
別に僻んでる訳じゃない。いや、ほんと。ただ実物を知ってると悲しくなるだけでさ。まあなんかフォトショの凄さを思い知るよ。結構違うのに自分の加工された顔を見続けるの辛くない?
でも「浅野 芽衣」はそんな悲壮感微塵も感じさせない顔してる。彼女の心臓の強さだけは尊敬するよ。本当に……ね。
猫なで声で近づいてきた浅野芽衣に悪寒を覚えつつ私は「何?」と返す。すると浅野芽衣はちょっと手前に立ち止まりパチパチと手を叩き出した。
(なんなの?)
そう思わざる得ない。だってこいつがただ祝福のために何かやるなんて思えないし。私はそうおもって警戒する。
「おめでとうございます。先輩、ラジオが決まったそうですね」
「……ありがとう」
まさか本当に善意に目覚めたとか?
「私はラジオ何本もあって困るくらい何ですけど、先輩にもお裾分け出来て良かったです」
「そう……」
やっぱり浅野芽衣はそういう奴だった。改心したとか、期待した私が馬鹿だったよ。そもそもがあんたに分けてもらったわけじゃない。
「私だけ売れて先輩に悪いなぁって思ってたんですよー」
その間延びした言い方、絶対に思ってないこと表してるよね?
「でも先輩大変何ですよね?」
「なにが?」
「聞いたところによると、先輩が全部演じるとか。でもその脚本はない」
つっ!? ーーこいつ、何処まで知ってるの? てか声優業界機密とかどうなってるの? 流石に漏れすぎでしょう。私が何も言葉を発せないと見るや浅野芽衣はそれを確信したようだ。
「先輩、私は色々繋がりがあるんですよ。結構業界の偉い人達に可愛がって貰ってるんです。だからこの位はね」
それは言わいる枕……とか? こいつならやってそうだけど、私にはどんなに売れない時期でもそんな話は無かった。
だから結局そういうのはネットのデマだと思うことにしたのに……浅野芽衣にそれが来て私に来ないってどういう事?
いや、枕なんて論外だけどさ。しないですけど、なんか一度も話が来ないと負けた気になるというか。私にだってちっぽけだけどあるんです。女のプライドって奴が。
「私が、お願い――してあげましょうか?」
それはきっと悪魔の囁き。
遅くなりました。次回は21時あげますね。




