72 自分には見えないもの、自分だから知らざるもの。
最後の音が静かに空気に溶けていく。私はぺこりと頭を下げて終わりを告げた。私は静川秋華の様に欲張りではない。だから一曲で十分。私はマイクを置いてドリンクをのどに流し込む。ここはちょっと高級だからなんとドリンクバーではない。
ちょっとお高いお酒や、バリスタが淹れるコーヒーや紅茶が用意されてた。なので私は紅茶である。多分資格を持ってる人がちゃんとした知識の元に入れてるんだろう。香り高い。きっと茶葉も違うんだと思う。そんな風に紅茶を堪能してると、次の曲が始まった。
けどなんだろう……静川秋華が歌いださない。どうしたんだろうか? そう思って私が静川秋華の方を向くと、なんか口開けてパクパクしてた。金魚の真似かな?
「何それ……めっちゃ上手いじゃん!!」
いきなり立ち上がってそう叫んだ静川秋華。いきなり何を言うのかと思ったら……そんな事か。私は淡々というよ。
「そうですか? 確かに採点機能とかでは百点連発できますけど、さっきは結構自由に歌いましたよ?
「は? なにそれ?」
「それにそもそも、上手いとか言われてこと無いっていうか、誰かとカラオケとか来たことないっていうか……だから自分の歌ってよくわからないんですよね」
うう、自分にダメージが……けど、下手だと思ってはいなかった。なんせ百点出せるし。けど……ね。百点出すのなんて簡単じゃないかな? と思う。だって画面に出てる音階に合わせて歌うだけだし……それにその通り歌ったら、なんかこう……響かないんだよね。
だから百点にあんまり価値無いなって勝手に思ってる。でもこの静川秋華の反応……やっぱり私はとてつもなく歌が上手いのだろうか? 今までは誰もそんな事を言ってくれる人がいなかったから披露する事もなかったが、初めて披露して、更に耳だって肥えてそうな静川秋華が言うのならそうなんじゃない?
私は声に自信がある。という事は歌だっていけてる筈だという自分理論はここに証明されたといっていい。
「とにかく、なんだが凄かったですよ! 私、ちょっと感動したし」
「大袈裟じゃないかな? きっと落ち込んでたから、しみやすくなってたとかじゃない……ですか?」
感動とかはちょっと……静川秋華が言うと嘘っぽい。だから適当にわたしも言ってみた。丁度いい、だってそもそもその話しをするためにここまで来たんじゃないの? 私の歌の上手さはおまけみたいなものだ。
「それは……そうかもだけど……けど、本当に凄かったんですよ! 私だって歌には自信あったし……マウント取ってやろうとか思ってたのに!!」
「ええー」
静川秋華のテンションがなんか今日は変だね。これも私の歌のせい? 本音を言うような奴じゃない筈なのに……
「取り合えず落ち着いて。はい」
私はそういって静川秋華の飲み物を差し出す。この女、アルコールを飲んでる。そのせいもあるかも? けどそこまで強い奴ではなさそうだけど……静川秋華は私の差し出したグラスを受け取ってちびちびあおる。なにこの生き物。飲み方までかわいいぞ。
そしてちょっと落ち着いたのか……ポツリと静川秋華は言葉をこぼした。
「やっぱり匙川さんの声がいいのかな……」
んん? どういうことなの? 聞こえたけど、今のは私に言ったわけじゃないよね? なんかつぶやきだったぽいし。静川秋華はグラスに映る自分に言ったように見えた。でも……こんな何もかも天が二物も三物も与えた様な奴が私の声を羨む? そんな事があり得るだろうか?
なんか興味が出てきた。
次回は明日あげますね。




