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声の神に顔はいらない  作者: 上松
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400 運命の日 35

 空気が変わった。それを感じたのはきっと自分だけじゃない。なにせ今まで彼女に全く興味を示さなかったテーブルについてる面々がなんと匙川さんの方をみてる。まあ驚いてキョロキョロとしてる人もいるが……でも一通りそうしたら前を向いてる。

 なにせ今、この時に声を出してるのは彼女しかいないからだ。消去法的に今のは匙川さんだと気づく。そしてそれがわかったら、皆さん真剣に、少し体を前のめりにするようにして匙川さんの声に注目してる。

 最初は厳しく彼女を見てた。でも多分だけど自然と皆さん、目を閉じてる。声だけに自然と集中しようとしてしまってるんだ。しかも審査員全員が……だ。オーデションのセリフはそんなに長い訳じゃない。まあそれなりにはあるけど、百人を超える声優が来るんだ。そこまで時間をかけて一人一人を吟味するわけにはいかない。

 最初のこの第一段階とも言えるオーデションではほぼ感覚だより。この後の審査で、それぞれが役にあってると思った声優を上げて、話し合いになる。


(インパクトは十分なはず)


 この世の中には沢山の人がいる。いきなり何を言ってるのかと思うだろうが、ようは誰もに刺さるような物は実際はなかなかないということだ。それは声だってそうなんだ。好きな声、嫌いな声は人それぞれ違う。そして興味を持たれる声だって、それぞれ違う。今ではもこうやって目を閉じる時は何回かあった。でも全員がこうやって目を閉じる場面は自分は見てない。

 前のめりになるのも、全員がなる……なんてない。まあ逆に最初は驚いて前のめりになって匙川さんを見てたが、今は逆だ。目を閉じてじっくりと彼女の声に耳を傾けるために、深く椅子に座ってる。まあ監督はさっきから同じポーズだが……


 ぺかぺかと回ってたパトカーのランプが消える。はっきり言って、これも声優の気を散らせてると思う。なにせちゃんとしたブースの赤い光はこんな回ったりしないからだ。でも匙川さんはそれに惑わされる事はなかった。


「ふう」

 

 誰がそういったのかはわからない。でもパトカーの光が止まって、何やら静寂が包み込む。本当なら、直ぐにこちらから「ありがとうございました。ではお疲れ様です」とか言って退室を促すわけだが……それを誰も言わない。監督もどうやら浸ってる。珍しい事だ。匙川はこんな状況を不安がってるんじゃ……とか思ったが、どうやらそうではない。静かにマイクの前にたって、まってた。


(かわったな……)


 最初に彼女をオーデションで見たとき、セリフを始めるまではとてもおどおどとしてた様に見えた。でも……今の彼女には怯えは見えない。彼女もきちんと成長してるんだ。ほかのアニメにもでたし、ラジオだってやった。彼女にとっても去年は色々とあった年だった筈だ。


「監督、どうしますか?」


 自分は率先してそういった。普段なら、何も言わずにただ進行していくオーデションに介入することなんてない。けど、今は誰もが匙川さんの声の余韻に浸ってるから自分かいった。別に彼女に有利になることをする気はない。でもきっと監督である酒井武雄は――


「別の役も聞いてみたいな」


 ――そういうと思った。


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